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地元民、復興関係者、観光客の胃袋を掴み、一歩先へ前進 “すずなり食堂”

合同会社すずキッチン

更新日:2025年6月12日

震災と豪雨、二重の被害。珠洲と金沢で二拠点生活を送る日々

震災・豪雨前の庄屋の館。県内外からたくさんの人が訪れていました

「道の駅すずなり」の敷地内にある「すずなり食堂」と「すずキッチン」は、令和6年能登半島地震と奥能登豪雨で全壊または半壊の被害を受けた珠洲市内の飲食店4事業者で作る 「合同会社すずキッチン」が運営しています。オープンしたのは昨年の9月。それぞれの事業者が本業を再開するまで、この仮設店舗で最長3年という期限付きで営業しています。    私、和田丈太郎(わだ・じょうたろう)は震災前、外浦の真浦町で「庄屋の館」という飲食店と旅館を営業しとったんです。元日の地震のときは一部損壊程度でしたが、インフラがやられてしまって、近隣の道路も通行止めになりました。特に水道の復旧には時間がかかり、1年以上経った5月中に復旧の見通しです。それもあってしばらく営業は無理やなと思っていたところに、9月の豪雨で庄屋の館は全壊。旅館も中規模半壊になりました。    その時にはこちらに食堂がオープンしていたし、家族は金沢で暮らしとりましたので、真浦町には誰もいませんでした。でも町内には流されて亡くなった方が出るほどの大きな被害がありました。  私はすずなりキッチンの近くに家を借りていますが、家族は金沢におり、2拠点生活を送っています。子どもらの環境も地震で大きく変わりましたしね。

避難所のお弁当づくりから仮設店舗での営業へ

すずなり食堂とすずキッチンは隣接しています

 地震後、2カ月ほどたったころ、うちと同様に営業できなくなっている珠洲市内の7つの飲食店でチームを作って、3月から8月の終わりまで避難所のお弁当を作っていました。  とはいえ避難所のお弁当ですから、そう長くは続かないだろうと、これからどうするかをみんなで考えました。それぞれの事業者がそれぞれ営業する、協力して店を出すなど、さまざまな方法を模索するなか、しばらくは復興に関わる工事関係者の需要もあるだろうからと、7事業者のうち残った4事業者が2つに分かれて仮設店舗で食堂とお弁当屋をやることになったんです。そろそろ震災から1年半が経ちますが、まだ本業再開の目途が立っていないメンバーもいるので、3年という仮設店舗の利用期限を延長できるよう、珠洲市に申し出をしているところです。

地元、工事関係者、観光客。それぞれに満足してもらえるメニューづくりを心がける

人気メニューは復興丼と震災前のお店(庄屋の館)の人気メニュータコカツ丼

 私は食堂を任されているのですが、メニュー構成はとても難しいです。  地元の人を大事にしたいし、工事関係者の需要もある。最近は能登応援ツアーなど、ツアーバスで他県から観光のお客さんも来てくださっています。  地元の方からすると大衆食堂のような店が全部なくなってしまっているので、そういうメニューを置いとかんとダメだと思うし、工事関係者には限られた時間である程度ボリュームのあるものをリーズナブルな値段で提供したいしということもあるので……。県外からいらっしゃる観光客には、例えば海鮮などを使って、珠洲・能登らしいメニューを取り揃えておきたいですし。    今、食堂の一番のウリは、能登復興にかけた復興丼です。震災前の店舗での人気メニューだったタコカツ(タコにパン粉をつけて揚げてある)やブリ三昧丼も提供していますし、工事関係者の方には毎日中身が変わり比較的リーズナブルなきまぐれランチが人気です。

目の前にあるさまざまな課題を解決しながら前に進む

和田さんとすずなり食堂のスタッフの皆さん

 ふだんは私を入れてスタッフ6〜7人で店を回しています。営業時間は11時から14時半(ラストオーダーは14時)。木、金、土は17時半から21時まで夜も営業しています。    現状ではスタッフもなんとか確保できているので、人の心配はしていません。少し不安に感じているのは、これから本業再開に向けて動くメンバーも出てきますので、その時にどう対応するかいうこと。  また、今は工事関係者が他県からお客さんとして来てくれていますが、その方たちがいなくなったらと思うと、とても心配です。また、地震とは直接関係ありませんが、昨今、物価が高騰していますので、心苦しくはあるのですが、それに合わせて値段を変えることも考えています。    今は店にはスタッフがしっかりいるので、手伝ってくれるボランティアさんは必要ないかなって思っています。もし手伝っていただけるなら、能登の現状を伝えたり、情報発信の方法をアドバイスしてくれたり、そんな形がいいと思います。    能登は広いですからね。復興はまだまだこれからという場所もたくさんあります。ぜひ実際に訪ねていただいて「まだこんなに厳しいところがあるんだよ」ということを周りの人に伝えていってほしいです。

地震後再認識! 人と人の繋がりの大切さ

街のランドマーク的存在である道の駅すずなり

 地震後、悪い面ばかりが強調されますが、生活環境がガラっと変わったり、地域の人と離れてしまったりしても、人と人の繋がりはしっかり残っていますよ。    私自身は震災直後、飲食店と旅館の今後の方向性を考えて改修を考えていました。復旧作業をスタートさせてはいたものの、迷いもありました。それが豪雨で全部ダメになってしまった。でももう一度最初から始められるという踏ん切りもつきました。  何より周りの人に助けられたっていうのかな。地域に住んどる人もそうだけど、応援してくれる人がたくさんいて、すごく励まされました。以前のお客さんだけではなく、「すずなり食堂」を始めてから知り合った人もたくさんいます。そういう人たちがおらんかったら、どん底まで行ってしまったかもしれません。やっぱり人の力って大きいですよね。    能登の魅力は、地域と人と繋がりじゃないですかね。「すずなり食堂」のある珠洲市は比較的人間関係が作りやすいですし、震災前に住んでいた真浦町は、比較的、団結力が強かったです。それぞれ引きつける魅力があるんじゃないでしょうか。  これから移住者の方だけでなく、外部からもたくさんの人が入ってきそうだとは思うけれど、やっぱ能登らしさっていうか、人や自然はそのまま残っとってほしいですね。

ボランティアに作業を依頼する難しさと理解してほしいこと

街のあちこちで見かけた道路の陥没。復興はまだ道半ばです(撮影:2025年4月29日)

 私自身についての具体的なビジョンはまだできていませんが、珠洲市で生業を続けていきたいなとは思っています。どういうスタイルがいいのかっていうのはまだ見えていないんですけれど、料理を作るのが好きなんで歳をとってからも自分でできればというのが希望です。    ありがたいことに手伝いに来たいと言ってくれる人はおるんですが、今は生業だけではなく他の組織に属して携わっている仕事や枠割もあります。やらなくてはいけないことが多いもんで、ボランティアさんに何かをお願いしようと、考えたり、打ち合わせをしたりすることで、やるべきことのどれもが手につかんようなときもあります。    手伝ってくれるのはとても助かるのだけど、私も含めてここら辺の人は「自分でやらなくてはいけない」みたいに思っているのかもしれない。そういうことを理解してくれて、私たち自身があまり得意ではないような、事務的な作業だったり、資料を作ったりを手伝ってもらえるといいんでしょうね。    それができれば、ボランティアの方にお願いできることはもしかしたらもっとあるかもしれない、と思ってはいるのですが……。  2024年の能登半島地震から1年半。復興はまだ道半ばですが、地域の絆と人の力に支えられながら、一歩ずつ前に進んでいます。

「すずなり食堂」について

「すずなり食堂」は、「道の駅すずなり」敷地内に、「令和6年能登半島地震」で被害を受けた珠洲市内の4つの飲食店が設立した「合同会社すずキッチン」が仮設店舗で営業する食堂です。食堂の隣にはお弁当の販売をする「すずキッチン」も併設。震災で気軽に食べに行ける店がなくなってしまった地元の人、復興支援の工事関係者、そして少しずつ増えている観光客など、たくさんの人々が能登の味を求めて訪れています。

事業者プロフィール

合同会社すずキッチン

代表者:坂本信子 所在地:石川県珠洲市野々江町シ部15

取材後記

 震災、豪雨前、外浦で和田さんが手がけていた旅館、飲食店には、たくさんのお客さんが訪れていたそうです。そして今「すずなりキッチン」には、県内、県外からたくさんの人が訪れます。もちろん能登らしいおいしい料理を目当てに来る人は多いでしょうが、「和田さんに会いたい」と訪ねて来る人もきっとたくさんいるはずです。だって、短時間しかお話ししなかった私でさえ、和田さんの柔らかな能登弁と朴訥なお人柄にすっかり魅了されたのですから。  和田さんは昨年の12月まで外浦の避難所で生活していました。被災当事者の気持ちを忘れない和田さんだから、さまざまな立場の人の状況や気持ちを理解できるのでしょうし、そういう和田さんの周りにたくさんの支援の輪が広がっているのだと思います。  取材時は営業が終わってからだったので、和田さんお薦めの復興丼が食べられなかったことが食いしん坊の私の心残りですw

米谷美恵(よねや・みえ、インタビューライター)

 インタビューライターとして20年以上にわたり、メディアや企業、自治体など、さまざまなジャンル、媒体で2,000人以上の方々にお話を聞いてきました。好物は「人の話」。人、場所、物、想い。そのすべてに寄り添ったコンテンツ作成を心がけています。話し手の言葉に耳を傾け、ことばを整え、読んだ人の心に届くように形にしていく──。「対話から生まれる想い」を大切にしています。

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