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樹上から見渡す能登の未来──「木こり」集団“GOEN”が新しい林業をつくる

空杣、樵屋、楽猿、MSKZ

更新日:2025年5月29日

森に生きる林業の魅力を発信し、林業就業者を増やしていきたい

 GOENは能登町を拠点に、樹上で「特殊伐採」を行う個人林業者のチームです。自分たちでは「フリーランスの木こり」と名乗っています。 「特殊伐採」は、街中にある枯れた大木を周囲に危険を及ぼすことなく伐採したり、自然災害で電線にかかってしまった倒木を処理したりするような特殊な伐採方法です。高度なロープワークで木に登り、作業は樹上で行います。  自然と向き合い、仲間と協力し合って楽しく働いていますが、周囲に目を向けると、2024年1月1日の能登半島地震以降、能登の過疎化が進んでいる実感があります。  そこで、自然豊かな森林で働く林業の魅力を発信し、能登の林業の就労者を増やしていきたい。一度能登を離れた人や新たに移住してくる人の受け皿になりたい。そんな目標を持つようになりました。  また、GOENは「あばれ祭り」にも携わっています。森や木と密接に関わる能登のシンボル「あばれ祭り」を継続的に行える体制を構築したいと思っています。森林を知る林業者として、役割を果たしていきたいと思います。

積極的な情報発信と信頼される実績の積み上げを一体で取り組む

 能登の林業就労者を増やすという目標に向けて、GOENでは「積極的な情報発信」と「実績の積み上げ」、そして「信頼の構築」を一体で進める取り組みをしています。

SNSとワーケーションの受け入れによる積極的な情報発信を行う

1. SNSでのリアルな林業の情報発信  巧みなロープワーク、樹上でしか見られない眺め。そんな光景をカメラに収めることができるGOENにとって、効果的な情報発信の方法はSNSです。しかし、細心の安全配慮と高度な技術によって支えられているのが特殊伐採の樹上作業。SNSで拡散していった先で、不用意に危険に巻き込まれる人が出たり、不本意に解釈されて「炎上」したりする懸念があり、当初はSNSでの発信を控えていました。  しかし、震災後の人口の流出を目の当たりにするなかで、やはりSNSでの情報発信を積極的にやっていこうと決心をしました。  アクションカメラを装着して木に登り、安全への慎重な備えをしっかりと行っていることを伝えながら、この仕事の魅力を伝えていこうと思っています。足元がすくむような高所で手際良く枝を伐採していく姿や、不安定な力がかかった倒木をロープでしっかり繋ぎながら意図した場所に倒す過程など、この仕事のやりがいと達成感が感じられる動画をGOENメンバーそれぞれのアカウントで配信しています。

アクションカメラを装着して木に登り撮影した動画をSNSで発信しています (出典:高木功次郎intsagram)

2. ワーケーションの受け入れを通じた情報発信  自分たちが企画するSNSによる情報発信と並行して、GOENに共感してくれた企業関係の方々による「ワーケーション」の受け入れも行っています。  ワーケーションとは、仕事(WORK)と休暇(VACATION)を組み合わせた造語で、普段の職場とは異なる自然豊かな山里などで仕事をしつつ、仕事の合間に休暇を楽しむ働き方で、コロナ禍でのリモートワークの普及を機に注目されるようになった働き方です。新しいアイデアが生まれやすくなったり、住んだ地域の方々との予期せぬ協業が生まれたりするなど、さまざまな相乗効果が認められています。  GOENとの出会いを機に林業従事者の広報発信をサポートする活動を始めた合同会社NOTONOでは、企業で働くビジネスパーソンが主に参加する「木こりワーケーション」を企画・運営してくれています。  2024年に始まったばかりなのでまだ認知度は低いのですが、日ごろ都会で働いている人たちが、GOENの仕事を間近に見たり、手伝ったりするなかで学びを得ることができるので、参加者の皆さんからは高く評価していただいています。能登に縁がなかった方々にも興味を持っていただけるきっかけになっていると思っています。

あばれ祭りの松明(たいまつ)の製作を請け負う

「あばれ祭り」は能登町の人たちのアイデンティティであり、同時に能登の魅力を外部に発信できる機会でもあります。  GOENでは、祭りで担がれる神輿(みこし)の用材を伐りだして神輿大工に納めているほか、2024年からは祭りを照らし出す松明(たいまつ)の製作も委託されています。 「あばれ祭り」では、その呼び名の通り、神輿を担いで町を激しく暴れ歩きます。それに耐える神輿は、適切な粘度と強度を持つ木で作られていなければなりません。伝統的にそれは能登固有のヒバの一種である「カナアテ」の木で作られています。  

あばれ祭りの様子。神輿や松明はあばれ祭りにはなくてはならない存在です(撮影者:辻野 実)

 それを探し出して伐り出す作業は、能登の森林に精通したGOENならではの仕事ではありますが、「カナアテ」の木は外からは判別しにくく、見つけ出すのは簡単ではありません。過去には伐ってみたら「カナアテ」でなかったこともありましたし、製材した結果、木の状態が悪くて使用できなかったこともあります。  一方、松明は1本で40分から50分は燃え続けるように作らなければならず、枝葉の量や締め方に工夫を要する難しい仕事です。 「あばれ祭り」では約1,700束の枝葉を必要とします。そのために伐採する木は300本以上。素材は車が入れない場所にも点在しているので、2024年の「あばれ祭り」の準備には能登町の皆さんにも手伝ってもらいながら、伐り倒した木を運び出しました。 「木こりワーケーション」では、時期によってはこの松明の枝木集めを体験していただけます。能登森林資源の現状を知っていただきつつ、協力していただけたら有り難いです。  また、「あばれ祭り」の神輿や松明に携わる仕事は、強靭な体を必要とする特殊伐採が続けられない年齢になっても取り組めるので、GOENの仕事の未来像としての可能性を秘めていると思っています。

「木こりワーケーション」の参加者さんと一緒に。「木こりワーケーション」では、松明の枝木集めを体験できます(写真提供:合同会社NOTONO)

地域や仲間との信頼関係を構築していく

1. 町の見守り役  震災発生後、地域の方々のためにできることは何でも断らずに全力で取り組みました。  地域の方々からの要望に応えて屋根にブルーシートを掛けに出かけたり、能登町役場から依頼を受けて町内の山道が通行可能かどうかの調査を請け負ったりしました。  震災前までは通行できていた道が、自分の目の前で崩れ落ちていて、先の景色がイメージできるのに行けない状態に頭が真っ白になったことを、今でも鮮明に覚えています。それでも、地域の方々のために必死に町中の山道をすべて駆け回り、3日間で調査を終えました。  また、最近では、自宅裏にある木の倒木リスクを懸念する住民から木を伐採してほしいとの依頼が増加しています。高齢者が多い地域なので、依頼主の多くは高齢者の方々です。私たちは、そのようなお宅に訪問して木の伐採を行いつつ、お話し相手もしています。仕事:会話=7:3くらいでしょうか……。  震災直後は離れて暮らす子どもや孫が定期的に能登町へ家族の様子を見に来ていたものの、それぞれに事情もあり、現在は震災前の状態に戻っているという方々が多いと感じます。そのようななかで、私たちは木の伐採という仕事を通して高齢者の方々の“見守り役”を担うことで、地域の方々との信頼関係の構築に努めています。

作業車の中は、常にさまざま作業道具が詰まっており、どんな現場でも対応が可能な状況にしています(2025年4月撮影)

2. 切磋琢磨し合う仲間  私たちはフリーランスの木こりとして4人で活動をしているため、外部から得られる情報は限定的です。皆がそれぞれに意識的に新しい情報を得る努力をし、情報交換をしながらスキルアップに繋げています。  現在、岡井正和(おかい・まさかず/加入2年目)が、「緑の雇用」(未経験者でも林業に就けるよう必要な技術を学んでもらうため、講習や研修を行う支援制度)を活用し、林業の技術を座学で学びながら、GOENでの活動を行っています。岡井が座学で学んだ新しい情報は、ほかのメンバーにとっても大きな学びに繋がっています。また、岡井自身も「現場では教科書通りに身体が動かない」と嘆きつつ、座学と実践を組み合わせて早期に技術を習得することができています。

座学を踏まえて実践に取り組む岡井(2025年4月撮影)

 また、私たちの仕事は1人ではできません。一度木に登り始めると、木の全体が見えなくなってしまうため、下にいるメンバーから転落の危険性などを知らせてもらう必要があります。   つまり、木に登る時は、ほかのメンバーに命を預けることになります。それは、信頼関係なくしては成立しません。私たちは、お互いに信頼し合うこと、そのためにお互いに助け合うことを大切にしています。   私たち4人は、お互いに切磋琢磨しながら信頼関係を構築し、より多くの方々のお役に立てるよう、日々努力を重ねています。

山の中で作業の段取りを確認しています(2025年4月撮影)

 このようにGOENでは、多くの方々から能登の林業を理解していただくための「情報発信」と、目の前の仕事をきっちり行う「実績の積み上げ」、そして地域の内外からの「信頼」を得ていく努力を一体で進めています。  また、これらを通じて、GOENの仲間同士での信頼関係も大切に育てています。

もっとメンバーを増やしたい

 GOENは、現在フリーランスの木こり4人で活動をしていますが、もっとメンバーを増やしていきたいと考えています。  今は、4人で対応できる仕事の受注が中心ですが、メンバーが増えれば、当然ながら、受注できる仕事の量も幅も広がると思っています。  以前、メンバーだけでは対応できず、県内外の林業就労者に声を掛けて、14人で対応した案件がありました。大人数とスケールの大きな仕事にモチベーションも上がりました。  このように、仕事の量や幅を拡大できることは、私たちにとっても、地域にとってもプラスになると考えています。  また、GOENでは将来、「あばれ祭り」を支える森林資源の確保のために、アテの森を育てていくことも視野に入れています。これまで、「カナアテ」の木は植林が進んでおらず、苗木を育てる技術も継承していかなければなりません。  森林資源保全のための専門技術や情報についてもご協力いただける方がいれば、ご連絡いただければと思います。

フリーランスの木こり集団“GOEN”

 GOENは、2018年に能登町出身の高木功次郎(たかぎ・こうじろう)と上端修平(かみはし・しゅうへい)の2人体制でスタートしました。2020年には、脊戸郁弥(せと・いくや)、2024年には、岡井正和が加わり、現在は4人で活動しています。  フリーランスのメリットを活かしてさまざまな方面から多様な案件を受注し、現場の状況に応じて、4人で協力しながら仕事をしています。1人1人はフリーランスですが、辛い時間も楽しい時間も共有できる、強い絆で結ばれた4人です。 1. 高木功次郎  高校卒業後、金沢市内の飲食業界で6年間働いていましたが、「あばれ祭り」に毎年参加したくて、24歳で帰郷しました。帰郷後もなかなか夢中になれる仕事がなく、悩ましい日々を過ごしていましたが、28歳で子どもを授かったとき、人生を見つめ直しました。自分がしたいことをリストアップしていくうちに、自然と触れ合う仕事などが思い浮かびました。そのタイミングで森林組合の求人に出会い、「チェンソーを使ってみたい!」という思いが決定打となり、木こりという仕事を志すようになりました。  夢中になれるものに出会い、他県に出て新しい伐採方法を学ぶ努力も重ねました。しかし、森林組合ではやりたかった樹上での特殊伐採よりも重機を使った地上での効率的な伐採を求めていたため、2018年に独立を決意。樹上伐採を請け負う個人事業「空杣(そらそま)」として起業しました。  林業の世界では、樹上伐採を行う人を「空師(そらし)」と呼びます。しかし、その響きが持つ危険そうな印象を払拭したい気持ちがありました。古くから木こりのことを「杣人(そまびと)」といいます。その美しい言葉と空師の一文字をとって、新しい木こりをイメージして「空杣」と命名しました。 「あばれ祭り」の松明の製作を請け負うようになり、森林資源の問題にも強く関心を持つようになりました。メンバーのなかでは年長者ということもあり、樹上伐採の仕事は徐々にメンバーへ委ねていき、アテの森の再生などといった仕事に割く時間も増やしていきたいと思っています。 2. 上端修平  前職は森林組合に勤めており、2018年に個人事業「樵屋(きこりや)」として独立しました。森林組合時代からすでに10年以上、特殊伐採に携わっています。 「自分にできることは全部全力で取り組む」ことを心掛けており、震災直後は、屋根のブルーシート掛けや、山道の調査、自宅の庭で物資の配布など、地域の方々のために、自分にできることを全力で取り組みました。  実は、メンバーの岡井をこの道に誘ったのは私です。まさか2024年1月1日に震災が起こるとは思ってもいなかったので、震災前から住む場所の紹介などの面倒も見ました。震災が起こった際には、岡井に本当に悪いことをしてしまったと自分を責めましたが、岡井が震災直後に、ほぼ予定通り能登に来てくれたので本当に嬉しかったです。  まずは、岡井を一人前の木こりに育てることが、私のミッションだと思っています。そのことが、私やGOENの仕事の量や幅の拡大に繋がると考えています。能登での暮らしの楽しさも岡井にはたくさん教えています。仕事が終わったら、一緒に山菜採りやイカ釣りにも行っています。今では、自分よりも岡井の方が楽しく暮らしているようにも見えています。 3. 脊戸郁弥  石川県立飯田高等学校を卒業後、金沢市の消防士になり、東日本大震災を経験。行政に頼らず自分の力で「生きていく力」を養う必要性を痛感しました。  そこでキャンプを始め、毎週バックパックを担いで山へいく生活を続けるうちに、「地元能登町で『防災✕キャンプ』で遊びながら学べる公園を作りたい」と思い、帰郷していたところ特殊伐採に出会いました。  普通では考えられないような危険と背中合わせの仕事。高度なチームワークを要する仕事であることが一瞬で分かりました。またチェンソーが使えれば自分で山を開拓してキャンプ場が作れると思い、この仕事に就くことを即決し、2022年10月にUターン移住しました。  個人事業名は「楽猿(らくえん)」。母親のお店「楽苑」と、木登りの達人「猿」から命名しました。  2024年1月1日の能登半島地震では、当初、支援物資が届かない時間が続きました。そこで消防士時代からの仲間にSNSで物資の手配をお願いすると、それが思わぬ勢いで全国に拡散し、避難所にトラック数台分の支援物資が寄せられました。それを離れた避難所に配布していく作業は大変でしたが、多くの人に生活物資を届けることができました。  特殊伐採の技術は、すべて高木や上端から学び、自分で身につけてきました。まだまだ学ぶことは多いです。また「あばれ祭り」のための森林資源の再生にも取り組みたい気持ちが強く、知識もつけていきたいです。 4. 岡井正和  石川県小松市出身で、GOENのメンバーになって2年目です。元々、金沢市で会社員をしていましたが、自然が豊かで美しい能登の魅力に惹かれて移住を決意しました。能登で仕事を探すなかで、GOENのメンバーと“ご縁”があり、林業従事者になりました。個人事業名は「MSKZ」。「MASAKAZU」からつけました。   2023年12月に前職を退職し、2024年1月に能登に移住する予定でしたが、そのタイミングで震災が発生しました。移住時期を遅らせることも考えましたが、居ても立ってもいられず能登に向かい、GOENのメンバーに加わりました。  自分にとっての「復興」は、たくさんの方々に能登を訪れていただけるようになることだと思っています。そのために能登の魅力を積極的に発信していきたいと思っています。

左側より、高木功次郎、上端修平、脊戸郁弥、岡井正和(2025年4月撮影)

事業者プロフィール

空杣

代表者:高木功次郎 所在地:石川県鳳珠郡能登町宇出津


樵屋

代表者:上端修平 所在地:石川県鳳珠郡能登町瑞穂


楽猿

代表者:脊戸郁弥 所在地:石川県鳳珠郡能登町姫


MSKZ

代表者:岡井正和 所在地:石川県鳳珠郡能登町宇出津

取材後記

4人の“木こり”を目の前にして私の中で激震が走りました。林業といえば、昔ながらの伝統があり、親方と弟子の厳しい師弟関係があって……、と思っていましたが、まったく違いました。4人とも凄くお洒落な“イマ”風で、メンバー全員が独立しながらも強い絆で結ばれていて、とにかく“カッコイイ”と思いました。  自然が豊かで美しい能登の魅力をより多くの方々に知っていただき、能登を訪れる人が増えたり、林業に従事する人が増えたりすることを願っています。(S)  待ち合わせ場所のガラス越しに、4人の“木こり”たちの姿を初めて見たとき、アスリートである私は、一瞬で彼らが「只者ではない」ことを察しました。全員が重力に対して垂直に立っているのです。それは体幹を使う訓練をしている人特有の佇まいでした。  また、私が履いていた小指だけが分かれたソックスにみんなが興味を持ったのにも驚きました。これは小指を動きやすくして、足腰全体の動きを改善する特注品だったのです。  常に体を鍛え、危険な倒木処理を果敢に引き受けるGOENの皆さん。笑顔を絶やさず、仲間を思いやり、重たいチェンソーを構えてみせる得意気な笑顔。きっと誰もがこの素敵な木こりたちに魅了されるでしょう。(N)

取材者

関谷由佳理(せきや・ゆかり、中小企業診断士)、長島太郎(ながしま・たろう)

関谷由佳理  富山県氷見市生まれ、神奈川県横浜市在住。金融機関に勤務するかたわら、中小企業診断士として事業者さんのご支援やライターとして活動中。ほぼ故郷である能登のためにできることは何かを考えて、シロシル能登のライターに。能登の事業者さんに伴走し、能登復興の一助になりたいと思います。 長島太郎  海を泳ぎ、山を走る耐久性アスリート。  ラジオ局勤務。経営学修士。  20代で世界19カ国をバックパックで歩く。  国会記者を経て、ラジオ番組・事業プロデュースに携わる。国家資格 登録日本語教員の取得のため学習中。ケニア人駅伝ランナーに日本語を教えるのが夢。

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