ロゴ
画像

海からはじまる、未来の能登。牡蠣・料理・宿で想いを届ける“義祥丸水産”と“コーストテーブル”

義祥丸水産、コーストテーブル、コーストテーブル ハナレ

更新日:2025年6月8日

「やっとオープンできる」その喜びが一瞬で崩れた日

 能登半島の北部、石川県鳳珠郡穴水町。  震災が発生する前から私たちは、牡蠣の養殖事業と「コーストテーブル」という飲食店の経営をしていました。  夫である私は牡蠣の養殖を、妻は飲食店を担当し、それぞれの得意分野を活かして協力し合いながら取り組んできました。

牡蠣のフルコースを食べることができる飲食店コーストテーブル(2025年4月撮影)

 2024年1月には、新たに「コーストテーブル ハナレ」という簡易宿泊施設をオープンする予定でした。  地道に、けれど着実に準備を進め「やっとオープンできる」と思っていた、まさにその矢先──2024年1月1日、能登半島地震が起きたのです。  幸いなことに、牡蠣の養殖には大きな被害はありませんでした。筏が1つ流された程度で済んだのは、不幸中の幸いだったと思います。  しかし、作業小屋は傾き、飲食店も海側に5センチほど傾いてしまい、何よりも、オープン目前だった宿泊施設が一瞬で使えなくなってしまいました。

能登半島地震によりオープン目前のコーストテーブル ハナレは、大きな被害を受けました(提供写真)

 ショックはありましたが、1月は牡蠣のシーズン真っ只中。 「今、止まってはいけない」と自分に言い聞かせ、すぐに牡蠣の水揚げを再開し、物流が回復し始めたころには、新鮮な牡蠣をお客様に届けることができるようになっていました。  また、宿泊施設の再オープンを目指してクラウドファンディングで応援を募るなど、今できることに集中して行動し続けました。  震災によって失ったものは数多くあります。  でもその一方で、震災がきっかけで出会えた人たちもいます。 その出会いやつながりに励まされながら、私たちはこの地で、もう一度「人が集まれる場所」をつくろうと、夫婦二人三脚で歩んでいます。

供給が止まれば、想いも届かない、だから牡蠣を届け続ける

 再建を目指すなかで、今(2025年4月取材当時)最も大きな課題となっているのが「人の流れが戻ってこないこと」です。  特に牡蠣の養殖を行っている穴水町より北に位置する輪島市、能登町、珠洲市などの「奥能登」と呼ばれる地域では、道路の損傷やインフラの復旧に時間がかかったせいか、観光客数の伸びが鈍い状況です。能登半島の大都市である七尾市周辺に留まってしまい、奥能登まで足を運ぶ観光客は少ないと感じます。  それが、本当に歯がゆくて……。 「今こんなことを言っても仕方がない」と思われるかもしれません。でも私は、信じているんです。  道は少しずつ整っていくし、時間が経てば状況もきっと変わる。そしてまた、人が戻ってくる日が必ず来ると。  だからこそ、今の私たち自身が、能登の可能性にフタをしてしまってはいけないと思っています。  たとえば牡蠣もそうです。「能登の牡蠣を食べたい」と思ってくれる人がいても、供給が途切れてしまえば、その存在は忘れられてしまうかもしれない。  だから、こんな状況の中でも、私たちは挑戦をやめてはいけないと思うんです。  私たちにできることは、能登の可能性を示し続けること。 「能登はこんなに頑張っている」「美味しいものがある」「素敵な景色がある」──そんな声を、届け続けていくことです。  今は、そのための「基礎を固める」時期だと感じています。  たとえば、傾いてしまった作業小屋の再建や、宿泊施設の整備など。特に作業小屋の再建は、雇用の創出にもつながると考えています。

支え、支えられ──共助の味を能登から届ける

 今こうして前を向いて歩んでいられるのは、私たちだけの力ではありません。全国から想いを寄せ、支えてくださる方々がいるからこそ、今日の私たちがあります。  その1つが、静岡県にあるとある企業とのご縁です。  2022年9月、私の故郷・静岡県島田市が大雨で被災したことをきっかけに、地元企業が開発したキノコ「ホホホタケ」と能登の牡蠣を組み合わせたアヒージョを、牡蠣のフルコースに取り入れました。  その後、今度は私たちが暮らす能登が地震で被災。すると、かつて故郷を想って始めた取り組みに心を寄せてくださった島田市の企業から「ホホホタケ」を無償で提供いただけることになったのです。  こうして生まれたアヒージョの背景には「過去から繋がる共助の思想」があります。かつて助けた側が、今度は助けられる側に。支え合う心が、静かに、でも確かに巡っているのだと感じます。  この料理には、「かつて助けた側が、今度は助けられる側にまわる」という共助の想いが込められています。  被災地同士がつながり、支え合う──その優しさが、静かに、でも確かに広がっていると感じます。

「守るだけじゃ、続かない」今の挑戦が能登の未来をつくる。

 現在は、地元の恵みを活かした商品づくりにも挑戦しています。  たとえば地元で育てた牡蠣をふんだんに使った自家製ソーセージも開発。豚肉や鶏肉、めかぶをつなぎとして使い、カキの味わいやうま味を堪能できるよう調理。牡蠣の旨味をぎゅっと閉じ込めたこの一品は、手軽に食べられる新たな名物になれば…という思いから生まれた、自信作です。

牡蠣の濃厚な旨味がぎゅっと詰まったソーセージ。2本入り150gで税込み2,000円(提供写真)

 「守るだけじゃ、続かない。新しい選択肢をつくっていかないと」  そんな想いを胸に、日々、現状を少しずつ変えるための小さな一歩を積み重ねています。  たった一つの商品、たった一人の来訪者からでも、何かが変わる。  そう信じて、私たちならではの新しい魅力を、これからも発信し続けていきたいと思っています。  ぜひ、皆さんのお力を貸してください。

地域資源を活かした商品開発に挑戦してみたい方へ

 能登の山や海の恵み。この土地ならではの素材や食材を活かして、新しい商品を生み出す──それが、私たちのこれからの挑戦です。  たとえば、食材に含まれる成分や効能に詳しい方。  また、調べながら何度も試行錯誤して、新たな発想を形にできる方。  そうした方々と出会い、共にものづくりができたら、きっと今までにない魅力が生まれるはずです。  私たちだけでは思いつかないようなアイデアを、この能登の地に吹き込んでくれる仲間を探しています。

SNSやWEBで能登の思いや現状を発信してくれる方へ

 店舗の再建だけではなく、この地域全体の“今”を、県外の人たちに伝えていきたいと思っています。  能登の魅力、能登の現実、そして能登が進もうとしている未来を、写真や文章、動画やSNSなど、どんな形でも構いません。  誰かの心に届くような発信が、この場所にとって大きな力になります。

能登の良いものを、皆さんの手元に届けたい。販路拡大にご協力いただける方へ

 私たちが育てた牡蠣、地元の農産物、創意工夫で生み出した加工品を必要としてくださる方に、きちんと届ける道をつくっていきたいと考えています。  けれど今、被災地の物流や販売チャネルは限られており「いいものを作っても届ける手段がない」という課題に直面しています。だからこそ、販路拡大の知見やネットワークをお持ちの方とつながり、幅広い形での展開を目指したいのです。  復興は長い道のりですが、私たちは「ただ元に戻す」のではなく「新しい未来」をつくっていきたいと考えています。

齋藤ご夫婦が行われている事業について

 ご夫婦が能登に移り住んだのは、2015年のこと。  それまで、ご夫婦はともにアパレル業界で働いていたが、仕事は非常にハードで、さまざまな事情が重なったこともあり、幼い頃に抱いていた「自分で獲ったものを、必要としている人に届けたい」という思いが再び胸に芽生えたという。  漁師という職業への憧れを抱き、試行錯誤を重ねるなかでご縁にも恵まれ、能登での新たな暮らしが始まった。現在、夫は新規漁業者として牡蠣の養殖や刺し網漁業に取り組み、妻はその牡蠣を使った飲食店と宿泊施設を営んでいる。 「義祥丸水産」では、世界農業遺産にも認定された自然豊かな穴水湾を拠点に、真牡蠣や岩牡蠣の養殖、刺し網漁、たこつぼ漁を行っている。  真牡蠣や岩牡蠣などは通販や直売でも提供されており、水揚げされた牡蠣は、妻が運営する「コーストテーブル」でも味わうことができる。

穴水湾に浮かぶ、漁を行うための船(2025年4月撮影)

「コーストテーブル」では、能登産の新鮮な牡蠣を主役に、他では味わえない特別な体験を提供。  特に鮮度にこだわり、炭火焼きやフルコース、アヒージョ、天ぷらなど、牡蠣の魅力を引き出す多彩な料理がそろう。また、穴水産のなまこや「このわた」など、能登ならではの海の幸も楽しめる。

獲れた牡蠣はすぐにコーストテーブルへ。店からの眺めは何とも美しい(2025年4月撮影)

 さらに、震災後に修繕された「コーストテーブル ハナレ」は、快適な空間として生まれ変わり、主に復興支援に携わる人々に利用されている。客室に空きがあるときには、解体作業の立ち会いに帰ってきた地元住民の宿泊や、ボランティア活動に来ている人々の休憩所としても活用され、地域の復旧・復興活動の拠点としての役割も果たしている。  能登の海と人とともに歩む日々の中で、ご夫婦は今もなお一つひとつ丁寧に、自然の恵みと真摯に向き合いながら、活動を続けている。

修繕され、オープンした「コーストテーブル ハナレ」。地域の復旧・復興を支える拠点としても多くの人が訪れる特別な場所となっています(提供写真)

事業者プロフィール

義祥丸水産、コーストテーブル、コーストテーブル ハナレ

代表者:齋藤義己、齋藤祥江 所在地:石川県鳳珠郡穴水町中居南

取材後記

 私にとって初めての能登。空港は整備され、とてもきれいで能登半島地震が起きたことを感じさせないほどでした。  けれど空港から能登の北部に行けば行くほど、被害の甚大さをまざまざと思い知らされます。ひび割れた道や倒れた木々……。  しかし、齋藤さんご夫妻への取材を通して感じたのは、未来を変える力強さ。  どうして、そんなにも頑張れるのでしょうかと思わず聞いたところ 「今この時期に準備をしておかなければ、能登は『何もない場所』になってしまうかもしれない。  能登に、もう一度人が集まる未来が訪れるためにも、今から未来に向けて準備しておく必要があります」 このように思い、行動する人がいる能登は、きっと震災が発生する前よりずっと素敵な場所になると心から思いました。

青木真子(あおき・まこ、ライター)

 大阪府大阪市在住。  記事執筆にとどまらず、企画立案・取材・ディレクション・進行管理など、コンテンツ制作に関わる幅広い業務に携わってきました。  今回、能登への訪問経験はなかったものの、震災後の報道や現地の声に触れるなかで「何かしらのかたちで力になれたら」という強い思いを抱くようになり、参加させていただきました。

注目の記事