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“珠洲ホースパーク”が引退競走馬に寄り添う場所になりたい

珠洲ホースパーク

更新日:2025年5月7日

引退競走馬が安心できる牧場を自然豊かな珠洲に作る

元JRAの調教師であり、馬のお世話や牧場の切り盛りを担当される、みんなの馬株式会社COO・角居勝彦(すみい・かつひこ)さん

ーーー角居さん  震災前から掲げていた目標は、引退競走馬にとって安心できる場所となること。多くのサラブレッドにとって、引退とは“死”を意味します。その後の道(地方競馬や乗馬用など)が用意されず、行き場をなくしたサラブレッドたちの受け皿になれればと思い、珠洲ホースパークをオープンさせました。  珠洲という地域は自然に囲まれています。珠洲ホースパークでは、柵の中にあった木をあえてそのまま残して、木陰を作ったり雨風をしのいだりしています。日本だと牧場の中に木々があることは珍しいのですが、ヨーロッパでは“いい木を育てている牧場がいい牧場”という言葉があるように、木と馬が一緒に生活しています。同じように木などの自然を残しながら実現できるのが珠洲だと思いました。  まだまだ当初の目標も道半ばというところでの、2024年1月1日の地震。堆肥舎は崩れ、道路はひび割れ……。サラブレッドは繊細なので亀裂が入った地面に戸惑っており、右往左往していました。  震災後は馬にとっても人にとっても生きることが精一杯でした。やっと復興の兆しが見えてきたところ、2024年9月の能登豪雨に見舞われたんです。ちょうどその頃は街全体がやっと復興に向かって走り出すという雰囲気になって、みんなの気持ちが盛り上がってきたタイミングでもありました。そんなところに豪雨が襲ってきたので、街全体の心がポキっと折れた感じ。  まずは復旧が目標です。復旧を進めながら震災前のプランである「引退競走馬が安心して過ごせる場所づくり」を目指していきたいと考えています。2024年9月から徐々にお客様の受け入れを再開していますが、万全とは言えない状態が続いています。2026年くらいまでは耐え抜く期間と考えていて、体制を整えています。

オフグリッドで全国のロールモデルになりたい

ーーー角居さん  引退した競走馬の余生は知られることが少ない。さらに、こうしてリトレーニングを受けて余生を過ごせている馬の数は限られています。スターホースを集めたら簡単に人を呼べるかもしれないけれど、それは「角居がいるからできること」と、言われたら意味がないんです。私たちの活動を知った行政や地域が、同じような場所を増やすために名乗り出るようになって欲しい。そのためにオフグリッド(自給自足で電力を賄うシステム)も含めて仕組みづくりに取り組んでいます。  今は、クラウドファンディングのリターンのお客さんなどを細々と受け入れている状態ですが、競走馬の引退後についてもっと広く知ってもらいたい。触れる機会をもってほしい。と、思っています。

クラウドファンディングやNPOの事業にも参加

牧場の経営者として角居さんたちと馬たちを支える、みんなの馬株式会社CEO・足袋抜 豪(たびぬき・ごう)さん

ーーー足袋抜さん  ここは市の建物ということもあり、震災前にはオフグリッドに関してまったく考えていませんでした。しかし、地震を経験したことで“基本的なインフラに依存することがリスクになる”と気づかされました。そこで、水やエネルギーに関して自立した仕組みを作りたいと考えるようになりました。  その一環として「能登みんなの家」プロジェクトにも参画。自分たちの取り組みに加えて、NPO法人の支援を受けながら段階的に整備して2年ぐらいかけてようやくスタートできる見込みです。将来的には、弊社のスタッフに料理人がいるのでレストランも開設したいと思っています。そのほかにもコワーキングスペース、子どもたちのための小上がり……など、いろんな人がそれぞれの過ごし方で楽しめる場所にしたいと考えています。取り組みは、フェーズだとまだ一段目といったところです。復旧と馬の住処を整備しながら、徐々に形を作っている最中ですね。  最近ではクラウドファンディングで資金を調達し、人や馬の飲料水を確保するための「逆浸透膜浄水装置」を導入しました。電力や燃料の調達方法にはこれから取り組んでいきます。これらが完成し、オフグリッドのモデルを牧場の中で作ることで、本来はのどかなイメージの牧場が緊急時には役立つ場所として認知されると考えています。最初はオフグリッドと外部のライフラインのハイブリッドでも良いと思っているので、少しずつ前に進みたいですね。(足袋抜)

今の能登の状況を多くの人に知ってもらいたい

地震で倒壊した堆肥舎

ーーー角居さん  震災直後はずっと報道されていたけれど、一年半も経つと能登の復旧・復興への関心が薄れていく。こういった現場は二年や三年でよくなることはないと思っています。今は以前のようにクローズアップされることがないので、関心ごととして知ってもらうことが必要だと思っています。クラウドファンディングを実施したのも、今の能登を知ってもらいたいからです。もちろん資金面で支援してもらえるのはありがたいのですが、クラウドファンディングを通じて、現状を伝えられたかなと思います。(角居)

“珠洲ホースパーク”について

みんなの馬株式会社 左:CEO・足袋抜 豪さん/右:COO・角居勝彦さん

 珠洲ホースパークを運営するみんなの馬株式会社CEO・足袋抜 豪さんは、珠洲市出身。石川県金沢市でスキューバダイビングのインストラクターとして勤めたのち、31歳のときに珠洲市にUターンしました。珠洲ホースパーク以外にも農業やコテージなど、活動の幅は多岐に渡ります。  珠洲ホースパークを切り盛りするのは、COOの角居勝彦さん。日本中央競馬会(JRA)の栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師で、引退後は出身地である輪島の家業を継ぐため、栗東と輪島の二拠点生活を開始。これまでの経歴を活かし、2020年ごろから珠洲ホースパークで引退競走馬のリトレーニングを含め、馬のケアや人材育成にも取り組んでいます。  珠洲ホースパークでは、引退競走馬が安心できる牧場を実現するために、現在も足袋抜さんと角居さんが奮闘しています。2025年5月現在、珠洲ホースパークで過ごしているのは引退したサラブレッドが5頭とポニーが1頭。  サラブレッドとのふれあいなどの体験ができる日本では珍しい牧場です。2025年5月現在は、受け入れを一部制限して営業しております。営業状況はWebサイトでご確認ください。

事業者プロフィール

珠洲ホースパーク

代表者:みんなの馬株式会社CEO 足袋抜 豪 所在地:石川県珠洲市蛸島町鉢ヶ崎36-3

取材後記

 海も山もほど近い牧場は珍しく、取材にうかがった際は穏やかな時間を過ごさせていただきました。私は競馬場に足を運んだことがなく、競走馬の汗や熱気、レース後の興奮した姿といったものはテレビでしか観たことがありませんでした。ここにいるサラブレッドたちは、みんな目がやさしくこの土地に来てこれまでと違った馬生を送れているのだと実感。そして、珠洲ホースパークのスタッフはみんな、馬のため・人のためにと、自分以外の誰かのために動いていました。実は私も広島市の豪雨土砂災害の被災者で、当時は自宅に帰ることができなかった一人。怖さや不安を一緒に乗り越えた珠洲ホースパークのスタッフと馬の強い絆が作る、これからの復興とその先の未来を楽しみにしたいと思います。

丸山希(まるやま・のぞみ)

広島県広島市在住。商業ライター。Webを中心に雑誌や書籍にも携わる。自身も広島豪雨災害の被災者であることから、風化させない取り組みにも積極的に参加している。

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