輪島市門前町(もんぜんまち)にある總持寺祖院(そうじじそいん)は、その歴史、文化財、禅の修行道場としての意義、お寺あっての暮らしが営まれてきた地域住民への責任……、背負っているものが大きいだけに、地震による負の影響は計り知れません。そんななかでも、お寺が復興していくことで能登に復興の希望を見せようと、一歩ずつ未来に向けて歩みを進めています。それは、日々坐禅を組み、作務(さむ)に励む禅の修行に通じるものがあります。
そのような總持寺祖院や門前のいまを見に来てほしいと語る、副監院(ふくかんにん)の髙島弘成(たかしま・こうじょう)さんを訪ねました。
[取材・撮影・構成 柳澤美樹子]
度重なる試練を門前町と手をたずさえて乗り越える
被害のさなかにも、希望をもたらした重文指定
2024年の能登半島地震で、總持寺祖院は41棟の建造物に被害がありました。倒壊してしまった建物もあり、山門から仏殿、法堂(はっとう)、僧堂など主要な伽藍(がらん)を結ぶ回廊も、ほとんどが倒れてしまいました。思い返すと、発災の一年は僧侶としての仕事ではなく、復旧作業で終わってしまっていました。
門前のこのあたりは、2007年にも大きな地震に見舞われて、その時にもお寺の建物はかなりの被害を受け、そこから14年かけて修復し、ようやく2021年に落慶法要を済ませたところでした。それから3年と経たないうちの被災だったのです。
そのような苦しい年でしたが、12月9日に法堂、仏殿、山門、回廊など16棟が国の重要文化財に指定されたのが、光明になりました。重文指定されたからといって、復興費用を国に全額負担してもらえるわけではないのですが、いろいろな面でバックアップを受けられて、力になります。


拝観から本物の禅体験を
被害状況を確かめることすら手が回らないような日々でしたが、ともかく日常を取り戻さなければなりません。2025年4月からは、拝観を再開しました。以前のように回廊を巡りながら各建物を回ることはできませんし、工事の状況でご覧になれないエリアもあるので、その時に応じて拝観していただいています。
それぞれの建物には、仏教に基づいた意味や役割があります。それを知らずに眺めているだけではわからない、mおったいないというお声に応えて、有料・要予約ですがご案内もできます。
また私は石川県から「いしかわ文化観光スペシャルガイド」に認定されていて、観光連盟のWebサイトから申し込んでいただくと、私がご一緒して寺や地域の歴史、禅の文化、文化財の建造物などをご説明しながら境内を回っていただけますし、法話や坐禅なども体験できます。
坐禅というと、警策(きょうさく)でバーンと叩かれる苦行のようなイメージをもっている方もいらっしゃると思いますが、すわって自分自身を見つめ直す時間をもつと、すがすがしい気持ちになります。それには、ただ適当にすわっていればいいのではなく、昔から伝わるすわり方、呼吸の整え方、姿勢の正し方、どのように向き合うかということが決まっています。それをお伝えして体験してもらい、それを生活のなかに採り入れていただきたいと、坐禅体験を行っています。毎日3分でも、イスにすわってでもいいので、続けるきっかけにしていただきたいのです。私は、「坐禅は命を確認する行いだ」とよく言っています。
普段の生活では「禅」を知る機会はなかなかないと思いますが、ここまで来ていただければ、能登のこの地に守られた環境のなかで体験していただけます。

一つ一つの成果を見せながら、地域の「曙光」となる
總持寺祖院は現在輪島市にありますが、平成の合併前は鳳至郡(ふげしぐん)門前町という自治体でした。このお寺の門前町ということで町名も門前となっていたからには、地域の核となる存在であらねばならないと考えています。お寺だけが復興すればいいはずがありません。
2度の地震でお寺が大きな被害を受けたように、まちの多くの人たちも自宅やお店を失いました。それでも、少しずつ復興プロジェクトが始動し、新しいまちづくりに着手していて、總持寺祖院もその中でいっしょに活動しています。
とは言っても、ダメージが大きかっただけに、目に見えてよくなっていくことは望めません。自分の家で不自由なく安心して暮らし、仕事も順調にできているような状態(それは、なにもなければ普通のことなのですが)になるのが復興の一つの目標でしょうが、遠い目標や理想ばかりを見ていると、現実とのギャップの大きさに苦しくなってしまいます。それよりも、小さな成果を実感しながら積み重ねて、ときどきの成果や事実を確認しながら復興に向かっていきたいと思います。そのようなまちの動きのなかで、總持寺祖院が旗振り役となって一歩一歩進む復興の姿を見せていきます。
門前町の、能登の復旧・復興に、私たちはいま「曙光(しょこう)」ということをテーマにしています。曙光は「あけぼのの光」と書くように、夜明けに太陽が顔を出したときにふわっと差す光です。お寺が地域にとってのそういう存在になっていかなければならない。「お寺のあそこが直ってきたね。ここが変わったね」というのが励みになりますね。小さな事でもいいので、そういう一つ一つの事実、成果を大事にしながら、復興につなげていきます。



▶シロシル能登
価値ある能登を未来につなぐ──門前に居場所を作る“NOTOTO.”
訪れて、いまの門前を見て、感じてほしい
ふるさと納税で門前ツアーに来てください
もともと、門前町は總持寺祖院の拝観だけではなく、北前船の船主や船員が暮らし、江戸時代には幕府の直轄地の「天領」だった黒島町の街並みもあって、観光客に数多く来ていただいているところでした。地震の直後にはとても観光の方をお迎えできる状況ではありませんでしたが、もうまちの様子を、ダメージを受けた現実を含めて見ていただける段階になりました。
それで、私と、黒島でゲストハウスの経営やまちづくりをしている杉野智行さん、その近くでブドウとワインを造っているハイディワイナリーの高作正樹さんの三人で「何かできないか」と何度も話をして、「輪島市門前町の文化・暮らし・食を巡る体験型ツアー」を考えました。それを、輪島市としては初めての体験型返礼品という形で発表しました。輪島市にふるさと納税していただくと、このツアーに申し込めるというものです。
ツアーでは、まず總持寺祖院に来ていただき、重要文化財に指定された16棟の建造物すべてをご案内します。その際には、700年の歴史をもつお寺の説明とともに、2007年の地震からの復興過程や重文指定に至る経緯などもお話しして、通常の拝観とは異なる角度から總持寺祖院を見ていただけます。
黒島は、黒瓦に下見板張りの民家の家並みが美しい地域ですが、地震によって特に大きな海底隆起の影響を受けたところでもあります。北前船のDNAを受け継いで海と共にある地域の生活を取り戻し、未来につないでいくプロジェクトの話なども聞きながら、まちを歩きます。
▶シロシル能登
黒島の歴史や人を、これからの能登に生かす活動を“湊”と共に──“一般社団法人湊” “株式会社湊”
最後のハイディワイナリーは、能登の食に合うワイン醸造に力を注いでいる醸造所です。海の見えるブドウ畑やワイナリーを見学し、ワインの試飲もできます。
このツアーは昼食の時間なども含め、所要3~4時間ほどです。能登を巡っている方が半日を門前で過ごしたり、金沢から足を延ばしたりということもあるかと思いますが、東京方面からの日帰りも想定しています。
門前のこの地は、能登空港からレンタカーなら約30分で来られます。「ふるさとタクシー」という予約制の乗合タクシーもあります。羽田空港から午前便で能登に入って午後便で戻れば、日帰りでも意外にゆっくりできるのです。
ふるさと納税で復興にも役立ちますので、首都圏の方にもぜひ検討していただきたいです。

禅の教えをで体験する「行鉢」
總持寺祖院は曹洞宗(そうとうしゅう)の修行道場でもあります。修行僧はお寺で生活しながら坐禅を組み、さまざまな勉強をして過ごすのですが、食事をいただくことも修行の一つです。食事の作法を禅宗では「行鉢(ぎょうはつ)」と呼んでいますが、その体験もしていただけるように準備しています。
食器は応量器(おうりょうき)といって、マトリョーシカのような入れ子になっているものを使います。体験用の応量器は、輪島塗です。膝掛けや鉢単(はったん)というランチョンマットのようなものもあります。それら全部がセットになって袱紗(ふくさ)に包まれている状態から、偈文(げもん)という詩のようなことばを唱えて開くところから始まり、決まった器にごはん、お味噌汁、おかずなどを給仕してもらっていただくのですが、器は目の高さに持って、口に運びます。それは、お米にしろ野菜にしろ、命をいただくのだから見下ろすような失礼なことをしないということです。食事とは、命をいただくことで我々の命がつながるという、命と命の向き合いなんです。
面倒なようですが、理解するととても合理的な作法です。あくまで体験ですから、最初にレクチャーはしますが、間違えてもまったく問題ありません。僧侶も間に入っていっしょにいただきますので、見て真似してもらえます。
このような機会に總持寺祖院で禅を知り、能登の地に受け継がれた歴史や文化を体験し、心に残ったらまた来ていただきたい。もっと他のところも回っていただきたい。それが、能登の人たちを元気づけ、復興の後押しをすることになるのです。
いくたびも災禍を乗り越えてきた700年余の歴史
總持寺祖院は、元亨元年(1321)に瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)禅師によって開かれました。福井県の永平寺と並んで曹洞宗の本山とされていましたが、明治31年(1898)の火災で建物のほとんどが焼失してしまったことから、本山機能は神奈川県横浜市の鶴見に遷され、能登の地には總持寺祖院として再建され現在に至ります。明治の大火からの再建には、25年かかったと伝えられています。
このように、これまで700年余りの歴史のなかにはいろいろな困難があって、それぞれの時代の人たちがなんとか後世につないでいくんだという思いで乗り越えてきました。私は2007年と2024年、2度の大地震に遭ってしまいましたが、同じ思いで一歩一歩進んでいきます。
取材後記
今回の震災後、初めて髙島さんを訪ねたのは、地震から約4カ月後でした。その時にはまだ水も出ず、髙島さんが自ら漏水箇所を突き止めようとしている段階でした。地震で倒れた建物や石造物はほとんど手つかずでした。そのときに、
「震災直後、私がメディアの取材につい弱気なコメントをしてしまったために、まちの人たちのなかに『總持寺がなくなるかもしれない』という噂が流れ、不安にさせてしまいました。それを聞いて、お寺がしっかりして、門前町といっしょに復興しなければと気持ちを強くしました」
とおっしゃっていたのが忘れられません。それぐらい、門前町と總持寺祖院は深く結びついていて、互いに支えになっているのだということがよくわかりました。
地震の前から總持寺祖院は、どこか凜とした緊張感を失わない境内の佇まいで、自然に背筋が伸びて心が浄化されるような空気が流れていました。痛々しい被災の疵痕も残っていますが、それも含めて「いま」を見てほしいと髙島さんはおっしゃいます。
それは門前町も同様です。仮設店舗や元のお店を修理して再開している飲食店があって、おいしい食事もできます。輪島市櫛比(くしひ)の庄 禅の里交流館に行けば、お寺を中心に歴史を重ねてきた門前町に関する展示も見られます。復旧・復興が進みつつある門前に、ぜひ足を向けてみてほしいです。

