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"道の駅狼煙"を共に再出発させるために必要なこととは

道の駅狼煙(指定管理者:株式会社のろし)

更新日:2025年5月30日

さいはての"道の駅狼煙"と幻の国産大豆"大浜大豆"の歴史

能登半島のさいはてに位置する道の駅狼煙

 道の駅狼煙(指定管理者:株式会社のろし)は2009年に開業、翌年に道の駅として登録された。幻の国産大豆と呼ばれる“大浜大豆”と、地元珠洲の塩田から得られる“天然のにがり”で作られる地豆腐の販売をメインに、地域の特産品を販売。特に大浜大豆を使った豆腐はファンが多く、遠路はるばる金沢から買いに来る人、通販(2025年5月末時点では休止中)で定期的に注文される人もおり、人気を博している。  大浜大豆から作られる豆腐の特徴は、“濃厚な豆の甘みとコク”、“溶けるような食感”。甘味料などは使わず、大豆だけで作られた豆乳の糖度はなんと15度。通常スーパーや通販などで販売されている豆腐とは一線を画す仕上がりとなっている。  また、観光スポットである“禄剛崎(ろっこうさき)灯台”に近く、能登半島を舞台に開かれる各種イベントや観光の目的地となっている。禄剛崎灯台からは、きれいな朝日や夕陽を眺めることができる。

2025年5月23日にプレオープンした道の駅狼煙(2025年5月撮影)

大浜大豆との出会いのきっかけは、一人からの申し出だった

 珠洲市狼煙町横山地区、能登半島のさいはての地で横山振興会という全戸加入の地域組織が1997年に立ち上がった。目的は“昔ながらの本物の味を後世に伝える”ため。生産するのは大豆やそばで、それらを豆腐や納豆、手打ちそばに加工し、イベントに出店するなどしてきた。当初はエンレイ種という北陸地方でよく作られている大豆を使っていた。活動が功を奏し、評価も高まってきた2003年。低温と長雨が続いた影響で大豆の生産が滞り、イベントの開催が難しくなったとき、集落の一人から「私の大豆を使ってくれ」との申し出があり、無事イベントを開催できた。このとき提供された大豆が“大浜大豆”であった。2003年の不作がなければ、大浜大豆に出会うことができなかったのである。  翌年から大浜大豆の本格的な生産をスタートさせた。他の地域の畑では薄い紅紫の花が咲くなか(エンレイ種は薄い紅紫色の花を咲かせる)、大浜大豆は真っ白な花を咲かせた。収穫した大浜大豆を使った商品は大変味が良いと大好評。作付面積を拡大させながら今に至っている。  珠洲市折戸町の広い砂浜は“大浜”と呼ばれ、その周辺で作られていたため、“大浜大豆”と名付けられたと伝わる。5月下旬に種をまき、8月上旬に花を咲かせ、11月下旬に収穫する。収穫時期が天候が不安定な時期と重なり、収穫遅れや乾燥作業が大変なことから、10月ごろに収穫可能なエンレイ種への生産に徐々に置き換わってきた。このような経緯から、大浜大豆は貴重な品種となっている。

加工前に洗浄・浸水した大浜大豆、他の品種より粒が大きいのが特徴(2025年5月撮影)

震災以降の道の駅狼煙と再建への道のり

能登半島地震と豪雨による度重なる休業

 2024年元旦に発生した能登半島地震では、建物の被害は比較的少なかったものの、一時的な孤立や長く続く断水、浄化槽の破損、豆腐製造に携わる従業員の退職が続き、休業を余儀なくされた。2024年4月から一部営業を再開したものの、週2〜3日の開店とオンラインショップのみ。9月の豪雨による断水で再びの休業となり、客足が途絶えるという経営にとって厳しい状況が継続していた。  道の駅狼煙の駐車場には16戸の仮設住宅が建設され、移動販売車が定期的に巡回、これが地域の食のインフラとなっており、震災前のような日常にはいまだ遠い。観光客が訪れるための交通インフラも、輪島方面からアクセスする国道が2024年の12月末に仮で規制解除されるまでは制限が続く状況であった。  そのようななか、本当にこのまま道の駅狼煙の営業を続けていくことができるのか、株式会社のろしでは議論が続いていた。

地域を盛り上げようとする若者への経営交代

 道の駅狼煙の経営は私、林俊伍(はやし・しゅんご)が引き継ぎました。 「地域の区長から直接話を聞いたのは2025年の2月頃だったと思います。その前から少し噂は聞いていたのですが、え? 道の駅? しかも経営をやる? というのが正直な感想でしたね」 「僕はこれまで小売もやったことがないし、BtoB(法人向けの仕事)しかしてこなかったんですよ。「旅音(たびね ※)」は個人も泊まれる宿ですが、予約サイトなどの法人を経由して予約が入ることも多く、対個人がすべてではありません。ましてや、個人向けにモノづくりをしたり、食品を作るというのもしたことがなく、どうしようかなと考えていました」  ※株式会社こみんぐるが行っている民泊事業。金沢の古民家を宿泊可能な宿に改修、運営している。 「よくよく考えると、能登半島の一番先に目的地が有るのと無いのでは、観光や人の動き方そのものが大きく違うのではないか、奥能登全体を考えても狼煙に道の駅があることには大きな価値がある。じゃあ誰もやらないんだったら自分がやろうと思ったんですよ」 「ここ狼煙の人たちがずっと昔から守って繋いできた想い、大浜大豆や道の駅もそうなんですが、これらをどうやって次世代に伝え繋いでいくのか、ここがすごく大事なポイントだと思っていて、そこはブレずにやっていきたいです」  「2025年4月に、二三味義春(にざみ・よしはる)さんから経営を引き継ぎ、こみんぐるの一部スタッフの参画と、震災後に退職した従業員が戻ってくることになったという環境の変化もあり、今回のプレオープンを迎えることができました」

株式会社のろし 代表取締役社長 林俊伍

ようやく迎えたプレオープンの日

 プレオープンは、私が経営するこみんぐるのスタッフでもある荒井智恵子(あらい・ちえこ)さんに様々な役割を担ってもらいました。 「とりあえず無事プレオープンの日を迎えることができたことにホッとしています」 「まだプレオープンということもあり、品ぞろえも少なく、生産できる量も限られていて、人気の豆腐は早々に売り切れてしまうこともあります。少しづつ品揃えを増やしたり、店内のレイアウトを変えるなどして、地域の方の交流の場としても、観光で滞在する方が楽しむ場所としても、たくさんの人が来る拠点として盛り上げていきたいです」 「前職の経験から、こういったイベントや企画は準備も含めて得意ですね。歳の分だけ経験が重なっているかも(笑)」  道の駅狼煙では7月4日の正式オープンに向け、オペレーションの改善やレイアウト変更、豆腐の生産量拡大など、さまざまな課題へ取り組むことにしています。また、店頭に並ぶ時期は未定だが、“おからビール”や“おからグラノーラ”など、大浜大豆を使った商品の新規開発構想も進みつつあります。また、各種お惣菜も増やしながら、当面は地域の人や観光に訪れた人向けのテイクアウトや軽食を中心に営業していく予定です。

プレオープンの日にはたくさんの人が訪れた(2025年5月撮影)

商品の品ぞろえは少ないが、その場で楽しめるような工夫が随所に見られる(2025年5月撮影)

忘れることはできなかった珠洲、“おかえり”の大豆製造職人

 そして、道の駅狼煙に欠かせないスタッフ、木庭由香子(こば・ゆかこ)さんです。 「地震と豪雨による大きな被害を乗り越えてきた皆さんに、どういう顔をして会えばいいのか、どんな反応が返ってくるのかとても不安でした。でも、皆さんが暖かく“おかえり”と言ってくれたんです。とても嬉しく、そして安心しました」  彼女は震災前から道の駅狼煙で働いていましたが、震災により珠洲に住むことが困難になり、大阪で介護の職についたものの、この度“珠洲市特定地域づくり事業協同組合”が活用する総務省の制度(※)を利用する形で珠洲に戻ってきました。週に2日は大浜大豆を使った豆腐の製造や、道の駅狼煙での接客を担い、残りの週3日は珠洲市折戸町にある宿泊施設、木ノ浦ビレッジで働いています。  ※特に人口の減少が進む過疎地域において、地域産業の担い手を確保する目的で事業を行う協同組合に財政や制度の支援を行う、総務省が推進する仕組み。安定的な雇用環境と一定水準の給与水準を確保した職場を作り、地域内外から若者の雇用を促進する目的で制定された。季節ごとの労働需給に応じ、複数の企業で働く“マルチワーク”を行うことが特徴。 「地震後、一度は珠洲で頑張ろうとしたんです。でも気持ちが追い付いてきませんでした。周りは震災を乗り越えようと頑張っているのに、わたしだけ弱音を吐くことはできない、そう思っていました。友人に相談し、珠洲から避難することを決めました。わたしは名古屋出身ですが、すでに両親は亡くなっており、帰る家はありません。なので、友人のいる大阪に行くことにしたんです。」    “珠洲から逃げ出してしまった”  その思いから、珠洲には二度と戻れないと考えていた木庭さん。そんな彼女が珠洲に戻るきっかけを与えてくれたのは、前述した珠洲市特定地域づくり事業協同組合で、移住者のサポートや事務局を担当する馬場さんでした。 「馬場さんが定期的に連絡をくれていたんです。一度大阪で会ったときも、戻ってきたら? と誘われたのですが、そのときはまだ否定的な気持ちでした。それでも馬場さんが珠洲に遊びに行く機会を作ってくれたんです。」  2024年の年末から2025年の年明けにかけて、珠洲で過ごした木庭さん。珠洲に残れなかったことが情けない、申し訳ない、そんな気持ちが地元の人から「大変なことだったもん、仕方なかったよね」と言ってもらえたことで、自分が許されたような、そんな気持ちになることができたようです。 「その後、馬場さんから、家が空いたので戻ってこないかと連絡がありました。不安な気持ちはありつつも、わたしは珠洲が好きで、珠洲の人たちが好きだから、もう一度頑張ろうと決めたんです」 「珠洲に戻ってきてから、自分でも信じられないくらい元気いっぱいになれたんです。戻ってきて本当によかったと心から思っています。珠洲で働けること、お豆腐を作れることに感謝して頑張っていきたいです!」

狼煙に“おかえり” 木庭由香子さん

道の駅狼煙の再出発、一緒に盛り上げていきませんか?

 道の駅狼煙では運営スタッフと、大浜大豆の豆腐を販売したいショップ、イベントへの出店相談を募集中です。想いに賛同してくださる方、道の駅狼煙へ連絡をお願いいたします!

1. 道の駅狼煙スタッフ募集!

 道の駅狼煙は少人数で運営しています。これから観光客などが増えていく時期ですが、運営スタッフが不足しています。  職務内容としては、 ・お土産や日用品などの販売(レジ) ・商品の補充 ・接客 ・店内の掃除 ・豆腐の出荷や事務の補助 を予定しています。こだわりの地豆腐や関連商品を販売したり、お客様と話をするなど、地域に密着したお仕事です。将来的には大豆を加工する方も募集を開始する予定です。  珠洲に移住して腰を据えて働いてくれる方も大歓迎です。木庭さんのように地域に暖かく迎えられると共に、国の制度も使いながら働くこともできるので、安定した収入を得ることができます。そして何よりご飯が美味しい!

店頭で作り、販売している豆乳ソフトクリーム(黒みつがけ)

2. 大浜大豆を使ったこだわりの地豆腐を販売するショップ募集!

 大浜大豆を使った豆腐は、通常販売している豆腐より濃厚な甘みとコクがあり、食感も滑らかで、一度食べるとすぐファンになってもらえる自信があります。天然のにがりを使った手作りの豆腐で、特に自然派のお客様や食品にこだわりがあるお客様にお買い求めいただける商品であると確信しています。 ・こだわりの商品を追加したい ・自然派向け、ヴィーガン向けなど、多様化しているお客様のニーズに合わせた商品をラインアップしたい ・数が少なくても話題になる商品をラインアップしたい など、互いのこだわりを高めあっていける関係性を作りませんか?

製造した200個のおぼろ豆腐カップは5月25日(営業開始3日目)には完売(2025年5月撮影)

3. 大浜大豆を使った豆腐を販売できるイベント募集!

 大浜大豆を使った豆腐は味も触感も抜群なものの、まだまだ認知がされていません。一度食べてもらえばわかるこの味を広めるべく、イベントにも出店していきたいと考えています。販売できる数や、行ける場所には限りがありますが、ぜひお声がけください!

豆腐を食べに集まった地元の方々と、それを取材するマスコミの皆さん(2025年5月撮影)

事業者プロフィール

道の駅狼煙(指定管理者:株式会社のろし)

代表者 :林俊伍 所在地 :〒927-1441 石川県珠洲市狼煙町テ部11

取材後記

 道の駅狼煙のプレオープンを手伝いながらの取材を終えて改めて振り返ると、過去に地域の組織を立ち上げた経緯も、今回経営を引き継いだ林 俊伍さんも、“後世につなげる、伝えることを大事にする”という想いは一緒なことに気がついた。  震災前から人口減少や高齢化など、日本の課題が浮き彫りだったが、能登半島地震によって10〜20年分が一気に加速し、“能登半島の先端の地”は、“日本の課題先進の地”となった。それだけを聞くと、とてもネガティブな“行きたくない”イメージに囚われてしまうのは当然なのかもしれない。しかし、その地に根付く暖かい人たちと、その人たちが作るとんでもなく美味しい豆腐があることがわかると、それが反転して“行きたい”場所となるのだ。  能登半島の端が珠洲市なら、珠洲市の端は最果てであり、その最果ての地には、昔から大事にされてきたものがある。その大事なものは、人を呼び寄せる“鍵”ともなり得るが、それを後世に繋げていくことがどんなに大変なことか、震災をきっかけにして多くの人が気づかされた、そんな気がしてならない。

一般社団法人能登乃國百年之計 運営スタッフ T.K

北海道出身、自動車メーカーでの制御開発エンジニアを経て、外資系コンサルティング会社へ転職。社会貢献活動に出会い、社団でのさまざまな活動に運営スタッフとして参画している。  豆乳ソフトクリーム作りは、道の駅狼煙のスタッフ内で一番上手であると評判。定期的にお手伝いをしないと腕が鈍ってしまうことに危機感を感じている。

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