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黒島の歴史や人を、これからの能登に生かす活動を“湊”と共に──“一般社団法人湊” “株式会社湊”

黒島の歴史や人を、これからの能登に生かす活動を“湊”と共に──“一般社団法人湊” “株式会社湊”

一般社団法人湊・株式会社湊

更新日:2026年3月31日

 2025年4月にシロシル能登に登場していただいた、杉野智行(すぎの・ともゆき)さん。輪島の市街地から離れた門前町黒島(もんぜんまちくろしま)地区で「ゲストハウス黒島」を運営しながら、黒島に受け継がれてきた海と共にある伝統的な暮らしを、能登の未来につなげようと活動しています。前回からアップデートされた一般社団法人湊、株式会社湊の活動と課題を伺いました。

[取材・構成 柳澤美樹子]

黒島の暮らしと海の自然を生かすプロジェクト

海と暮らしをつなぎ直す「船出プロジェクト」

 このプロジェクトの核心は、黒島の漁港から日常的に船が出入りする風景を取り戻すことです。地震後、海岸線が大きく隆起し、以前は車庫から車を出すように港から船を出して魚を捕ってくる、ということができなくなりました。前回話したときには、人力で運んだら片道2時間かかってしまっていましたが、ボートトレーラーを導入し、車で船を運べるように考えています。ただこれも、川からの土砂の堆積などで、波打ち際まで1mほどの段差があるので、うまくいくかどうかはわかりません、試してみようと考えています。

 このプロジェクトの難しさは、地震直後からさらに30~40mも波打ち際のラインが沖に後退していることです。波打ち際にスロープを造ることも考えられるのですが、そのようなハード整備をやったとて、また地形が変わることもあるのです。そういうところで、専門家の知見をお借りしながら進めたいです。

 その点で進捗があったのは、日本大学理工学部海洋建築工学科の先生や学生さんとの連携です。隆起した海岸を歩くフィールドワークを実施したり、私が大学に出向いたりして「この海底隆起の現場で、どうやって海と共にある暮らしを守りつなぐか」をテーマに議論を重ね、非常に質の高い提案をいただいています。現在は、漁協や行政、専門業者とも連携しながら水産庁の「海業(うみぎょう)」の予算も活用し、具体的な海の活用計画を練っている段階です。学生にとっても、実践できる現場をもつことはプラスになると考えています。

 日本全国どこも高齢化などで漁港の維持が難しくなっているなかで、マリンレジャーなど漁業以外の切り口で活用しようというのが海業の考え方なので、黒島のプロジェクトが先例になればという思いもあります。

日大理工学部海洋建築工学科の学生たちと黒島漁港を視察(2025年9月)
日大理工学部海洋建築工学科の学生たちと黒島漁港を視察(2025年9月)

環境保全と資源活用を両立する「ウニプロジェクト」

 黒島の豊かな海を未来につなぐため、環境保全の意味合いを込めて取り組んでいるのがウニプロジェクトです。

 能登のウニは「身が痩せていておいしくない」とされていましたが、実際に潜ってみると6人で400個ほど捕れ、充分なサイズのものもあり、刺身やパスタにして食べられました。漁協との調整をしながら、今後、自分でウニを捕って、みんなで割って料理して食べるといったことを一つの有料コンテンツにできればと考えています。

2025年7月に実施した「ウニ間引きイベント」。予想外においしかった
2025年7月に実施した「ウニ間引きイベント」。予想外においしかった

海への間口を広げる「マリンアクティビティプロジェクト」

 中高生以上向けのSUP(サップ=スタンドアップパドルボード)、小学生や親子を対象としたSUP、シュノーケリング、磯遊びの体験会を催行しましたが、特に子ども向けのイベントはとても人気がありました。

 まずはこの海を知ってもらい、楽しんでもらうこと。その入り口として、SUPやシュノーケリングの体験会を行っています。隆起によって新たに生まれた浜や、波をかわす天然の入り江は、子どもたちが安全に遊べる絶好のフィールドとなりました。各回20名ほどが参加する人気事業となっており、地域の新しい風景として定着しつつあります。

隆起した海岸で開催した「SUP体験会」(2025年8月)
隆起した海岸で開催した「SUP体験会」(2025年8月)
大好評だった、「親子海遊びイベント」(2025年7月)
大好評だった、「親子海遊びイベント」(2025年7月)
大好評だった、「親子海遊びイベント」(2025年7月)

新たな交流拠点「ピアノのある居場所」

 海周りの活動に加えて、地域の方々がふらっと立ち寄れる交流拠点「里海ベース」(旧・北野邸)の整備も進めています。以前から、解体予定の家から譲り受けたピアノを使ったコンサートやお茶会を開催してきましたが、現在は金沢美術大学の学生さんたちと連携し、DIYでの本格的な改修を計画しています。学生たちの「実地で手を動かしたい」という熱意と、私たちの「関わりシロを作りたい」という想いが重なる、大切な場所です。

2025年の年末に行った里海ベースのDIY
2025年の年末に行った里海ベースのDIY

求む、活動を共に推進する人材

 活動が多角化し、少しずつ成果も見えてきましたが、その一方で解決すべき切実な課題も浮き彫りになってきました。

右腕となる中核パートナー

 今、私が最も切実に求めているのは、現場で、二人三脚で動いてもらえるパートナーです。現在、理事として遠隔で支えてくれるメンバーや、定期的にDIYを手伝ってくれる信頼できる仲間はいます。しかし、日々の実務、イベントの企画立案、現場での人間関係の構築、そして資金調達といった「現場の最前線」で手を動かせるのは、実質的に私一人という状況です。多くのローカルベンチャーがそうであるように、夢を語り広げていく代表と、それを着実に形にする堅実なパートナーという体制を作りたいのですが、この被災地の小さな組織に飛び込んでくれる自立した人材を見つけるのは、容易ではありません。

地域との合意形成の難しさ

 ハード面での課題も深刻です。船出プロジェクトでは、隆起した海岸にスロープを作る必要がありますが、潮の流れや土砂の堆積によって地形が常に変化し続けています。こうした不安定な場所の整備は、一企業や数人の声では難しく、町全体や、漁協との合意形成が不可欠です。また、交流拠点をつくるにも、新しいことを始めようとすると、「目立ちたくない」「静かな環境を壊されたくない」といった、集落特有の繊細な感情に直面します。単に建物をつくるだけではなく、いかに地域の方々と有機的なつながりをつくっていくか、プロセスの難しさを痛感しています。

“湊”の活動の原点

ゲストハウスから始まった挑戦

 もともと、この黒島の地でゲストハウスを運営することから私たちの挑戦は始まりました。開業当初は、住み込みの学生さんといっしょに宿を切り盛りする、文字通り手探りでのスタートでした。当時から「外部の若者が地域に入り、新しい風を吹き込む」というモデルを大切にしてきました。

 ゲストハウスを作る過程でも、時には周囲からの反発やバッシングを受けることもありました。しかし、何か新しい価値を生み出そうとすれば、まわりがざわつくのは避けられないことです。東北の復興を牽引してきたリーダーの方々も、同じように吊るし上げられるような経験をしながら前へ進んできたと聞き、勇気づけられています。

黒島の古民家で震災後に始めたゲストハウス黒島
黒島の古民家で震災後に始めたゲストハウス黒島

変わらぬ目的「豊かな海を未来へ」

 震災によって物理的な環境は一変しました。港は隆起し、海の状態も変わりました。しかし、「海を守り、海と共に生きる」という私たちの目的は一度も揺らいでいません。震災前、この海がどれほど豊かだったか。そして今、隆起した地形が新しい可能性を秘めていること。それらをつなぎ合わせ、持続可能な生業として再生させることが、私たちの使命です。

 かつて黒島の港から当たり前のように船が出ていたように、再びこの場所を活気ある拠点にしたい。現在はまだ、休みなく走り続けて精神的に追い込まれる瞬間もありますが、トータルではこの挑戦を心から楽しんでいます。この地に関わってくれるメンバー、アルバイトとして雇用を始めた地元の方々、そして応援してくださる外部のサポーター。少しずつですが、確実に「チーム」ができつつあります。焦らず、しかし着実に、黒島の新しい未来を形にしていきたいと考えています。

▶シロシル能登
海と共にある黒島の暮らしをつなぐ“湊”の挑戦──“一般社団法人湊” “株式会社湊”

取材後記

 黒島は、かつて北前船の船主や船員が住んだ集落で、千石船を操る廻船業で潤いました。下見板張り、格子、黒瓦の街並みがよく残り、国の伝統的建造物群保存地区に指定されています。ここは2007年にも地震の被害を受けているのですが、今回2024年の地震では船主だった旧角海家の多くが倒壊。集落ではほかにも解体を余儀なくされた建物があり、ところどころ更地になっています。
 しかし家並みと同じように、そこで営まれる暮らしも受け継がれています。そんな黒島の伝統と、目の前に広がる海を今後も持続していくために、“湊”は具体的な活動を積み重ねています。それは、あらゆる関係者の調整も難しいし、資金調達もたいへんな事業でしょうが、それだけにやりがいのある、おもしろい仕事だと思います。夢だけではなく現実的に物事を進める力のある杉野さんに、一日も早く息の合う右腕が現れてほしいと願います。

事業者プロフィール

一般社団法人湊・株式会社湊

代表者 :杉野智行(代表理事・代表取締役) 所在地 :石川県輪島市門前町黒島町

記者プロフィール

柳澤美樹子

柳澤美樹子(旅行作家)

 「旅・食・人」をテーマとした著述編集のため、日本中をまわっている。1996年にJTBから発行された『ひとり歩きの金沢能登北陸』を書くにあたって濃厚に能登を取材したことから、能登とのご縁を深め、能登半島地震発災以来、観光分野で能登を応援したいと活動している。 日本旅行記者クラブ個人会員・日本旅行作家協会会員