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亡き父の遺志を継ぎ、穴水のカキのおいしさを広めたい“河端水産”

河端水産

更新日:2025年5月29日

鏡のように静かな穴水湾が養殖地

 石川県鳳珠郡穴水町岩車。穴水湾に面し、遠くに目を向けると能登島が見えます。穴水湾は穏やかで鏡のように静かです。複数の川から養分を含んだ淡水が流れ込む穴水湾は、有数のカキ養殖地として知られています。なかでも穴水町は水深20メートルほどの海域で養殖するため、泥臭くなく、味がマイルドです。

穴水湾でカキの収獲を行っている様子(2025年5月5日撮影)

 祖父の代からカキの養殖を始めていましたが、2代目の河端勝男(かわばた・かつお)が、2015年頃から穴水町名物のカキのおいしさを多くの人に伝えようとカキの生産量を増やしました。早朝から夕方まで休みなく働き、穴水のカキのために奮闘していました。私、河端 譲(かわばた・ゆずる)も10年程前にUターンし家業を継ぎました。  家族で協力して年間約10トンのカキを水揚げし、出荷していました。さらに事業を成長させようとしていた矢先、父は不慮の事故に遭い、長らく入院していましたが回復できずに逝去しました。

穴水湾に浮かぶカキいかだ(2025年5月5日撮影)

悲しみに暮れるなか地震が発生

 悲しみに暮れるなか迎えた2024年元日に能登半島地震が発生。穴水町の中心部は大きく揺れ壊滅的な被害を受けましたが、岩車地区は中心部に比べれば揺れは小さく、大きな潮位変動などは確認されませんでした。ただし、橋が崩壊したり木々が倒れたりして岩車地区は一時孤立状態に。牡蠣養殖に必要な電気設備は壊れ、電気も水道も止まりました。  水道が止まると水揚げはできてもカキの洗浄はできません。運送会社の集荷も止まりました。支援してくれた多くの方に恩返しをしようと色々と調整し、なんとか2024年2月から出荷を再開することができました。カキの出荷量は例年約10トンに対して、2024年は約4トンでしたが、おかげさまで出荷することができました。

穴水のカキを盛り上げたい。でも養殖に携わる人が減っている。

 今年はふるさと納税で多くの寄付をいただき、ありがたいことに出荷作業に追われました。穴水のカキをより多くの方にお届けしたいところですが、高齢のカキ業者が多いところに地震がやってきて、多くの業者が撤退しました。今、穴水町には11の業者しかいません。石川県漁業協同組合穴水支所牡蠣部会の副部長として、他のカキ業者とも連携しながら穴水のカキを盛り上げていきたいのですが、人が少なく、カキを多く獲れない状況が続いています。

母と二人でカキの収獲作業を行っています。(2025年5月5日撮影)

多くの人に穴水にやってきてほしい。そして将来の夢は……

 父が紡いでくれたご縁で、今も多くの方が足を運んでくださいます。家族経営なので急激にご購入のニーズが増えても対応できないのですが、持続的に穴水のカキを盛り上げ、多くの人々と穴水をつなぎたいと、そう思っています。穴水のカキをぜひ引き続き食べていただきたいです。穴水のカキ業者はみんな頑張っています。あと穴水全体で働き手不足が深刻なので、穴水へ移住してくれる方も求めています。  いつかは穴水湾に面した空き地に焼きガキを食べられる牡蠣小屋を作るのが夢です。おいしい穴水のカキを食べていただく機会を増やしたいと思います。

漁船で穴水湾のカキいかだのポイントまで通っています(2025年5月5日撮影)

“河端水産”について

 穴水町で牡蠣の養殖と販売を手掛けています。祖父の代より牡蠣の養殖業を始め、2代目の河端勝男が2015年頃から生産量を拡大しました。カキは目の前の穴水湾で養殖。真ガキと岩ガキを取り扱っています。

事業者プロフィール

河端水産

代表者:河端 譲 所在地:石川県鳳珠郡穴水町岩車チの58

取材後記

 今でこそ「農家民泊」は多くの人に知られる言葉になりましたが、その先駆けはNPO法人「田舎時間」の活動です。この活動の中で2004年9月から約20年間、農業や漁業未経験の首都圏の私たちを受け入れてくれたのが河端家です。足手まといでしかない私たちを毎年受け入れ、育ててくださいました。2006年9月に私は初めて参加し、穴水湾の美しさと河端家や岩車地区のみなさんの優しさに触れ、20年近く穴水ファンとして通い続けてきました。気持ち良い海風に吹かれながら日中は田植えや稲刈り、牡蠣の収獲のお手伝い。夜は満天の星空を眺めながら、焼きガキと能登の酒を囲んで河端家のみなさんや仲間と語らいました。私の大切な人生の一部です。大好きな穴水町がこれからも素敵な場所であり続け、私が癒されたように多くの人の心を癒してほしいと思っています。そのためには、能登以外の人々が能登に関わり続けることが重要です。私が一目ぼれした穴水町に、能登に、ぜひ多くの方々に関わっていただきたいと思います。

取材者

白鳥淳子(しろとり・じゅんこ、能登応援部長)

 メディア企業に務めるかたわら、2006年からNPO法人「田舎時間」の活動で農作業や牡蠣の養殖の手伝いのために石川県穴水町に通ってきました。2012年には三菱地所が丸ビルほかで開講した“社会人向け朝活”「丸の内朝大学」で能登空港の利用者増を目的とした「能登プロデューサークラス」を石川県庁と企画。受講生の首都圏のビジネスパーソン40名と奥能登の事業者をつなぎ、両者が連携して奥能登の酒を東京でPRする「奥能登酒蔵学校」など数々の企画が生まれました。震災後は「能登応援部」の部長を務め、チャリティイベントなどを行っています。

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