石川県珠洲市。能登半島の先端に位置するこの街は、2024年1月の震災で甚大な被害を受けました。建物が崩れ、道路が寸断され、多くの住民の暮らしが基盤ごと揺るがされた珠洲で、「心の復興」の可視化に取り組んでいる一般社団法人UNVEILLIGHT”(アンベールライト)をご紹介します。
メンバーは、クリエイティブディレクターの福井崇人(ふくい・たかし)さんと、保育士資格を持つコピーライターの青山きえ(あおやま・きえ)さん。異なる背景を持つ二人は、「自画像」を通じて人の心に寄り添い続けています。「自画像には自分を肯定する力がある」という福井さんの言葉の奥には、二十年以上かけて育ててきた確信と、被災地のために活動する覚悟がありました。
[取材・写真・構成 伊藤璃帆子]
「描くことで、心が軽くなる」──講師自身が救われた原体験

クリエイティブディレクターの福井崇人です。
高校三年の夏のことです。美大受験のための予備校に通っていて、課題として油絵で自画像を描いて提出したことがありました。普段からうまく描けなくて、悔しくて、そのストレスをそのまま「叫び」としてキャンバスに叩きつけた。恐る恐る提出したら、ものすごく褒められました。先生は塾の浪人生たちに私の絵を見せながら「こういう絵を描きなさい」と言ってくれました。あの瞬間が、すべての始まりだったと思います。
その後も、節目ごとに似たようなことが続きました。大学の卒業制作でモヤモヤした気持ちを絵で表現すると、雑誌社が取り上げてくれた。広告会社に入社してから、地下鉄サリン事件の直後に感じた言いようのない不安を描いたものが世界で最も歴史ある広告・デザイン国際賞のひとつのニューヨークADCに入賞。仕事で追い詰められたときの苦しい感情を絵にし、その絵をモチーフに制作したポスターが、トゥルナバ国際ポスタートリエンナーレに入選した。
18歳、22歳、27歳、30歳。その節目ごとに湧き上がるネガティブな気持ちを、そのまま絵として吐き出してきた。そのたびに、誰かが評価してくれました。そうするうちに、だんだんとわかってきたことがあります。自己開示をすると、人は応えてくれる。整えすぎた言葉より、不格好なままの感情のほうが、深く届くことがある、と。

大人になってから、毎日絵を描いていた時期がありました。仕事でしんどいことがあった日に描くと、なんだか気持ちがすっきりしました。言葉にできない感情が、鉛筆の先から少しずつ出てきて、紙の上に形になっていく。そんな感覚です。そこから「自画像はセルフカウンセリングになる」と考えるようになり、長い年月、その仮説を温め続けてきました。
「みんなで描くから、描ける」──青山さんが見た教室の空気

コピーライターの青山きえです。
福井さんとの出会いは、福井さんが主宰していたクリエイター育成塾に入ったことです。元々ソーシャルグッド(Social Good *1)に興味があり、世の中をよくする活動をしたかったんです。育成塾で学んだのちに、保育士資格を活かして参加した震災ボランティアがきっかけで珠洲に関わるようになりました。現地で人々と触れ合ううちに、ふと、フクちゃん先生が話してくれていたアイデアが頭に浮かんできて。気づいたら連絡していました。
「フクちゃん先生、珠洲で自画像教室をやりませんか?」
福井さんは以前から、自画像には描く行為以上の何かがあるとおっしゃっていました。その言葉が、珠洲で出会った人たちの顔と重なったんです。うまく説明できないけれど、ここでやるべきだという確信がありました。
*1 ソーシャルグッド(Social Good) 環境、地域コミュニティ、社会全体に対して良い影響を与える製品、サービス、活動などそのものであり、それを志す「思考」であり「志向」。環境、人権など社会問題の解決を目的としたビジネスのほかに、経済的利益を目的としないボランティア等の活動も含まれます。


2024年8月、珠洲で第一回目の自画像教室を開催しました。能登半島地震の被災地の小中学校で、フクちゃん先生の自画像教室が始まりました。
実際に開いてみると、福井さんが思い描いていたことが、珠洲の皆さんにちゃんと届いている実感がありました。

心は目に見えないけれど、自分の顔なら見ることができる。観察することで、言葉にできない自分の気持ちを知ることができる。描くことによって、「大丈夫だよ」と自分自身に言ってあげることができる。
二回目の教室のとき、参加者の皆さんがこの時間を待ち望んでいることが、ヒシヒシと伝わってきました。

絵を描くことへの抵抗感を持つ方は多いのですが、この自画像教室にはどこか「みんなで描くから描ける」という空気があるんです。鏡を見て、自分の顔をじっくりと観察する、あの静けさのなかで、参加した人たちがそれぞれ何かと向き合っているのがわかります。そして終わってから絵を見せ合うのが、またとても盛り上がるんです。言葉では照れくさいことも、絵を介すると不思議と話せたりしますね。

珠洲の人たちは、とても柔軟でオープンです。面白いことが好きで、よそ者を閉め出すような空気がない。こちらが元気をもらうことのほうが多いくらいで、そういう人たちのなかで活動を続けていることが、私自身の力になっています。
半年後の「顔」が語る、言葉にならない変化

▶シロシル能登
「乗り越えるのではなく受け入れる」─震災から1年。町の本屋 “いろは書店”が描く能登の未来とは?
珠洲市内で教室を開くときは、半年の時間を置いて複数回にわたって開催することにこだわっています。変化がわかるのが、ちょうど半年くらいなんです。
同じ人が描いた二枚の絵を並べると、はっきりした違いが出てくる。一回目で筆圧が弱かったものが、二回目には強くなっている。特に「目」が変わります。薄くて頼りなかった線が、二枚目ではキリッと力を持ってくる。
震災の年に大人に描いてもらった絵を見ると、あのころの皆さんがどれほどしんどかったか、わかる気がしてきます。

子どもたちの絵には、また別の変化があります。二回目・二枚目のほうが、画用紙の中で顔が大きくなっていく傾向がある。少し余裕が出てきたのか、自己肯定感が芽吹いてきたのか。言葉にするのは難しいけれど、ほとんどの絵が、そうなっていきます。
絵には答えがない。だから言葉のように誰かを傷つけることがなく、見る人の感じ方も自由です。言語化できなかったものが、静かにそこに宿っている。その自由さゆえに、絵にはとてつもない情報量があるんです。
「珠洲から世界へ」──その目的は「恩返し」

▶シロシル能登
奥能登にワクワクする人のキャリアの選択肢をもっと。“合同会社CとH”
引き続き能登の皆さんと共に自画像教室を運営し、心の復興について取り組みながら、今後は、珠洲で培ったメソッドを、広く社会へ分かち合っていくことも見据えています。
現代社会において、誰もがストレスを抱えています。職場のハラスメント、慢性的な疲弊、言葉にできない息苦しさ。珠洲の教室で起きた心の変化は、決して被災地だけの特別なものではありません。企業の皆様ともこの課題を共有し、社会貢献のパートナーになっていただきながら、従業員の皆様の心のケアにこの知見を役立てていただく。
そこで寄せられる活動へのご支援は、珠洲での活動を継続・発展させるための大切な原動力となります。この活動を一時的な支援で終わらせるのではなく、社会全体で支え合う持続可能な仕組みへと育てていきたい。そして、得られた知見を再び珠洲へ、未来へと還元し続けていくこと。それが、UNVEILLIGHTとして歩んでいる「恩返し」の形です。
実際、心の復興が必要な人は世界中にいるんです。珠洲で生まれた自画像教室は、心に痛みを抱える世界中の人々に対してもインパクトがあるものだと思っています。

最近、モンゴルの首都ウランバートルにある子ども支援センターでも自画像教室を開催しました。モンゴルでは格差が広がっていて、支援が必要な子どもたちがいます。そこでは日本の子どもたちとはまったく異なる、強い目の自画像が並んだ。場所が変わるたびに、新しい何かが見えてきます。私としても、いつどこで何回自画像教室を開催しても、まだわからないことのほうが多い。でも、それが面白い。
能登で、珠洲で活動を始められたということは、私たちにとってかけがえのないことでした。ここで生まれた実践を、世界に持っていく。それが、珠洲への恩返しになると信じています。
取材後記

鏡を見て、自分の顔をじっくりと観察する。その行為のなかに、「自分という存在を肯定する」最初の一歩があると、お二人は話してくれました。震災という外側からの破壊に対して、内側から少しずつ自分を取り戻していく営み。「心の復興」という言葉が、取材を終えてからも頭を離れませんでした。
「みんなで描くから描ける」という言葉も、印象に残っています。一人では向き合えないことも、場と仲間があれば向き合える。その場を丁寧に整えているのが、この自画像教室なのだと感じました。

