令和6年能登半島地震で被災した子育て世代の親子が安心して集える場所をつくろうと、輪島市でカフェやオンラインイベントが2025年9月から定期的に開かれています。運営する“わじま親子サポートコミュニティもちもち”は、子育て中の親たちが自ら問題意識を持って立ち上げた任意団体。代表・コーディネーターの高出和佳(たかで・かずよし)さんに、その経緯や今の課題などについて聞きました。
[取材・構成 関口威人]
自宅も実家も甚大な被害、娘の「戻りたい」の一言に奮起
私、高出和佳は輪島市町野町(まちのまち)の出身で、輪島市の職員をしています。現在、妻と一緒に男女2人の子どもを育てています。
発災時、子どもたちは1歳と4歳で、元日は妻の実家がある金沢市内にいました。ニュースで輪島の様子を知り、すぐに町野町に住む実家の両親に連絡をしましたが、音信不通でした。行政職員は震度5強以上の場合には出勤を求められるため、状況がわからないまま妻と子どもを金沢に残し、私1人で輪島へ向かいました。
19時ごろに金沢を出て穴水に着いたのは23時ごろ。本来なら1時間半ほどで到着できるところ、倍以上かかりました。そこから先は土砂崩れや道路の損壊がひどくて進めず、車のガソリンもなくなりそうだったので、いったん金沢に戻り、また輪島に向かって出発しました。
能登町方面から県道を進むと、町野町の中心部へあと4キロほどの地点で道路陥没や土砂崩れによって完全に寸断。車を乗り捨て、1時間半ほど歩いて市役所の町野支所へたどり着きました。そこに普段は本庁などに務める行政職員たちが帰省で町野にいて、避難者の対応に当たっていました。私も「今、金沢から戻ってきました」とみんなに報告をしたうえで、いったん支所を離れて自宅と両親の安否確認へ向かいました。
自宅は壁がほとんど崩れ落ちており、柱は折れ、階段は宙に浮いており、この家ではもう生活できないと一瞬でわかるような被害でした。幸いにも両親は無事でしたが、実家も全壊でした。
それから10日間近く町野町にいましたが、携帯電話の電波がつながらず、家族と連絡が取れない状況。なんとか電波が復旧してスマホで子どもの顔を見たときに、すごく安心できたことが一番の記憶として残っています。
以降、私は輪島で、妻と子どもは金沢で避難生活を送りました。 避難生活を続けるなかで、1年近くが経ったころ「このまま金沢で生活する? 輪島に戻る?」と娘に聞くと「輪島に戻りたい」って言うんです。親としては正直、金沢の方が子育て環境は充実していますし、子連れで行ける場所も輪島よりもたくさんあるので、そのまま金沢で生活することを望みました。しかし、子どもが輪島を選んだことで「じゃあ親として何ができるんだろう」と考えた結果、“もちもち”につながる活動が始まりました。

「親が心に余裕を持てる場」として始まった活動が原点
周りを見てみると、震災後は子育て世代に余裕がなくなっているようでした。その後の豪雨災害も重なり、安心して過ごせる場所の必要性は一層高まっていると感じています。これまで地域に分散していた「子どもたちのエネルギーを発散する場」が失われ、家の中で過ごす時間が増えてしまったことが、家庭環境にも影響しているのかなと。そうした状況のなか、輪島で子育てをするのは親がしんどいだろうなと思いました。
子育てするにあたり、大人に心の余裕があればあるほど、子どもが多少困ったことをしても「子どもだしね」って余裕を持って見られますよね。でも、余裕がないとそれも難しくなります。コップで例えると、水がコップの半分ぐらいの量なら多少の刺激でこぼれることはないけれど、ギリギリだったら少しの刺激でパッとあふれてしまうような状態。そうならないために、家庭内で抱えがちな部分を、もうちょっと地域のコミュニティのなかで分散させて、気を抜いてもいい場所をつくれないかと考えていました。子どもたちにとっても、遊ぶ場所が限られているなかで、何か新しいことを体験するのはよい刺激になるのではと思ったんです。
そんなとき、大阪でシェアキッチンなどを運営する一般社団法人「ニミリ」という団体が復興支援のために輪島を訪れ、私も現地のコーディネーターとして縁ができました。そこで子育ての話をしたら「オンラインで都市部からつなぐことならできるんじゃない?」と。そういうノウハウがあるというので協力してもらえることになりました。
そして2025年2月から、輪島市中心部の「ふれあい健康センター」の一画を借り、大阪とオンラインでつないで子どもたちが絵を描いたり踊ったりできるような場をつくりました。ほんの30分ほどの体験でしたが、大阪と輪島の子どもたちが少し話をしたり、作品を見せ合ったりして交流することができました。その様子を見ていて、子どもたちにとって「新しい体験に触れること」の大切さをあらためて感じました。同時に、子どもが何かに夢中になっている間、親が少し肩の力を抜いて過ごせる時間があることも、同じくらい必要なのではないかと思ったんです。
子どもにとっての刺激と、親にとっての余白。そのどちらかだけではなく、どちらも自然に成り立つような場があればいい。そんな思いが、この活動の原点になっています。

親子が自由に過ごせる「もちもちカフェ」を月1回開催
「もちもち」は「持ちつ持たれつ」や「気持ちに寄り添う」といった言葉に引っ掛けました。最初は私1人で動いていましたが、それを団体名にして活動を始めたのは2025年9月です。メンバーは私のほか、地元のシフォンケーキ工房「ta・mago(たまご)」店長の田中康子(たなか・やすこ)さんなど5人ほどです。
「ニミリ」とも継続的に連携し、「親子オンラインひろば」を月に数回、「もちもちカフェ」を月に1回開くのが主な活動となっています。当初は石川県の「地域コミュニティ再建事業」として、その後はこども家庭庁の「NPO等と連携したこどもの居場所づくり支援モデル事業」として助成を受け、いずれも参加費無料で開催してきました(助成金は「ニミリ」が申請。「親子オンラインひろば」は助成金の終了に伴い2026年度は休止中)。
オンラインで実施していた「親子オンラインひろば」では、スーパーボールやキーホルダーなど、子どもがその場でつくったり、持ち帰れたりする体験が人気でした。こうした体験は、オンラインであれば場所を選ばず実施できるため、発災後の子どもの過ごし方の一つとしても参考になるのではないかと感じています。
一方、「もちもちカフェ」には毎回30人から50人の親子が参加しています。子どもがワークショップに参加したり、ダンボールや折り紙で工作したり、シール交換をしたり、お菓子を食べたりと、それぞれが自由に過ごせるような場を意識しています。
また、コーヒーの提供と、ちょっとしたマッサージやハンドケアなどのコーナーも用意して、親がリラックスできる時間も大切にしています。子どもから少し目を離して、大人同士で一息つける——そんな時間が、親の心の余裕につながればいいなと思っています。

当日の運営やSNSに苦労、理想は常設の居場所づくり
活動を継続していくうえで、いくつかの課題があります。
まず、当日の準備や運営などを担う人手が不足しています。「参加するついでに少し関わる」といった形でも構いませんので、一緒に場を支えてくださる方が増えることを期待しています。
また、活動の様子や意義を伝えるためのSNS運用も重要ですが、継続的な発信には負担もあり、広報面でのサポートも求めています。
さらに、工作や体験活動に使用する材料費など、継続的な運営には一定の経費が必要です。現在は助成金やフードバンク能登をはじめとした連携団体からの物資提供などに支えられていますが、安定的に活動を続けていくための支援は欠かせません。一方で、参加費を設けると参加のハードルが上がる懸念もあり、誰もが気軽に参加できる環境をどう維持するか悩んでいます。
将来的には、小学校の近くに常設の居場所をつくり、保護者も子どももふらっと立ち寄れるような環境を整えたいと考えています。輪島には「わじまティーンラボ」という10代を中心とした若者向けの居場所もあり、成長に応じてつながっていけるような連携も視野に入れています。
▶シロシル能登
応援します!子どもから高齢者まで、自分らしく、健やかに。“ごちゃまるクリニック”“NPO法人じっくらあと”
被災地における子育て世代の孤立を防ぎ、安心して過ごせる居場所を継続していくため、今後も取り組みを続けていきたいと考えています。
被災後、私自身「このまま輪島で子どもを育てていいのか」「将来、子どもに輪島を嫌いになってほしくない」という葛藤を抱えてきました。だからこそ、親としてできることは何かを考え、少しずつ積み上げていけたらと思っています。 いつか子どもたちが大人になったとき、「大変な時期もあったけれど、あのとき、輪島で育ってよかった」と笑って言ってもらえるような環境を、地域のみんなでつくっていけたらうれしいです。
関わりシロ──一緒にできること
“もちもち”の活動は、さまざまな形で関わることができます。
- 当日の運営補助(見守りや飲み物提供など)
- SNSでの情報発信のサポート
- 工作材料や食品などの提供
- 寄付などによる活動支援
「少し手伝ってみたい」「こんなことならできるかもしれない」といった小さな関わりからでも歓迎しています。
活動の様子はSNS(Instagram / Threads)で発信していますので、ぜひご覧いただき、関心のある方はお気軽にご連絡ください。
取材後記
取材は工房「ta・mago」2階のスペースをお借りし、シフォンケーキをいただきながら行いました。冒頭の写真は高出さんと2人のお子さん、そして右横は「ta・mago」店長の田中さんです。
震災前は工房での販売もしていましたが、豪雨災害で近くの橋が崩壊してしまい、現在も工房では臨時的な営業しかできないそうです。そのかわり、地域の子育て世代の親たちが集まりたいときに「集まる場所がなかったら、どれだけでも使ってね」と2階を開放することもあるのだとか。いわば「プチ・もちもちカフェ」の場という感じでしょうか。
町野町の米粉も使うこだわりのシフォンケーキは、本家「もちもちカフェ」で提供されることもあるほか、オンラインで購入することもできます。「もちもち・ふわふわ」の食感をぜひお試しください。


