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能登の「黒瓦」を残したい──“瓦バンク”が発信する懐かしくて新しい能登の魅力

一般社団法人瓦バンク

更新日:2025年8月22日

能登のアイデンティティ、黒瓦は残すべき大切な文化

2025年6月26日 能登町 瓦バンク・代表の森山さん(左)と、ディレクター・吉澤さん(右)。手に持っているのは回収した能登瓦

【一般社団法人瓦バンク ディレクター 吉澤 潤(よしざわ・じゅん)】  震災発生後すぐ、多くの家が潰れてしまったのは「瓦が重かったせいでは?」という話が一部でありました。そのため、地元の人からも「瓦はもう嫌だ」という声も聞かれたんです。けれど、実際は家屋が倒壊したのは瓦の重さのせいではなく、耐震構造が原因だったという専門家の見解が出ています。必ずしも瓦が悪者だったわけではないんです。    また一方で、「黒瓦をがれきにせず、なんとか再利用できないか」「まだ使えるのにもったいない」という地元の人の声も聞こえてきました。だから、黒瓦の街並みが100%元通りになることはないけれど、能登のアイデンティティや文化として、黒瓦を残していきたいと思って活動しています。 【一般社団法人瓦バンク 代表 森山茂笑(もりやま・しげしょう)】  能登地域で一般的な黒く光沢のある「能登瓦」は、表裏両面に釉薬がかけられ高温で焼きしめられていて、大きさも一般に流通しているものよりひと回り大きいのが特徴です。海風による塩害にも、冬の凍るような寒さにも耐えられるよう作られたこの土地特有の瓦は、とても強度があり、建物が倒壊しても瓦は割れずに残ったケースも多くあります。ただ、石川県内に唯一残っていた瓦製造メーカーが2023年に廃業し、現在もう石川県内では能登瓦は生産されていません。私自身、県内唯一の鬼瓦(※)を専門に作る職人「鬼師(おにし)」として、なんとか能登の瓦文化を繋いでいきたいと思って、瓦バンクの代表に就きました。  地元の人たちにとっては能登の黒瓦は見慣れすぎた光景で、それがアイデンティティだとか原風景だとか、強く意識することはないと思うんです。だからこそ、能登にとって黒瓦は切っても切り離せない存在で、残すべき大切な文化だと再発見するきっかけになればと思っています。    同時に外部の方々には、私たちの活動を通して能登の黒瓦がある風景について知ってほしいですね。そして、能登に足を運ぶきっかけになればと考えて活動に取り組んでいます。 ※鬼瓦:屋根の棟の端に置く、装飾の施された大きな瓦

瓦の回収から、瓦を生かしたまちづくりと観光復興のフェーズへ

2024年2月 チャリティグッズ第1弾として発売した「能登瓦バッジ」。実際の瓦と同じ素材で作られている(画像提供:瓦バンク公式Instagram)

森山:瓦バンクの活動を始める以前から、「GAWARA(がわら)」という瓦をモチーフにしたプロダクトを制作・販売し、瓦文化を発信するプロジェクトを吉澤と2人で行なっていました。そこで温めていたアイデアの一つ、瓦をかたどったバッジをチャリティーアイテムとして商品化し、震災後に発売しました。最初は売り上げをどこか役立ててくれるところに寄付しようと思っていたのですが、能登瓦に関する活動をしているところが見つからず……。それなら自分たちでやろうと、瓦バンク立ち上げに至ったんです。 吉澤:2024年は、珠洲市を中心に1年かけて瓦の回収をしてきました。珠洲市だけでいえば2025年6月現在で公費解体も75%ぐらい進んでいて、秋ごろにはほぼすべて完了するスケジュールだと聞いています。瓦バンクの活動も、回収は終わりに近づきつつあります。これからは回収した瓦を活用したまちづくりと、より多くの人に能登に足を運んでもらうことを見据えた活動へとフェーズを移していかなければなりません。 森山:瓦の再利用の事例としては、私たちの活動を知って声をかけてくれた建築家・坂茂さん設立のNGO、ボランタリー・アーキテクツ・ネットワークと協働した取り組みがあります。坂さんが設計した珠洲市・見附島近くの仮設住宅エリアの集会所には、同市正院町の本住寺(ほんじゅうじ)から回収した瓦が使われています。本住寺は現在取り壊されて更地になっているのですが、そこに新設される仮本堂にも回収した瓦が利用される予定です。 吉澤:ほかにも、東日本大震災をきっかけに建築家・伊東豊雄さんを中心に設立されたNPO法人HOME-FOR-ALLによる「みんなの家」プロジェクトにも関わっています。奥能登で計6棟の「みんなの家」の建設を予定していて、第一号となる「狼煙のみんなの家」が2025年7月に完成したところです。そこの屋根にも、狼煙地区で解体される住宅から回収した瓦を再利用しました。「みんなの家」は、今後地域のイベントや伝統行事の会場など交流拠点として活用される予定です。

2024年12月14日 珠洲市・見附島近くの仮設住宅エリアに建てられた集会所(画像提供:瓦バンク公式Instagram)

 また瓦バンク独自の取り組みとしては、現在、観光を通じた復興支援を目指すモニターツアーの企画を練っているところです。先ほどお話した珠洲市・本住寺の仮本堂のように瓦を再利用した建物のほかにも、これまで瓦バンクの活動でご縁があった場所に瓦のアート作品などを設置しようと考えています。同時に、隆起した海岸など、地震によって作られた新たな能登の景色も巡るツアーにしたいと思っています。

2025年2月22日 ペイントや金継ぎを施した瓦のアート作品(画像提供:瓦バンク公式Instagram)

 ただ一般のお客さんを呼ぶのはまだ難しい部分もあると思います。ですから、今年はまず旅行業関係者や、数年後の修学旅行を見越して教育関係者を対象としたモニターツアーの実施を考えています。  新しい形で再生していく黒瓦の街並みと、地震が生み出した自然の風景、これらを新しい能登の魅力として発信していきたいです。

さまざまな形でのサポートをお待ちしています

サポート1.《活動支援寄付金》

瓦の回収、再利用の取り組みに関わる交通費や備品の購入、PR活動などに使わせていただきます。 【振込先】北國銀行 小松支店 (普)78022 カワラバンク

サポート 2.《買ってサポート》

GAWARA(@gawara_komatsu(https://www.instagram.com/gawara_komatsu))のチャリティアイテム「能登瓦バッジ」、「能登景色Tシャツ」の売上の一部が瓦バンクの活動資金になります。 ・個人でご購入の方:GAWARAのプロフィールのリンクよりオンラインストア(https://whole-100964.square.site/shop/gawara/14)にてご購入いただけます。 ・販売をご希望の方:瓦バンクのInstagramアカウント(https://www.instagram.com/kawarabank/)、またはGAWARAのアカウント(https://www.instagram.com/gawara_komatsu)へDMにてお問い合わせください。

サポート 3.《その他のサポート》

瓦の回収作業のボランティアやレスキューした瓦の利活用、各種メディア取材、イベントのご依頼など、さまざまな形でのサポートも大歓迎です。瓦バンクの活動に賛同していただける方、お気軽にお問い合わせください。

あなたのふるさとにとっての“黒瓦”は何かを考えるきっかけに

2025年7月26日珠洲市三崎町・よしが浦温泉 ランプの宿。 黒瓦の宿泊棟と、地震で隆起した海岸(画像提供:瓦バンク公式Instagram)

吉澤:今までお話した企画を進めていくためにも、まずはやっぱり瓦バンクのことを知ってもらいたいと思っています。特に、これまで私たちは「瓦を回収してリサイクルしている人たち」と認識されていたと思います。実際、去年は回収をメインにやってきましたが、これからは瓦のある風景や文化の再生、新しい能登の魅力づくりに注力していきたいです。だから、そういった取り組みにも目を向けてもらいたいですね。  また私たちだけでは瓦を回収したり再利用したりできる範囲にも限界があるので、珠洲市以外のエリアで同じような活動をしてくれる方も歓迎します。  私たちの活動を通じて、能登の黒瓦のある風景と、そこに能登の人たちの日常があったことを知ってほしい。そしてもし魅力を感じてもらえたなら、寄付やチャリティグッズの購入などで応援してもらえたらうれしいです。  もう一つ伝えたいのは、能登はもう物資などを支援してもらうフェーズからは脱してきています。震災前のように旅行先の一つとして能登を訪れ、楽しんでもらえたらなと思っています。 森山:正直なところ、私たちの活動は金銭的に見れば全然割に合わないんです。元々瓦は中古市場が存在しないので、回収してリサイクルするというビジネスは成立しません。黒瓦のある風景や文化を次の世代にも残したい、繋げていきたいという思いだけで活動しています。  チャリティーグッズのバッジの裏にも「Soul of NOTO」と押してあるように、黒瓦は能登の魂そのものだと私たちは考えています。 吉澤:能登はたまたま今回震災が起きて、黒瓦という今まで当たり前だった風景や文化が失われてしまうかもしれない危機に直面しました。だからこそ私たちも瓦バンクの活動をしています。     でも、どこの地方・地域にもそれぞれ残すべき大切な風景や文化はあると思うんですよ。毎日目にしていると、その大切なものがなくなりつつあることにもなかなか気づかないじゃないですか。そうやって見落とされている各地域ならではの良さはとても多いと思います。私たちの活動がそれを考えるきっかけにもなればいいですね。 森山:みなさんの住んでいる場所や、地元にも絶対あるんですよ。例えばじいちゃんやばあちゃんが当たり前にやっていたこと。見慣れた風景。あなたの「Soul of ◯◯」は何ですか。それを考えてみてほしいなと思います。

事業者プロフィール

一般社団法人瓦バンク

代表者:代表 森山茂雄 所在地:石川県小松市園町96番地1 1F

取材後記

 今回の取材から約1年前の2024年7月、震災から半年ほど経った時に私は初めて能登を訪れました。その時目にした、キラキラと日の光を反射する黒瓦の家々が海ギリギリの斜面に立ち並ぶ景色に、なんともいえない懐かしさを感じ、涙が出そうになったのを覚えています。筆者が生まれ育った地元の風景に似ていたせいもあるかもしれません。  最後にお二人が話してくださった、どの地域にも残していきたい文化や風景があるはず、というお話。私の出身地は山口県なのですが、森山さんに「Soul of 山口は何ですか?」と問われ、答えに詰まってしまいました。地元のさまざまなものやことが思い浮かびつつも、「これ!」という答えが見つかりませんでした。身近でよく知っている場所だからこそ、難しい。自分のふるさとと向き合う、大切な問いをもらった取材でした。

那須あさみ(なす・あさみ)

 山口県出身、長野県在住。フリーランスのライターとして、Webメディアを中心にインタビュー記事やコラムを執筆しています。 2024年、能登半島地震の取材で初めて能登を訪れたことをきっかけに、「何か自分にもできることはないだろうか」と思っていたところ、「シロシル能登」を知りました。一人でも多くの人が、能登のいまに関心を持ち続けること、知ろうとすること、その一助になれればと思っています。

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