二重被災により若者・子育て世代の人口流出が加速するなか、県外から20代の若者たちが珠洲市に移住し、2025年4月に“焼塩エイミー”を設立。高齢化率50%超をはじめとする能登の現状課題を「若者・高齢者の可能性を解き放つ舞台」と捉え、「“若者×高齢者”の力で新たな事業を興し、全世代が主人公となってワクワク生きることができる地域をつくる」ことを目指し、能登のじいちゃん・ばあちゃん、地域のみなさんとともに絶賛活動中の“焼塩エイミー”。同社の今について、代表の北村優斗(きたむら・ゆうと)さんにお話を聞いてきました。
取材・構成 道井さゆり
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2025年5月8日公開 “焼塩エイミー” Vol.1
https://www.sirosiru.jp/articles/1378
奥能登でワクワクしながら生きていく、大切な人たちと「ともに」
発災から1年以上経ってもコメ作りができない
“焼塩エイミー”代表、この夏はひたすら草刈をしていた感のある北村です(笑) ほかの仕事も(後述します)やっているので、「ひたすら草刈」は少し言い過ぎかな、と思ったりするのですが、でも、この夏は野でも山でも草刈をしていた印象が私のなかに残っています。
と言うのは、創業前から交流のある珠洲市の山間にある集落──当社に当社にとって「“若者×高齢者”の力で能登に新しい事業を興す」うえで重要な拠点の一つ──である上黒丸周辺が前の震災で前の震災で地面が隆起したり、ため池が壊れるなどしました。
発災から1年以上が過ぎた今も耕作ができない田畑があり、私たちと親交のあるじいちゃん・ばあちゃんたちの棚田は、この先ため池の工事が完了するまでの数年間はコメ作りができません。

想像以上に重要な草刈
このまま放置すると雑草は伸び放題、害虫の発生源となるなど周辺の田畑に悪影響を及ぼす可能性があります。しぶとい多年生雑草が徐々に増えた場合は、田んぼの復元に多大な労力が必要になります。
そのような事態を招かぬよう、田んぼを休んでいる間も草刈をしなくてはならない、ということを視察に来ていた造林の専門家に教わりました。だから私は、じいちゃん・ばあちゃんたちとともに草刈をしていたわけです。
さらに私は森に入り、そこでも草刈をしていました。それは、「奥能登の地で家族や仲間と健やかに暮らしたい」「子どもたちが楽しく遊べる森をつくりたい」という思いに端を発した当社の「森林再生事業」の第一歩でもありました。

あの豪雨の記憶は消えないが、仲間と描いたヴィジョンも消えない!
ここで家族や仲間と暮らしたい‼
かつて私は東京・渋谷で、大手企業や自治体のCSRプロモーションを支援する事業を経営しており、朝から晩まで仲間と楽しく働いていたことがあります。そんな私が、能登半島地震被災地でのボランティア活動を経て、珠洲市に移住・起業を決意したのは、奥能登の地で、ともにワクワクできる諸先輩がた、仲間たちと出会ったからです。
みなさんとともに過ごしていく時間に比例して、私のなかにあった「奥能登の地で家族や仲間と健やかに暮らせるといいな」という思いが「“焼塩エイミー”設立」という形になっていったわけですが……。
「雨よ、やんでくれ」と祈るしかないのが悔しい‼
2025年9月の豪雨で被災した人々(私・北村もその一人)のなかには、「雨が降ると、また、あのときのことを思い出す」という人が少なくありません。
私のパートナーも、前年の豪雨によって住んでいた仮設住宅や車が浸水しました。その後もパートナーは同じ場所で建て直した仮設で暮らしており、雨が降ると当時の記憶が蘇り、不安や不眠などに見舞われます。
当初、私は「雨よ、やんでくれ」と祈ることしかできませんでした。それが悔しくて「何かできることはないか」と探してみたところ、あった‼
それは、「放置された森に手を加えること」でした。
豪雨や地震の発生はどうにもできないけれど、森に手を加えることで河川の氾濫・洪水、土砂災害などの二次災害を防ぐことができるんです。
このことをパっとひらめき、この夏から“焼塩エイミー”で新たに「森林再生事業」を始めることにしました。
小学校の裏山で子どもたちが遊ぶ未来を思い描いて……。
奥能登でも目立つ放置林
日本が直面している問題の一つに、いわゆる「放置林問題」があります。適切に森を手入れしてこそ、森の生物多様性をはじめ、雨水を溜め込んだり、土砂を安定させるといった「森の機能」が保たれるのですが、林業の担い手不足・高齢化、森林周辺地域の過疎化などの要因で十分な手入れがされず荒れた森が増えている。
世界農業遺産である「能登の里山里海」も例外ではなく、放置林が目立ちます。森の再生は防災や自然環境保全の観点はもとより、子どもたちが楽しく遊べる「場」を確保するうえでも重要だと私は感じています。
意外に思われるかもしれませんが、能登では家や学校など身近な場所に裏山や森があるのに、子どもたちはそことの距離感が遠いのです。
それは、森や裏山が荒れてしまっていることも一つの要因ではないかと思います。ただし、森が荒れるにはそれなりの事情がそれぞれにあるのです。
“焼塩エイミー”ならではのワクワクを森に
先日も、とある小学校の裏山の所有者の方に会いに行き、裏山の森を「子どもたちが楽しく遊べる森」にするために「こうしよう」「ああしよう」と話し合い、構想を練ってきました。
当社は、それぞれの事情を理解し、かつ地域の特性を生かしたやり方で課題を解決していきたい。まずは「子どもたちが楽しく遊べる森」を作り、大人も含めみんなが里山とワクワク関り続けられる「仕掛けと仕組み」を作りたい。
そこで私は森で草刈などの手入れを森づくりの先輩方に学んだり、アカデミックな森の専門家から植生などについて学んだりしながら、じいちゃん・ばあちゃんたちと山に入って山菜取りを楽しむなど里山でワクワクする体験を積み重ねています。



ところで“焼塩エイミー”って何の会社?
ワクワクすることをやりながら課題解決のタネ、見ぃーっけ
当社は「“若者×高齢者”の力で新たな事業を興し、全世代が主人公となってワクワク生きることができる地域をつくる会社」です。
名前の由来については前回の記事で紹介していますので、そちらをご参照ください。
4月の会社設立以来、高齢化率50%超など能登の課題を、我々若者とじいちゃん・ばあちゃん(主に上黒丸の高齢者)とのシナジーで、かつワクワクする方法で解決する事業を企画し、実験と検証を行ってきました
というよりも、じいちゃん・ばあちゃんたちと「ひたすら楽しく過ごす」ことをしていた、と言ったほうが正しいかもしれません。
あるおばあちゃんが「サンマ食べたいね」と言うから大量のサンマを買ってきて珪藻土の七輪で焼いて食べたり、ホタルの聖地に行ってホタルを見たり、集落で梅がなったら収穫してみんなで梅仕事をしたりと、いっしょに楽しいことをやってきました。
気がつけば、私にとってじいちゃん・ばあちゃんたちが「家族」のような存在になり、じいちゃん・ばあちゃんたちに対する私の解像度があがっていきました。
私たちが現在、取り組んでいること
楽しいことをやっているうちに、「“焼塩エイミー”ちょっと面白いよね」と思ってくれる人が、能登の中からも外からも集まってくださり、仲間になってくれました。
そのなかでも継続的に奧能登を訪れる人あるいは奥能登に根を張っている人で、「私は“焼塩エイミー”でこういうことがしたい‼」と意思表示をしてくれた方を柱(今夏『鬼滅の刃』にハマってしまった私は、事業部長のことを「柱」と呼んでいます)とし、現在、下記6つの事業に取り組んでいます(1つの事業に対し1柱、つまり事業部長1名)。
1. 宿泊事業
公費解体終了後、空き家が出てくると予想し、「住宅宿泊管理業者」の資格を取得しました。
空き家を利用して、一棟貸しの、家族やサークルの仲間など、大人数が泊まれる宿をやろうということで、宿として活用できそうな空き家を探したり、所有者の方と交渉を進めているところです。
2. 観光事業
大学のゼミ、企業のサマーインターンなど、団体向けに、奥能登各地の祭りや、集落での暮らしを体験するツアーを設計していきたいと思っています。
3. 森林再生事業
現在は、森の再生に取り組んでいる団体の森づくりに参加したり、大学の先生に植生などを教わったり、森の木々の枝葉や製材時に発生する端材、おがくずを利用して木質ペレットを製造している工場を視察するなど、森についてあらゆる角度から学びを深めています。
ここで得た知見も参考にしながら、まずは「子どもが楽しく遊べる森」の造成に取り組み、そして全世代が里山とワクワク関わり続ける仕掛けと仕組みを作ってまいります。
4. 食品販売事業
来年から上黒丸集落で「農村RMO(農村型地域運営組織)」が形成され、仮設の加工場ができる予定。それに伴い、ばあちゃんたちと、集落でとれる梅やメンマなどを「里山のおつまみ」として商品開発中です。
また、輪島市町野町で甚大な被害を受けた1849年創業の中納(なかの)酒造さんが、酒造りを復活させようと動き始めました。当社では、カナダの飲食店で勤務していた経験を持つ柱を中心に、中納酒造さんのお酒の輸出を支援する予定です。


5. 行政受託事業
観光庁「第2のふるさと」事業で珠洲市が選ばれ、プログラムの運営を受託。また、2025年11月から開始される石川県の「関係人口プラットフォーム」のアンバサダーとして企画を提案しています。
6. その他新規事業
宝立(ほうりゅう)町にある特別養護老人ホームの敷地内にできた地域の交流拠点「みつけかふぇ」を利用して、子ども(小学生から中学生)向けのイベントを企画・実施。今までに、海外経験のあるメンバーとアメリカからの移住者の3人で英会話イベントを実施したり、週末の「子どもの遊び場」としてボードゲームカフェやカラオケイベントを開催しました。
社内に6人の起業家がいる会社
各事業は、柱(事業部長)が中心となって進めていく形になっています。事業部制というよりも、一つの会社に6人の起業家がいる、という感じ。「これをやってください」というような、トップダウンではないんです。
6名の柱、それぞれが心から「これ、やりたい」「能登でこういうことに挑戦したい」と思ったことを、本人の裁量で実施する。それに対して、私を含め“焼塩エイミー”のメンバーは応援しあいます。具体的には、必要な人材を提供し合ったり、互いに助言・協力しあったり、資金を提供しあったりします。
これからも、“焼塩エイミー”の事業に関わるみなさんが、自分のやりたいことを追及できて、みんなで応援しあえる会社でありたいなと思っています。
「能登の森」に関わってください‼
熊、気候変動、花粉症……それぞれが、日々、感じている違和感
最後に「関わりシロ」についてお話させていただきます。前述の通り、当社は「6つの事業」に取り組みをはじめていますが、このなかで、いろんな方たちに関わっていただきたいと思っているのが森の事業です。
話が少し飛びますが、2025年11月現在、日本各地で「熊が出た」というニュースが連日報じられています。クマがエサとしているどんぐり(ブナの実)の凶作がここ数年続いており、エサを求めて熊が町まで下りてきているのです。
また、春先からスギ花粉症に悩まされる方が少なくないでしょう。林野庁の「スギ花粉発生源対策推進方針」のなかでは「花粉の少ない多様で健全な森林への転換等を促進していくことが重要である」としています。
何を言いたいのかというと、私たちが日常感じる違和感の源流をたどっていくと「森にたどり着くものがいくつかある」と言いたいのです。
ともに面白い森をつくりたい人、一見、森と関係がなさそうな方の視点、知恵も大歓迎
今、“焼塩エイミー”はある小学校の裏山を地主さんからお借りして、そこを子どもたちの遊び場にする、というプロジェクトを進めています。このプロジェクトに参加したい、面白い森の遊び場をいっしょに作りたい、という方がいましたら、ぜひご一報を。
また、野球の木製バットは、アオダモやホワイトアッシュなどの木材から作られるのですが、これらの樹木が育つ森「バットの森」を、バットのメーカーさんとコラボしながら、大勢のみなさんと育てるというアイディアもあります。かつて野球少年だった方が次代の子どもたちに夢を託して「バットの森」を育てるとか、素敵だなと思います。
このほかにも、家具や工芸品の素材となる広葉樹を育てたり、能登のばあちゃんがつくる「どんぐり帽子」をブランド化したらどうだろうかとか、「どんぐり拾いイベント」をやったらどうだとか、いろんなアイディアを仲間たちと検討しています。
業界や業種、そして能登という地域、さまざまな垣根を超え、いろんな方々との関わりを、私たちは必要としています。ピンときた方、ご連絡ください。
取材後記
大切なことだけど、この社会を良くしていくには必要なことだとわかっているけれど、「でも、おもしろくない」「つまらない」「だから、やらない」というパターンが、自分自身のなかにある。その「おもしろくない」をゲームにして新しい価値を宿すことが、“焼塩エイミー”さんは得意というか、そういうことにワクワクする癖があるようだ。
ことに代表の北村さんは昔から「この癖」があったようで、高校生のときに地域の美化・ゴミ拾い活動を制限時間内にミッションクリアしながらゴミを拾っていくゲームにしたイベント「清走中」を考案、その後このイベントは全国各地で開催されることになりました(事業承継した後も各地で開催中。ご本人は自分がファウンダーだったと大っぴらに語ろうとしない人であることをお伝えしたい)。
震災後、被災地支援で奥能登を訪れた北村さんは、能登のじいちゃん、ばあちゃん、仲間たちと出会い、「若者×高齢者」の力で新たな事業を興し、全世代が主人公となってワクワク生きることができる地域をつくる会社“焼塩エイミー”を創業。
「類は友を呼ぶ」とはまさにこのことか、北村さんのもとには、多くの人がおもしろがらないようなことに新しい価値を宿すことをワクワクしながら考え行動する仲間が集まり、今の、6人の柱からなる“焼塩エイミー”になったというわけです。
最近の北村さんたちは珠洲市大谷地区の方たちと「元旦を楽しく過ごせるようなゲームをつくる」ミッションに取り組まれているとのこと。
「なぜなら、能登の人たちにとって元旦は大切な人の命日であったり、『あの日』を思い出す日だから」(北村さん談)
こういう心根のやさしい若者たちが能登でチャレンジしていることを道井よりもうんと知っている人もたくさんいると思うのですが、それでも、一人でも多くの人に知ってもらえたらと心から思う。

