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「乗り越えるのではなく受け入れる」─震災から1年。町の本屋 “いろは書店”が描く能登の未来とは?

こころのオアシス いろは書店

更新日:2025年5月3日

全壊した建物の奥へ? 今でも謎な父の行動

 いろは書店は創業から76年、町の本屋さんとして、本や教科書、文房具を扱ってきました。店主である父は84歳、母は80歳で、今でも元気に過ごしています。  令和6年能登半島地震のとき、店は営業中でした。私は2階で休憩中、両親とスタッフは1階の店にいました。2回目の揺れで建物は崩れましたが、1階にいた父はなぜか店の奥のコミック売り場から、さらに奥の物置の方向に逃げたんです。なぜ外じゃなくて奥に行ったのか今でも謎ですが(笑)、そこだけつぶれなかったので、母もスタッフも無事でした。

八木淳成さんとご両親(久さん、瑠美子さん)

コミック『暗号学園のいろは』のイベントのゴールになったことがきっかけ

このポスターと同じ外観の店舗がもうすぐ完成します

 崩れてしまった震災前と同じ建物を今年中には再建する予定で、設計図もほぼ出来上がっています。多分私にとって人生で最大の買い物になるので、後悔はしたくありませんから、こだわりをもって調整中です。  前の建物を再現しないと、震災前の年にコミック『暗号学園のいろは』の作画担当で漫画家の岩崎優次先生が描いてくださったポスターのいろは書店の絵と違っちゃいますしね。  岩崎先生とのご縁は震災の前年。「暗号学園模擬試験」というイベントで、 全国の書店に掲載された暗号を最後まで解き明かしていくと、ゴール地点が能登の「いろは書店」でした。最初にゴールにたどり着いた人だけが岩崎先生直筆の『暗号学園のいろは』の色紙をもらえたんです。このことをXにポストしたら、なんと140万アクセス!! 驚きました。これをきっかけに今でも全国から『暗号学園のいろは』ファンの方が訪ねて来てくれたり、支援してくれたり、ありがたい限りです。

SNSから流れてくる最新情報で不安が解消された避難所生活

避難所に設置した手作りの棚。ユーモアあふれる手書きのボード(八木敦成さん提供)

 地震後の避難所として、市役所4階の会議室に約2カ月いました。  日々の食事が3食用意されていたし、集まった人たちはみんな愉快で、快適に過ごせるようにみんなでワイワイ考えたり、工夫したり……。ひんしゅくを買うかもしれないですが、とても楽しい避難所生活でした。今でも避難所同窓会を開いてみんなで集まっていますよ。  避難所でびっくりしたのは、ほぼみんなスマホを持っていたこと。SNSを通じて、最新情報がどんどん入ってくるから不安が解消されるんです。道路の復旧状況や電気、水道の復旧状況も全部スマホで確認できるのですから、こちらも計画を立てやすい。  そこが阪神・淡路大震災や東日本大震災のときと大きく違ったところだと思います。「こんなにすごいものを人類が作ったんだ」と感心したのを覚えています。

新学期の教科書販売に向け店を再建

 1月27日に能登空港が再開すると聞いて、一度避難所を出て、家族が暮らす関東へ行きました。でも父が「早く営業を再開したい」と言い出して、すぐに避難所へ戻って来ました(笑)。  学校の新学期も延期されるかと思いきや、「予定通り4月から始まる」と高校の先生から連絡をいただいたので、壊れた店舗の向かい側の場所を借りて、教科書販売のためにあわてて店を作りました。  すべてDIYです。日本酒の空き瓶ケースの上にコンパネを置いて、そこに教科書を並べるような状態でした。準備を始めたのは2月で、出来上がったのが3月21日。なんとか教科書販売に間に合いました。

メディアが伝えないことをYouTubeで発信する

 震災後、YouTubeを始めました。  メディアが伝えることと現場の空気感が違うと感じたからです。「悲しい」「つらい」など、がれきの中から生まれた悲劇ばかりではなく、そこから動き出そうとしていることに、もっと注目してほしいんです。  実際、SNSに投稿してみると、ポジティブなエネルギーの方がバズっていますね。「困ってます」「助けてください」という投稿より、前向きな内容に反応があります。

復興の象徴である「おかえりピアノ」がやって来た

瓦礫の中から掘り起こしたピアノに子どもたちが道を描いた「おかえりピアノ」

 店には「おかえりピアノ」があります。震災で被災した地区のがれきの中から掘り起こした2台のピアノを金沢のアートスタジオに運び、能登から避難していた子どもたちと金沢の子どもたちが一緒に装飾したピアノの内の一台です。  この「おかえりピアノ」を、たくさんの人が弾きに来ます。去年1年間で300〜400人くらい弾きに来たと思います。スペイン人ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシアさんが来日した際には、能登に立ち寄って店まで弾きに来てくれました。

今年の「飯田町燈籠山(とろやま)祭り」は全国からお祭り仲間が集結

今年は盛り上がりを期待。飯田町燈籠山祭り(八木敦成さん提供)

 この地域では毎年7月20日に春日神社の祭礼「飯田町燈籠山祭り」が開催されます。震災直後の2024年は、道路もガタガタ、電線も垂れ下がった状態でしたから、メインの山車の運行は厳しく、お神輿だけちょっと出しました。  今年になって「みんなで盛り上がっていこう」という雰囲気が高まり、市内のイベントは、震災前よりも多いくらいです。 「燈籠山祭り」も今年は大盛り上がりしそうな予感。全国にいる私のお祭り好きの友達もたくさん集まってくる予定です。私は横笛を仲間と演奏します。  みなさんもぜひ遊びに来てください!

「いろは書店復活プロジェクト“Reborn”」ご協力のお願い

能登・いろは書店に縁の漫画の原画やサイン。額ごと新店舗に移動します

 皆さんにお願いしたいのは、新店舗建設に向けた「いろは書店復活プロジェクト“Reborn”」へのご協力です。  そして新店舗完成後のDIYのお手伝いです。食べる・飲むがセットじゃないと、人間は頑張れないことはわかっているので(笑)、作業後はバーベキューをする予定です。  時期はSNSで告知しますから、「われこそは!」と思う方は、汚れてもいい服装と軍手、できれば工具を持って集まってください。

観光地に「被災から立ち上がっていく町」というオプションが追加

取材当日、能登の復興と犠牲になった方の鎮魂のための花火が打ち上げられました

 これからの能登は、すごく面白くなると思います。  僕にとっての「面白い」は、「想像と違う感じになる」ということ。地震を面白いと思えないのは当然です。亡くなった方もいらっしゃるので、不幸といったら不幸です。  でも震災前に見ていた未来と、震災後の今、見えている未来の景色は明らかに違います。  震災後に能登に来る方はただ観光するのではなく、「被災地に来た」という思いをもっています。迎える私たちにとっても、ただの観光客ではなく「助けに来てくれた人」だったり、「ボランティア」だったり、「復興事業に関わっている人」だったり。明らかに間口が広がっています。 ただの観光地から、「被災から立ち上がっていく町」というオプションが追加され、それが能登の一つのブランドや付加価値になっています。  「このまま人口が減って、さらに過疎化が進むであろうという予測に反して、なぜだか、震災前より人口が増える」 。これまでになかった稀なケースになったらますます面白くなると思います。 被災したにも関わらず、こんな風に前向きでいられることに、私自身も驚いています。

「こころのオアシス いろは書店」について

 奥能登・珠洲市飯田町の商店街で、明治時代に醤油屋として創業。戦後間もない昭和24年に貸本業を開始、数回にわたる店舗の拡張を経て今に至る。「町の本屋」を名乗るとおり、扱うのは、本だけでなく教科書や文房具、そしてカフェと、近隣の人々の憩いの場となっている。また、漫画『暗号学園のいろは』のイベントに登場したことで、能登のみならず日本中から多くの人が集まる。「令和6年能登半島地震」により、店舗兼自宅が全壊。仮店舗で営業しながら、2025年内の新店舗開業を目指す。

事業者プロフィール

こころのオアシス いろは書店

代表者:八木 久 所在地:石川県珠洲市飯田町14-10

取材後記

 遠く離れた東京で、テレビやSNSで流れてくる「令和6年能登半島地震」は、記事中で八木さんが話していたとおりがれきの中から生まれた悲劇ばかりでした。そんなイメージをもってインタビューに臨んだのに、八木さんはいたって明るい。震度6強、住居兼店舗は全壊。避難所生活を強いられた人とはとても思えません。「地震被害を乗り越えたのではなく受け入れた」という言葉のとおり、避難所生活も店舗の再建も、多くの人なら悲嘆して立ち止まってしまいそうなことを、楽しめることは楽しみながら、おもしろがりながら、復興(そこにも悲壮感は感じられない)に向けて、すべてプラスの方向に転換しているように感じました。その明るさ、バイタリティーは地域の人だけではなく、能登を訪れるたくさんの人を巻き込みながら、さらにプラスの方向へと進んでいます。八木さんが思い描く「震災前より人口が増える」という能登の未来の実現はそう遠くないのかなと思えてきました。何よりお話しした私が八木さんにたくさんの元気をいただき、「いつか何か面白いことを一緒にやりましょう」と約束してインタビューを終えました。

取材者

米谷美恵(よねや・みえ インタビューライター)

 インタビューライターとして、20年以上にわたり、メディアや企業、自治体など、さまざまなジャンル、媒体で2,000人以上のかたのインタビュー(取材)・執筆をしてきました。好物は「人の話」。人、場所、物、想い。そのすべてに寄り添ったコンテンツ作成を心がけています。話し手の言葉に耳を傾け、ことばを整え、読んだ人の心に届くように形にしていく──。「対話から生まれる想い」を大切にしています。

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