
“川原農産”が描く能登の未来:ファームシェアリング・オンライン村の挑戦
有限会社川原農産
更新日:2025年5月7日
340年続く農家が届ける、あたらしい農業のかたち
川原農産は、石川県輪島市にて1681(天和元)年に創業し、340年以上にわたり農業を営んできた農家です。私の代で9代目になります。現在は、地元で受け継がれてきた農地を地主の方々からお預かりし、東京ドーム8個半の田んぼと3個分の果樹園(主に栗)で生産・販売しています。

川原さんの向こうに広がる2ha(約200m四方、20,000平米)の田んぼ
私たちが取り組んでいるのは、作物の生産・出荷にとどまらず、農業の新しいかたちを提案することです。その一環として展開しているのが「ファームシェアリング」というサービスです。これは、川原農産が管理する田んぼの一部を100m2単位でシェアし、誰でも農場主になれる仕組みです。一般的な「オーナー制度」は、たとえばリンゴの木に名前入りの札を立てたり、年に一度収穫体験を楽しんだりと、“イベント的”な関わりが中心です。しかし川原農産のファームシェアリングは違います。あなたが持つのは、実際に稼働している農地100m2分の「農場主としての権利」。日々の農作業はすべて川原農産が管理しますが、SNSなどで発信される田んぼの様子や写真は、知財として自由に活用可能。たとえば飲食店なら「当店、田んぼはじめました」と掲げ、変化する田んぼの写真を店内に貼ることができるんです。会社のCSRとしてのブランディングが可能になります。なので、川原農産のファームシェアリングは「体験」ではなく「共有」。農地も情報も、あなたの資産になります。

川原農産Webサイトより、ファームシェアリングのイメージ

川原農産Webサイトより、ファームシェアリングオーナーの権利
年間収穫量は最低45kgを保証しており、収穫されたお米はオーナーのもとへ届けられます。また、旅行などで能登を訪れた際、自分の田んぼを見学したり、農業体験に参加したりすることも可能です。自分が関わったお米を日々の食卓で味わえるということは、日常の中での喜びや、子どもたちの食育にもつながります。
崩れゆく農村を、オンラインの“村”で立て直す
能登半島地震により、私たちの農業は大きな打撃を受けました。耕作できる田んぼは震災前の3分の1にまで減少し、離職した従業員分の人員確保もままならず、人手が足りない分は農業に留まった人たちが身体を酷使しながら本業を維持している状態です。特に深刻なのは“集落の崩壊”です。

水路が壊れてしまい、ホースを使って田んぼに水を供給している

水はポンプを使って汲み上げられている
私たち農家の農地は、地域の用排水路や農道といったインフラと密接に関わっています。これらは集落の共有財産であり、集落の住民によって代々管理されてきました。しかし、震災で農家の住まいが倒壊し、就農人口が大きく減ってしまえば、その維持は不可能になります。田んぼの維持が困難になれば、能登の暮らしや景観、そして世界農業遺産である「能登の里山里海」も失われてしまいます。
趣味をきっかけに! オンラインから始まる村づくり!?
そこで私が取り組んでいるのが、「オンラインの村づくり」です。住民票を持たない“バーチャル村民”が、趣味を軸にオンラインで村を形成し、実際の集落とつながっていくという構想です。いきなり「移住してください」と言っても、インフラの崩れた土地に来る人はいません。だからこそ、趣味という共通項を持った人たちがオンライン上で“自分たちの村”を持ち、そこから現地とゆるやかにつながっていく仕組みが必要だと考えました。

事務所で楽しそうに構想を語る川原さん
農村の再興を地域外の人と共に考える
現在進行中の「ビール村」は、ビール好きが集まるオンラインコミュニティです。このコミュニティのメンバーで、ビールのおつまみとして定番の枝豆を、能登の耕作放棄地や田んぼの一角で育てることにしました。これにより、オンラインでの関わりが実際の現場での活動に繋がり、ビール村のメンバーが能登の集落に訪れるようになりました。ゆくゆくは、集落の水路掃除や農道の草刈り、さらには地域のお祭りなどの活動に、このような趣味を通じたオンラインコミュニティメンバーが参加するようになり、集落が活性化していくことを目指しています。オンラインの趣味をきっかけに、現実の地域に新たな息吹が吹き込まれているのです。10年後、20年後には、実際の人口は減っても、仮想人口が上回る。そんな未来を、民間の力で実現したいと本気で思っています。今こそ、農村の再興を地域外の人と共に考える時です。
一緒に取り組みに関わってくれる人求む!
〇ファームシェアリングのオーナーを募集!
ファームシェアリングに興味のある方はぜひオーナーになってみてください! 能登の復興の応援としてオーナーになってくださった方もいます。また、オーナーになったらどんなことができるかについての事例も作っていきたいと考えているので、そのアイデアを一緒に考えてくれる人も募集しています。
〇趣味の村の村長を募集!
趣味の村の村長になってくれる人も募集しています。ビール村以外にも、さまざまな趣味の村を展開していきたいと思っています。
〇アイデアや考え、構想を見える化、形にしてくれる人材を募集!
日々、さまざまなアイデアを形にしながら「ファームシェアリング」や「村づくり」に取り組んでいますが、本業である農業との両立は決して簡単ではありません。震災の影響で耕作できる田んぼは従来の約3分の1まで減少し、加えて従業員も離職してしまったため、自分ひとりで身体を酷使しながら作業を続けています。目指す構想を実現していくには、どうしてもスピード感が不足してしまうのが現状です。だからこそ、この構想に共感し、「自分ここなら手伝えます」と動いてくれる方がいるとありがたいです。
プロフィール 川原應貴(かわら・まさき)

川原應貴(かわら・おうき)
石川県輪島市を拠点に1681(天和元)年から現在まで340年以上続く農家の9代目として生まれた川原應貴さん。少年時代からの農業に対する周囲の偏見や家庭の葛藤を経て、農業高校の食品製造科に進学。そこで微生物の可能性に魅了され、筑波大学第二学群生物資源学類に進学。卒業後はすぐに家業の農業に従事。地元農業の厳しい現実と向き合いながら、2001(平成13)年に農業法人化。
法人化後は、給料制の導入やお米の直販に挑戦し、自ら営業先を開拓。市場の評価や農協との関係に疑問を持ち、自分の農産物の価値を知るために直接配布・評価アンケートを実施するなど、行動力を武器に道を切り開く。
現在は「ファームシェアリング」による農地の共有や、「ビール村」など趣味を軸としたオンライン村づくりによって、震災後に崩壊した集落の再生に取り組んでいる。また、異業種との交流にも積極的に取り組み、農業以外の多様な業種と連携しながら農業の可能性を広げている。
事業者プロフィール
取材後記
地震の影響で一時的にご家族と離れて暮らしている川原さんですが、「ひとりだからこそ好き勝手できることもあると思って頑張っています!」とお話しされていたのが印象的でした。これまでさまざまな苦難と葛藤を乗り越えてこられたからこその力強さ。そして現実を受け止めて新しいこと・面白いことへの探求心と努力を積み重ねられている姿がとてもかっこいいと思いました。
廣林花音(ひろばやし・かのん)
富山県出身。現在は小水力発電のコンサルティング会社に勤めている社会人2年目。小さいころ、よく家族と一緒に能登にドライブへ行っていた。能登の復興に少しでも力になりたいと思い、ライターとして参加。