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能登の暮らしを支えた野鍛冶が、全国へ、世界へ。“ふくべ鍛冶”

株式会社ふくべ鍛冶

更新日:2025年5月28日

包丁研ぎ宅配サービス「ポチスパ」からの発展

 ふくべ鍛冶は、能登で120年近く野鍛冶を続けています。野鍛冶は、生業や暮らしの中で使うさまざまな道具を、作業に合ったもの、その人に合ったものと、必要に応じて作ってきました。またその道具がすり減ったり壊れたりしても、使い続けられるようにするのも、野鍛冶の仕事です。  金属製品なので重いこともあり、使う人のところまで行って販売や修理をする、行商の伝統もあります。地域の人たちの「困った」を「良かった」に変えるのが、ふくべ鍛冶の原点なのです。  これを四代目の私、干場健太朗(ほしば・けんたろう)が現在のインターネットや配送システムなどの上に置き換えたことのひとつが、「ポチスパ」です。  包丁研ぎを手軽に依頼でき、作業する当社も効率よく間違いなく進められるよう、これまでの経験をベースに構築したものです。  またこれが軌道に乗ったことで、海外でもこのシステムで包丁研ぎができるようにしたり、さらに包丁研ぎ以外のものにも応用し始めています。

「ポチスパ」は、1本用から5本用まであり、サブスクの「ポチスパ定期便」も始めている。包丁を入れてポストに投函すれば切れ味よくなって返ってくるという手軽さ

「ポチスパ」「DAIJINI」を広げる!

効率的に包丁研ぎが注文できる「ポチスパ」

 以前から遠隔地から包丁を研いでほしいという依頼はありましたが、  ・ご自身で危なくないよう梱包して発送  ・届いた現物を見て見積もりをし、ご納得いただく  ・研ぎの作業  ・返送して代金を回収 という一連の作業を個別にやっていました。  それを、専用の箱を作り、すべて二次元コードで管理し、料金を定額にしたのが「ポチスパ」です。

ポチスパのシステム

 利用者が買い物をするようにインターネットで申し込むと、こちらから専用BOXを郵送します。それに包丁を入れて、ポストに投函するだけ。1週間以内に、切れ味を取り戻した包丁が戻ってくるというシステムです。包丁の状態は不問で、錆びていても刃が欠けていても定額です。もちろん、当社の包丁だけでなく国内外どこの包丁も受け入れます。 「ポチスパ」を始めたのは2018年10月ですが、利用者は毎年20~30%ずつ増えていて、今では全国から1年に2万本以上の包丁が送られてきます。これだけの量を間違いなくお返しするために、二次元コードで管理するだけでなく、作業場の動線を整えたり、工程を見直したりという内部の整備、改善を続けています。

仕上砥で研ぎ上げる作業。一本一本確かめながらの最終工程だ

「ポチスパ」を海外へ、他業種へ

 2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたこともあって、日本料理の店が世界中に増え、包丁を使う人が増えています。また包丁を買って帰る海外からの観光客数も右肩上がりです。海外に出ているものは、良質な包丁が多いのですが、適切な手入れができていないために、いい状態で長く使えないという問題が起きています。  それで、「ポチスパ」のシステムを海外でも応用できないかと考え、包丁の輸出実績が飛び抜けて多いアメリカで2025年中には展開します。現地の刃物店と提携して、システムを提供する形です。  欧米では、新しい製品の販売に修理が義務づけられたり大量廃棄を禁止したりという法整備もされ始め、「ものを直す」という方向性になっています。今後はアメリカだけではなく、各国への展開も視野に入れています。

ポチスパがいよいよ海外展開へ!

「ポチスパ」は包丁研ぎで確立したシステムですが、これを他の伝統工芸やものづくりにも応用できると考えました。既に輪島塗、まな板、美容師のはさみでも、動き始めています。  これは、新しい「DAIJINI」というブランドで、プレローンチに至っています。 あらゆる道具と、それぞれの専門の職人を繋ぐプラットフォーム「DAIJINI」 https://daijini.com/

私の右腕、技術伝承できる人はいませんか

 今、自分自身のタスクをリストアップして見直しています。そうすると、リソースが足りないことが一目瞭然です。  そのため、次のような人材を探しています。

会社のエンジンになってくれる人

 まず、私といっしょになって、執行役員のような立場で事業を回してくれる人です。  ・海外事業  ・「DAIJINI」のシステムを説明して営業  ・データ分析して現場へ落とし込み といった、さまざまな新しいことにチャレンジするのがおもしろい、と思える人なら楽しい仕事だし、可能性は広がっています。  マルチタスクをこなしてきた経験のある人、人を動かしてきたような人が向いているかなと思います。  既に、複業人材として10人ほどに仕事をしてもらっています。ただそれは、メールマガジンの執筆、カスタマーサービス、システム管理……、など部分的な仕事を割り振っている状態ですので、その人たちを束ねるような役割も担ってほしいです。  私とツーツーの関係で進めていきたいので、しばしば能登には来てもらわなければなりませんが、拠点が能登以外にある人でも仕事の進め方は工夫の余地があります。

伝統技術を伝えるツールを開発できる人

 野鍛冶の仕事は、海のもの、山のもの、あらゆる道具を必要に応じて作る仕事です。三代目の父は今78歳ですが、包丁はもちろん、農具や漁具など使い勝手のいいように作り上げられる技術をもっています。若い職人もがんばってくれていますが、恐らく彼らはまだ父の半分ほどしか作れないと思います。もし父が病気にでもなれば、ふくべ鍛冶のできることが半分になってしまいます。  父が獲得してきた技は、まさに“身についた”もので、父自身も感覚でしか捉えられず、説明のしようがありません。

三代目・干場勝治さんの高い技術を将来に継承しなければならない

 昔だったら、「見て覚えろ」と何年もかかってやっとできるような教え方をしていたのでしょうが、この時代にはそうは言っていられません。最終的には自分の身体で習得するのですが、それを助けるために、マニュアルを作る、動画を撮影するなどして、ポイントを可視化、明文化することを始めています。  父の技術を吐き出して残す。このことが、ふくべ鍛冶の歴史をつないでいくのにとても重要なのです。  単なる「工程」ではなく、加減とか暗黙知とか、ごく感覚的なところを、ことばや数字として表現し、またその動きをデジタルで残し、新たに覚えたいという人が使えるようなコンテンツにしたいです。さらに、全体をフォーマットにしたり、教育課程のスキルマップを作ったりもしたいと考えています。そのようなことができる人に、ぜひ加わってほしいです。  これまでに、研ぎの作業のものはだいぶできていて、作業工程の改善に役立っています。それを、鍛冶の作業、製作にも広げたいのです。  製造現場で工程の見直しなど「カイゼン」の仕事をしてきた人、動画やマニュアルの編集・制作ができる人、なにより、ものづくりが好きな人に来てほしいです。  大きな組織では一部にしか関われないことが多いと思いますが、ここなら全体を見て総合的な判断をしながら仕事ができるおもしろさがあります。ふくべ鍛冶は能登で唯一の野鍛冶ですが、製作もし、研ぎや修理もし、そのシステムまで構築しているのは世界でここだけです。能登から、充分に世界に出ていけるチャンスがあるのです。  私自身、世の中にないものをつくろうと思ってやっていますので、同じ思いでチャレンジしてくれることを望んでいます。

老若男女、大ベテランから新人まで、それぞれの力を合わせて能登から世界へ

“ふくべ鍛冶”について

行商に始まる代々の積み重ね

 ふくべ鍛冶は、輪島で鍛冶の修行をした初代が、馬車に商品と道具を積んで、研ぎや直しもして歩いたのが始まりです。それが1908(明治41)年のことです。

行商の伝統は、今も形を変えて続けている

 二代目が宇出津(うしつ)に店舗を構え、倉庫や工場も整備しました。戦前から高度経済成長期のことです。  三代目の父の時代には、「孫光」という包丁のブランドを立ち上げました。孫の代まで光って使える、という意味を込めています。鍛冶職人として高い技術をもつ父は、いい商品を作ることに力を入れました。

三代目が立ち上げたブランド「孫光」

 四代目の私は町役場の職員だったのですが、母が他界したのをきっかけに父が店を閉めようとしていたのを見て、家業を継ごうと決めました。

お店は、能登町の中心街・宇出津にある

農機具も漁具も、さまざまな種類があり、用途によって使いやすいように作られている

人気商品の開発や販売ルートの拡大

 父までは職人気質な商売をしていましたが、別の仕事をしてきた自分は、違う感覚を入れたい、と考えました。それまでは、お客さんがほしいものを作り、直してあげていましたが、逆にこちらから需要を喚起するような商品やサービスを提供していく、ということです。  能登町は国内有数のイカ漁の町です。漁師がイカをさばくのに使う、「イカ割き包丁」という小ぶりの出刃包丁があります。家庭で小さな魚をさばくだけではなく、釣りやアウトドアでも使い勝手がいいと案内したところ、今は納品を待ってもらっているほどの人気商品です。

包丁は、最初は鉄の塊のようなものから次第に形づくられる

 また、漁師が船上で腰に差してサッと取り出し、網やロープを切ったり、イカや魚を割いたりできる「マキリ包丁」という万能包丁があるのですが、それをアウトドア用に改良した「TAFU」という商品も開発しました。薪割りや火起こしのフェザースティックを削る作業、ロープの切断、調理など、なんにでも使えます。

アウトドアの相棒になる「TAFU」。あらゆるシーンに活躍してくれるギアだ

 今のお客さまのライフスタイルに合った製品を生み出せるのも、これまでの野鍛冶の伝統があるからこそです。  商品は店舗や自社のECサイトで販売するだけではなく、卸しも、また海外にも、販売ルートを広げています。

包丁研ぎの需要に着目

 包丁研ぎは昔、鍛冶屋だけではなく金物屋や、スーパーなどに不定期で回ってくる研ぎ屋など、身近に頼む機会がありました。それが今ではなくなり、プロはともかく家庭では自分で研ぐ人も少なくなりました。その代わりに包丁を当てて引くだけのシャープナーが普及しているのですが、片刃包丁には本来対応していないし、切れ味を取り戻すのにも限界があります。  プロがきちんと研いだ包丁の刃には、ごく細かいギザギザがついていて、そのギザギザが食材に食い込んで鮮やかに切れるのです。  手入れが悪いと、本来長く使えるはずの包丁も切れなくなって、捨てられてしまいます。それはもったいないし、SDGsの観点からもよくないことです。そこから発想してサービスを開始したのが「ポチスパ」でした。  2020年には私が四代目に就任し、技術をもった父と私がそれぞれ役割分担して、運営しています。 「ポチスパ」が順調に取扱件数を伸ばしていることから、海外の需要にも応えようとアメリカの刃物店とシステム提携し、2025年中にはサービスを開始します。今後、環境問題に積極的なEUなどにも広げていく構想です。

ポチスパでは写真でも管理している。こんなにきれいになって返ってきたら、感動もの

リペアのシステムへ

 2024年からは、他の工芸品などの修理にもシステムを応用して、「リペアクラウド」という事業に展開しています。漆器、陶芸、衣類、仏具、美容はさみなどと協業して、消費者も生産者もよりかんたんで確実に「直し」ができるようにしていきたいと考えています。  当初、研いだり修理したりして物を長く使うようになると、製品が売れなくなるのではないかという心配もありました。しかし実際動いてみると、その反対でした。お客さまとの新しい接点ができることで、他の商品も売れるようになったのです。  職人の技術で生み出される工芸品は、元々使い捨てるものではなかったのです。ただ、いいものを作ってメンテナンスしながら長く使うには、新たな職人が次々と育たなければなりません。  技術を身につけて職人になるのは下積みが長いイメージでハードルが高く、現代の人にはあまり選択されませんでした。そのハードルを下げるために、技術を学ぶツールで手助けするよう、マニュアルや動画を開発中です。特に包丁研ぎに関しては、ふくべ鍛冶が日本でトップクラスに多種類の包丁を研いでいますから、その教育システムを作るのは義務だと考えています。その結果、研ぎの文化を世界に広げたいのです。  私が死ぬまでに成し遂げたいことに、研ぎの技術を標準化するということがあります。そのことによって、使い捨てを減らし、SDGsにも貢献できると思っています。これを実現して、鍛冶屋の技術をこの先も200年、300年とつなげていきたいと考えています。

「能登から世界に出ていくことで、地域経済を活気づけたい」と話す干場健太朗さん

事業者プロフィール

株式会社ふくべ鍛冶

代表者:代表取締役 干場健太朗 所在地:能登町宇出津

取材後記

 私もお料理は好きなほうで、たまには自分で包丁研ぎもするのですが、出刃包丁など鉄の包丁は頻繁に使うものでもなく、取り出してみると錆びていることもしばしば。なので、東京駅八重洲口にある石川県のアンテナショップ「八重洲いしかわテラス」で「ポチスパ」を目にした時には、とても惹かれました。その時には、1年後にこうして開発者の干場さんからお話を聞けるとは思いもよりませんでした。  干場さんによると、「ポチスパ」を利用した人からお便りが来ることがあるのだといいます。思い入れのある包丁が蘇ってうれしかった、というものです。考えてみると包丁は、結婚した時に買ったとか、お母さんが使っていたものを受け継いだとか、なにより長年家族の食事を支えてきた大切な思い出そのものなのですね。  2004年に環境分野でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが来日した際「もったいない」という言葉に感銘を受けて、「MOTTAINAI」を世界の共通語にしようと提唱したといいます。それは、環境の3RのReduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)にもう一つ、Respect(尊敬の念)が込められた言葉だからです。  日本では古来、あらゆるものに神が宿ると考え、何気ないものにも心をもって接し、大切に扱ってきました。「ポチスパ」や「DAIJINI」というサービスは、そのような精神が、ふくべ鍛冶に技術と共に伝えられてきたからこそ生まれたサービスなのです。  大量生産、大量消費にひた走ってきた戦後80年。いいものを長く使うとか、そのためのメンテナンスとか、埋もれかけていたことが今、合理的な仕組みに乗って広がっていく兆しに、立ち会わせてもらえたような気がしました。  干場さんからは、「包丁をしまう時に、食用油を薄く塗っておくと錆びないですよ」とのアドバイス。プロの手のメンテナンスだけに頼らず、日ごろの手入れも大切ですね。

これはサザエの身を取る道具。絶妙の角度と曲がりで、サザエの大小があってもきれいに取れるそうです。ふくべ鍛冶には、かゆいところに手が届く商品がいっぱいです

取材者

柳澤美樹子(旅行作家)

「旅・食・人」をテーマとした著述編集のため、日本中をまわっている。1996年にJTBから発行された『ひとり歩きの金沢能登北陸』を書くにあたって濃厚に能登を取材したことから、能登とのご縁を深め、能登半島地震発災以来、観光分野で能登を応援したいと活動している。 日本旅行記者クラブ個人会員・日本旅行作家協会会員

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