
料理でつなぐ能登──“酒肴まつうら”一皿に込めた能登の誇りと心の記録
酒肴まつうら
更新日:2025年8月19日
珠洲の海とともに歩んだ料理人の道
こんにちは。“酒肴まつうら”店主の松浦秀明(まつうら・ひであき)です。
この店を始めたのは1998年。金沢の割烹料理店で7年ほど修行を積んだのち、地元・珠洲に戻って実家の魚屋を継いだことがきっかけでした。
珠洲の豊かな海の恵みを活かした料理を、肩肘張らずに楽しんでもらえる場所をつくりたい──そんな思いから酒肴まつうらを開業しました。
最初は畳の座敷にお膳を並べる昔ながらのスタイルでしたが、年齢を重ねたお客様が膝や腰に負担を感じるようになり、テーブル席に切り替えました。
時代に合わせてランチ営業やテイクアウトの折詰御膳を販売したり、少しずつ店のかたちを変えながらも、「地元を大切にしたい」という気持ちは変わっていません。

地物の盛り合わせ、キジンバチメ(イズカサゴ)の姿盛り。手前から、甘海老、ヒラメ、大鯵、ガンド(ブリの幼魚、ハマチとも)、メジ(小型の鮪)、真鯖
料理の主役は、やはり地元の魚たちなんですよ。季節ごとに表情を変える珠洲の海の恵みは、いつも新しい発見をくれるんです。
そして、私のもう一つのこだわりが魚や料理に合わせる日本酒です。家内と一緒に全国各地の「地酒」を飲み比べては、地元能登の食材や郷土料理との相性を確かめています。「脂の乗った魚にはこの純米酒が合うな」「焼き物にはちょっと辛口のこの酒が引き締まってええ感じや」──家内とそんなやり取りをしながら、食と酒の響き合いを探る時間が、料理人としての何よりの楽しみなんです。

蛸島町櫻田酒造 大慶 純米大吟醸

災禍を免れた全国の地酒(撮影:2024年2月)
2016年には「富山・石川版ミシュランガイド」にも掲載されました。
派手な看板があるわけでも、大都市のような広い店構えがあるわけでもありません。でも、地元の食材に真摯に向き合い、丁寧に料理を積み重ねてきたことを認めていただけたのは、本当にうれしく、励みになりました。
震災がもたらした試練と、つながりの力
2024年1月1日──能登半島地震が発生しました。
正月だったので、多めに仕込んでいた食材はすべてダメになり、店の床は隆起し、壁は剥がれ、冷蔵庫などの機器はかろうじて無事だったものの、店内の惨状を目の前にして、言葉が出ませんでした。
「ああ、もう店はだめかもしれん……」
そんな思いがよぎった瞬間もありました。頭の中には不安しかなくて、どうやって立ち直ればいいのかもわからなかったんです。

震災直後の店舗前道路(撮影:2024年1月)
けれど、地域の方々から「まつうらでまた飲みたい」「顔が見たい」「あそこが開いているだけで安心する」といった温かい言葉をいただきました。
その言葉に支えられて、応急措置だけで営業を再開しました。2階の座敷も開放し、支援活動で来られた方々の送迎会や打ち上げなどにも利用していただきました。
少しでも誰かの「安心」につながるなら、それで十分だと思ったんです。

被害の跡がわからないほどきれいに改修された酒肴まつうらの二階座敷(撮影:2024年7月)
それからの日々は、まさに人とのつながりを感じる時間でした。
震災からの復旧・復興のために、多くの方々が能登に来てくださるようになりました。震災以前からご縁のあった役所関係のお客様に加え、震災後は全国各地の県や自治体の職員の方々も足を運んでくださっています。なかには、熊本市や神戸市など、過去の震災で被災した自治体から派遣されてきた方々もいらっしゃいました。
「今度は能登を助けに来ました」と笑顔で話してくれるその姿に、胸が熱くなりました。
自分たちも災害の辛さを経験しているからこそ、今度は誰かのために──そんな想いが、この国には脈々と受け継がれているんだと、心から感じたんです。
復旧・復興作業の合間に、少しでも心休まるひとときを過ごしてもらえるよう、心を込めて料理を出しました。
何気ない会話や、ふとこぼれる笑顔のなかに、「食」の力を改めて感じた時間でした。
料理人として、能登をつなぐ覚悟
奥能登・珠洲市は震災以前から過疎化が進んでいました。
若い世代は都市へ出て、空き家が増え、地域の商売も次第に減っていく。
そんな状況のうえに、あの震災が重なってしまったんです。
「このままでは、能登が能登でなくなってしまう」
そんな危機感を抱くようになりました。
だからこそ、一つのお店だけが頑張っていても意味がないと思うんです。
魚屋さんも、酒屋さんも、大工さんも、電気屋さんも──みんなが自分の役割を果たして、それぞれが横につながることで、町に活気が生まれる。
その連携こそが、これからの能登を支えていくと、信じています。
私自身も、その一端を担っていきたい。
包丁を握れなくなるまで、自分ができることを、精一杯やっていこうと決めています。
料理には、人と人をつなぐ力があります。
地元の魚と地酒、それに私の思いを乗せた料理が、誰かの心に届いて、その人の会話のきっかけになったり、笑顔につながったりする。
そんな場を、これからも守り続けたいと思っています。
今、能登は大きな試練のなかにあります。けれど、だからこそこの地に足を運んでほしい。そして、私たちの店に来て、能登の味と人の温かさに触れてほしい。
料理を囲みながら、誰かとつながる時間を過ごしてもらえたら、それが何よりの喜びです。

酒肴 まつうら(現在は予約営業のみとさせていただいております)
料理人としての責任、そして能登に生きる者としての誇り。
それを胸に、今日も包丁を握りながら、一皿ずつ丁寧に作っています。
「酒肴まつうら」が、誰かの一日を、少しでも優しく彩る場所になれるように──そんな思いを込めて、これからも珠洲の海とともに生きていきます。
事業者プロフィール
取材後記
震災後初めて訪れた珠洲の町、変わらず美しい海ではありましたが、夏休みシーズンにもかかわらず海岸に人影はまばらで、崩れた見附島や傾いたままの電信柱が胸に迫る光景でした。少しショックを受けながらの取材でしたが、松浦さんの地元を思うまっすぐな言葉に触れ、私自身も「何か力になれたら」と強く感じました。インタビュー後にいただいたお弁当も、温かい気持ちが込められた味で、とても美味しかったです。
田村 亘(たむら・わたる)
都内の金融機関向けITエンジニアとして勤務するかたわら、マラソンやトライアスロンに情熱を注ぐ。完走を目的に全国各地のレースへ参加し、旅先ではご当地グルメを楽しむのがライフワーク。なかでも、珠洲トライアスロン大会で泳いだ透明度の高い海は、今も心に残る特別な体験。 令和6年能登半島地震からの復旧・復興のために、「少しでも力になりたい」という思いから、ライターとして能登を訪問。現地の人々の声や風景、復興への歩みを丁寧に綴り、情報発信を通じて支援の輪を広げることを目指している。