ロゴ
画像

豆腐の行商が原点。地域を回り、人と人をつなぐ〝エステフーズ谷内〟

有限会社エステフーズ谷内

更新日:2025年4月18日

豆腐の移動販売を通じてコミュニティ再構築

 当社の原点は、輪島の山奥にある小さな集落で祖父母が始めた豆腐屋です。祖父は水を張った木箱に豆腐を浮かべ、それをバイクの荷台に積んで集落を回り行商していました。  祖父が豆腐をもっていくと集落の人たちが集まり、顔を見ながらひと言ふた言、言葉を交わし、豆腐を手渡ししていく――特にコレといったものはありません。ただ、そこには人と心通わせる瞬間、笑顔が咲く瞬間、人から元気をもらう瞬間がありました。  時代が変わり、バイクが移動販売車に変わっても、原点を忘れず、豆腐の製造販売を続けていたところに発生した地震と豪雨。  地元の仮設住宅に入れたものの部屋にこもっている方、地元のコミュニティから遠く離れた仮設住宅で生活している方も大勢います。  バラバラになったコミュニティを豆腐の移動販売を通じて再構築する――これが、創業から60余年豆腐の移動販売を通じ地域の方々と交流してきた私たちの、復興に向けた目標です。

作りたてのおいしさを可能な限りそのままに届けるために 移動販売車には冷蔵庫を設置するなどの工夫をこらしている。

奥能登の移動販売車運行エリアを再生

 震災・豪雨の後、さまざまな事情によって地元から遠く離れた地域の、知り合いのいない仮設住宅に入って生活されている方がたくさんいます。そのような方々を訪ねて「1年経ちますが、どうですか?」と話を聞くと、「隣近所の方たちとの交流があまりない」「話相手もいない」と、おっしゃるのです。  震災前、地域の方たちは、うちの移動販売車がいつ来るのかを知っていて、時間になると集まってきて「うちの孫が高校を卒業して就職した」とか「畑がどうでこうで」とか、おしゃべりの花を咲かせていました。  うちの移動販売には、地域の人たちが顔を合わせ、交流するきっかけを作る、という役割があったのです。  そこで現在、移動販売車で一軒一軒「豆腐、いかがですか?」と御用聞きしながら、地震と豪雨でなくなってしまった奥能登の移動販売車運行エリアを「新たに作ろう」と取り組んでいます。

人と人をつなぐ〝さいはての谷内のおとうふ〟。

厚揚げやがんも、油揚げも人気。

必要なものは「人を大切にできる」仲間

 1年で二度の被災。たくんさんの方からご支援をいただいて工場は修復できましたが、従業員は二次避難などで半数以上が退職しました。能登以外にお住まいの方で「働きたい」と言ってくださった方もいたのですが、この辺りでは住まいの確保ができません。  そこで、少ない人数でも、「また食べたい」と思ってもらえるような商品を提供できるよう、商品を絞って作っています。  また震災前、移動販売車の運行エリアは、奥能登の輪島市・珠洲市・能登町・七尾市と、金沢市・津幡町・かほく市でした。5台ある移動販売車のうち3台が奥能登を、2台が金沢周辺を、週4日(1台につき)回っていました。 金沢方面の移動販売は発災から4か月後に再開できましたが、奥能登のほうではまだフル稼働にはいたっていません。  バラバラになったコミュニティを豆腐の移動販売を通じて再構築する、という目標を達成するには「人を大切にできる」仲間が必要だと感じています。

豆腐作りを終え、工場内を清掃する従業員の方。

また食べたい、また会いたい豆腐屋さん

 能登の揚げ浜塩田から採れたにがりと国産大豆をつかって、祖父の代からおつきあいいただいている方はもちろん、初めての方にも「また食べたい」と思ってもらえるような豆腐を、平家の里として知られる輪島市町野町で作っています。  奥能登や金沢周辺でも、うちの豆腐を取り扱ってくださっているスーパーやお店はありますが、じいちゃんがバイクで集落を回り、手づくりの豆腐を手から手へ届けていた、昭和の行商スタイルが、うちのアイデンティティなんです。  津幡町で移動販売が再開したばかりのころ、当時そこに二次避難していたお客さんがうちの移動販売車が走っているのを発見し、車で追いかけ呼び止めて、豆腐を買うことができて「涙が出た」という話をしてくれたことがありました。  豆腐屋として地域の方の心の復興に少しでも貢献していけたらいいなと思っています。

豆腐作りに用いるにがりを生んだ能登半島さいはての海と豆腐をイメージさせる移動販売車。

事業者プロフィール

有限会社エステフーズ谷内

代表者:谷内孝行 所在地:石川県輪島市町野町粟倉169

取材後記

■私は大学でスケールさせるビジネスを学んできたのですが、谷内さんの「豆腐の移動販売を通じて地域で暮らす人と人のつながりを大切にし、震災によってバラバラになったコミュニティを再構築したい」という思い、そして、観光地価格ならぬ復興価格の豆腐を買ってくださる方はいるけれど、それでは地域の人が買えない。自分は地域の人に食べてもらいたいから、地域の方たちが喜んで買ってくださる価格に抑えるといった行動が一致していて、カッコいいと思いました(M) ■谷内さんとこの豆腐を東京に戻って食べたのですが、あれから一週間が経とうとしている現在「谷内のおとうふロス」状態。白くてやわらかいものを口にすると、谷内さんの「おぼろ月夜」の味や香り、舌触りを思い出す始末。そう言えば、取材時、谷内さんに「通販はしないのですか?」とお尋ねしたら、「自分が作った商品がお客さんに喜ばれているのかどうか、見えにくいでしょう? やっぱり、お客さんの喜ぶ顔を見て、『おいしかった』という声を聞きたい。それがやりがいに繋がりますから」と笑顔で返されました。このロス、どうやって治すか考え中です(S)

取材者

チームまほみち

〇入江真穂(学生ライター)学生をしながらライターをしています。現在、大学2年生で、大学では経営学と安全保障を専攻しています。能登の復興を目指す事業者・団体さんのお手伝いが少しでもできればと思い、シロシル能登の取材・執筆を担当。 〇道井さゆり(千里浜出身ライター)書籍の企画・取材・執筆・編集の他、本づくりで出合った著者のYouTubeチャンネルの構成などを担当したり、なんやかんややっています。

注目の記事