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能登と子どもたちの未来のために“能登高校魅力化プロジェクト”

能登高校魅力化プロジェクト

更新日:2025年5月22日

能登高校の魅力を高めて生徒の未来を後押し

 能登高校は石川県立の高校ですが、2016年から能登町と能登高校が協働して「能登高校魅力化プロジェクト」を開始しました。  高等学校の魅力化プロジェクトというのは、島根県隠岐島の海士(あま)町にある島根県立隠岐島前(おきどうぜん)高校が始めた取り組みが県内に広がり、さらに県外の高校も採り入れ始めたものです。人口減少にさらされる小規模校の隠岐島前高校が、地域や行政といっしょになって学校の魅力を高めて生徒の自己実現を後押しし、地元の子だけでなく、他地域の子どもや保護者にも選ばれて“留学”してくるまでになった事例に倣ったのです。  私、木村 聡(きむら・さとし)は東京から東京から能登町に移住してきて、2018年度からこのプロジェクトに参画しました。  能登町・能登高校が高校魅力化に取り組み始めて、今年度で10年目。昨年は震災もありましたが、修正を重ねて進化しています。さらに生徒一人一人が目指すものを実現させる後押しができるようなものにしていくことが、現在の目標です。  具体的には、次のようなことを実施しています。

能登高校魅力化プロジェクトは2016年から進化を続けている

選ばれる能登高校実現のための事業

 生徒が通いたい、保護者が通わせたい高校となるために、主に次の3つのことを実施しています。  その成果として、生徒たちがイキイキと高校生活を送り、町や地域に興味関心を持ち、希望する進路に進んでいってくれることが願いです。 1. 公設の塾「まちなか鳳雛塾」  高校の魅力として求められていることの第一に、「学力の定着、向上」があります。学校での授業で学んだことをさらに補ったり疑問を解決したりする場として能登町では2014年に、公設の放課後自習室「鳳雛塾(ほうすうじゅく)」を設置しました。高校の会議室でスタートしたのですが、学校は19時には閉門しなければならないので夜遅くまで勉強することができません。そのため、2016年8月には高校がある能登町宇出津(うしつ)に拠点を置いて「まちなか鳳雛塾」としました。その後2023年には場所を移転し、町役場にも近い現在の場所になりました。  まちなか鳳雛塾は高校生が下校し始める16時から22時まで開いていて、生徒たちは三々五々やってきます。部屋は3つあり、入口に近い部屋は勉強してもいいし、食べても話してもゲームをやっていてもいい、高校生のサードプレイスです。ほかの2つは落ち着いて学習するための部屋で、いちばん奥の部屋は私語厳禁、より集中して勉強したい子が利用します。  高校生の学習を支える塾スタッフは現在4人いて、2人は東京と兵庫の大学生が1年間休学してここで活動してくれています。勉強は、疑問のあるところを質問して答える形で、個別に対応することが多いです。他にも進路や悩みを相談してくる生徒もいます。勉強はもちろんですが、ファストフード店やファミレスなどがないこの町で高校生の放課後の居場所にもなればと考えています。  生徒一人一人が自分の将来を考え、そのために今何をやればいいか、いっしょに考えながらそのための準備を手伝い、背中を押してあげたいという思いを、スタッフみんなが共有しています。

玄関から入ってすぐの部屋は、高校生のサードプレイスになっている

2. 「能登高留学」の生徒を受け入れ  能登高校魅力化プロジェクトの柱の一つが、能登高留学です。  能登高留学には2つのスタイルがあります。一つは、1年生から入学して3年間過ごす「地域みらい留学」。もう一つは、高校2年の1年間だけ能登高校で学んで、3年生になったら元の学校に戻って卒業する「地域高2留学」です。どちらも県外から留学が可能です。寮があるので、遠くから親元を離れての留学でも安心です。  3年間の留学の募集対象となっているのは、地域産業科(農業・水産・ビジネス)で能登の里山里海の産業を学びたい人、または部活動でソフトテニスに打ち込みたい人。2年生1年間の留学では普通科と地域産業科のどちらも選べます。  能登には、世界農業遺産に登録されたほど豊かな里山里海があります。そのような自然の上に、産業やお祭などの文化・伝統が育まれています。そのフィールドで、勉学だけでなくほかの生徒たちと生活を共にすることは、留学を終えたのちの人生にとっても貴重な体験になると思います。  能登高留学がよりよいものになるよう推進するのも、重要な仕事です。

能登の自然は、高校生たちをのびのびとさせる

3. 「総合的な探究の時間」をサポート  2022年から国の学習指導要領改訂によって高等学校に「総合的な探究の時間(総探)」という教科が導入されました。これは教科を超えて、生徒が自らテーマを設定し、正答の用意されていない課題に対して主体的に取り組んでいくことで、課題解決のプロセスを経験する学習です。能登高校では2019年度から先行実施され、すでに今年度で7年目を迎えています。  学校や教員にとってこれまでの教科指導とは異なるプロセスで、生徒の主体性を引き出せるような授業計画を立てるのにも時間がかかりますし、地域との連携が必要になることも多く、それでなくても忙しい教員だけでは困難なことも多くあります。  これに対して、日常的に学校とは異なる立場で生徒と触れ合ったり、地域の人たちに協力してもらったりする機会の多い私たちが、さまざまな形でお手伝いしています。  能登高校の総探の時間は、震災後に現実的に役に立ちました。  震災発生からまもなくの1月12日から能登高校の視聴覚教室で、3歳から高校生までが利用できる「みんなのこども部屋わくわくぷらざ」が始まりました。保育所や学校が再開できないなか、避難所では静かにすることを求められ、大人は復旧作業で忙しく、子どもたちの行き場がなくなってしまいました。  その状況を見て、アイデアを出したのが能登高校の生徒たちだったのです。震災前から生徒たちは、能登に限らず日本各地では災害が多く、被災した子どもたちがストレスを抱えやすいという問題があると知り、総探の活動で探究し、プランを立てていたのです。生徒たちも本当に実践する機会が来るとは思っていませんでしたが、こうして地域に貢献できた経験はたいへん勉強になったことでしょう。

「みんなのこども部屋わくわくぷらざ」では、子どもたちが高校生のお兄さん、お姉さんたちと楽しい時間を過ごした

震災前、2023年の総探で、「子ども・保育・子育て」をテーマとしたグループが災害発生時に子どもたちのケアをする「こどもお助け隊」を企画していた

スタッフがマークをつける意義についても、きちんと定義されていた

 能登高校魅力化プロジェクトでは高校の授業や総探とは別に、「地域学」という高校生有志が参加する講座も開いてきました。これは住民もいっしょにワークショップをするなど地域に開かれているのですが、この企画から催行までをコーディネートするような役割もあります。

「地域学」は、社会の中での自分たちを認識できる機会

新しい視点でプロジェクトに参画してくれる人材求む

 能登高校魅力化プロジェクトを進めていくために、いっしょに仕事をしてくれる人を随時募集しています。担ってほしい役割は、この2つです。

1. まちなか鳳雛塾で学業をサポートしてくれる人

 訪れる生徒たちに寄り添って、わからないところを教えてあげる、話を聞く、進路相談に応じる、勉強へのモチベーションを上げる、といった日々の活動のサポートをします。

2. 能登高留学、総合的な探究の時間、地域学の講座などを企画、実施する人

 これらは、能登高校、能登町役場、地域の人たちなど多くの人が関わって進めているので、関係各所と調整しながら事業を推進する力が求められます。  業務を大きく2つに分けていますが、実際にはどちらにも関わることになるかと思います。生徒一人一人がどういう大人になっていくのかを考え、どこを伸ばしたらいいのか、どんな進路がいいのか、そのためには今日こんな指導をしよう、と考えるのは、責任重大ですが、たいへんやりがいのある仕事です。

高校生にとって塾のスタッフは、勉強だけでなく頼れる相談相手

創造力のある人には実現のチャンスが

 どんなキャラクターの方が向いているかというと、自分で考え、まわりの人たちといっしょに新しいものを創り出していきたい人、またそれをおもしろく思える人だと思います。能登高校魅力化プロジェクトは能登町役場が少なからぬ予算を配分し、積極的に進めている政策です。これまでに実績もあって一定の信頼を得ているので、おそらく想像されるよりも仕事の自由度が高いです。  ・能登高校の定員80人まで生徒を増やすにはどうするか?  ・能登町内から能登高校への進学率を高める方法は?  ・留学生に将来能登町で暮らしたいと思ってもらうには? といった課題に、新しい視点で問題解決にチャレンジしていきたいというような方なら、充実した仕事ができる機会がここにはあります。  反対にこのプロジェクトに向かないのは、学校教育に否定的な人です。いろいろな考え方がありますが、これは能登高校を高めていくプロジェクトです。私たちは教職員ではありませんが、高校教育を外からサポートしていく立場です。実際、先生方は生徒のことを心底考え、どうしてここまでできるかと思うほど一所懸命です。そのような先生方を心から応援したい人を待っています。  高校魅力化スタッフの雇用形態は能登町の地域おこし協力隊です。任期は最長3年です。そして任期満了後も能登町役場から引き続き業務を依頼されるケースもあります。  現役の大学生は何年も休学するわけにいきませんが、今いる大学生はとても優秀で生徒からの信頼も厚いので、今後も学生が能登でしかできない貴重な経験を得るために休学などの形をとって来てもらいたいと考えています。

発信活動のできる人も

 生徒や学校と直接関わる仕事の一方で、このプロジェクトをもっと発信し、もっと必要とする人、興味をもつ人に届くようにしていかなければならないと思っています。しかしどうしても目の前の仕事が優先になってしまって、現在のスタッフだけでは手が回らない状況です。  ・能登高校Webサイトの中の「探究の窓」  ・能登高校魅力化プロジェクトWebサイトの「お知らせ」  ・同じくFacebook  ・同じくInstagram の更新と、届けたい人に届くような運営をしていきたいです。  この仕事に関しては遠隔地からプロボノとして担っていただく方法もあるかと思いますが、発信内容を現場スタッフから詳しく伝えるのではタスクが減らないので、能登町の現地で活動を共にしながら発信してもらえるのが望ましいですね。ここは研究課題です。  これまでスタッフの募集は、高校教育に関心がある、その分野に挑戦したい人を主な対象にしていましたが、それだけではなく、能登の復興に教育分野で力を尽くしたいという気持ちのある人にもアプローチしていくと、もっと幅広い人材に巡り会えるかと期待しています。

高校生たちの未来に関わる仕事

“能登高校魅力化プロジェクト” について

 石川県立能登高等学校は、2009年に能都北辰高等学校と能登青翔高等学校を統合して開校しました。文系・理系の2コースがある普通科と、地域産業科が設置されています。地域産業科はさらに、生物資源コースの農業選択と水産選択、ビジネスコースに分かれています。  この統合で、能登町には高校が1校だけになったのですが、それでも生徒が減ってきていることに危機感をもって始めたのが、能登高校魅力化プロジェクトだったのです。  高校生が他の地域に通うことになると、生徒本人の通学の負担もありますが、保護者も交通費や、さらに遠くなると下宿代などの経済的な負担が大きくなります。そうなると、高校生だけではなく、家族みんなで引っ越してしまうということも起きていて、生徒数が減るどころか、町の人口まで減少する要因の一つになってしまうのです。  能登高校が地元の生徒や保護者から選ばれることで、若い世代の住民が定着するうえに、留学制度も採り入れたことで、町外からも高校生が入学することが増えてきました。2025年度、寮生は54人います。震災後に設置された仮設寮は2025年度を迎えるにあたって増設されています。  能登高校魅力化プロジェクトによってどれだけの成果があったかというのは、なかなか数値化できるものではありません。教育の成果を可視化するのは難しいことです。しかし、地域医療の厳しい状況を見て、将来能登で医療に従事しようと医学部に進学した人や、教職を志して教育学部に進み、能登で教職に就いた人なども現れています。それがこのプロジェクトの成果と言えるものなのかはわかりませんが、長い目で見て、卒業生が地元を忘れずにさまざまな形で地域に役だってくれるようになるとうれしいですね。  そのような未来を描きながら、このプロジェクトを進めています。

里山里海の自然に恵まれた立地を、教育にも生かしている能登高校

事業者プロフィール

能登高校魅力化プロジェクト

代表者 :木村 聡(地域・教育魅力化コーディネーター) 所在地 :能登町宇出津

取材後記

 木村 聡さんのお話を聞きに行ったのは、まちなか鳳雛塾。能登町の中心街である宇出津にあります。7月初めに行われる「あばれ祭り」は、高さ7mもあるキリコが各町内から40基も出て勇壮に練り歩き、大松明の火が夜空に燃え、2日目には御神輿が海や川に入ったり火に投げ込まれたり……。まさに大暴れするお祭りです。20年ぐらい前に見せていただいたのですが、この日には進学や就職で遠くに住む人たちも帰ってきて、懐かしい顔に再会しながらお祭りに熱狂するのだと聞きました。  今回、能登高校魅力化プロジェクトが高校の中だけではなく、町ぐるみで進められていると聞いて、あばれ祭りのようなお祭りが続いている地域だからこそ、今の我がことよりも町の未来のために動けるのだろうと納得しました。  現在能登高校魅力化プロジェクトをコーディネーターとして中心的に担っている木村 聡さんですが、意外にも、教職の経験はないそうです。前職がベネッセコーポレーションとのことですが、事業部と研究所の配属だったため、直接児童・生徒と触れあう立場ではありませんでした。  しかし今、学校や町役場と密接に連絡を取り合ってプロジェクトを進めるに当たって、教師とは別の視点や経験を背景に考えていけるのは、広範な可能性をもった生徒たちにとってとてもプラスに作用しているのではないかと想像しました。  木村さんは、「学校の先生はすごいです。これほど生徒のことを考えて動けるのかと、リスペクトしています」「まちなか鳳雛塾で講師をしてくれているスタッフは、勉強の指導もですが、生徒の相談にも一人一人のことをよく見て考えて寄り添っています」と、共に活動している仲間を信頼しています。  高校生が楽しく充実した学生生活を送って巣立っていき、これからの能登町、能登半島を明るくしていく未来に期待しています。  さらに木村さんは、高校生だけではなく、小学校高学年から高校生までの10代全般の居場所づくりにも意欲を燃やしています。  というのは、能登町には子どもたちが遊べる公園もあまりないし、学童保育を終えた年代が行ける児童館のようなものもない。都会のように、友だちと時間を過ごせるファストフード店やゲームセンターもないのだそうです。  震災ののち、子どものいる世帯が能登からかなり流出してしまったといい、それも無理からぬところがあるかもしれませんが、だからこそ今いる子どもたちが楽しく子どもらしく過ごし、大きく羽ばたいて未来の能登を築いていってほしいと思います。

毎夕、まちなか鳳雛塾に高校生たちが集まってくる

取材者

柳澤美樹子(やなぎわさ・みきこ、旅行作家)

「旅・食・人」をテーマとした著述編集のため、日本中をまわっている。1996年にJTBから発行された『ひとり歩きの金沢能登北陸』を書くにあたって濃厚に能登を取材したことから、能登とのご縁を深め、能登半島地震発災以来、観光分野で能登を応援したいと活動している。 日本旅行記者クラブ個人会員・日本旅行作家協会会員

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