ロゴ
画像

珠洲焼の魅力を地元から伝え続ける──“Gallery 舟あそび”再建への思い

Gallery 舟あそび

更新日:2025年9月23日

取り壊し寸前の日本家屋をギャラリーに

 私、舟見有加(ふなみ・ゆか)は、珠洲市若山町で「Gallery 舟あそび」を17年間、経営してきました。  もともとは金沢市出身で、金沢のギャラリーに5年間ほど勤めていました。そこで珠洲焼の陶芸家・篠原 敬(しのはら・たかし)と出会い、パートナーとして彼と暮らし、作品を展示するギャラリーを珠洲に開こうと考えました。

珠洲焼の作家・篠原 敬さんの作品(舟見有加さん提供)

 ギャラリーといっても白いキューブの箱ではなく、美しい光とか床の間のある日本家屋に、その暮らしのなかで自分が美しいと思うものを飾りたい。そんな家を珠洲で探しました。  そんななか、東京の銀座で篠原が個展を開いたときに、東京在住の方で、たまたま珠洲にお家を持っているというお客さんが来られました。私が話をお聞きしていると、そのおうちの2軒隣に、取り壊し予定の家があるというのです。  気になりながら私が石川に戻ると、あらためてその方から電話をいただき、もう1週間もないぐらいのうちにその家が取り壊されるという話を聞きました。それで急いで現地を見に行ったら、場所的にも物件的にも非常にいいおうちでした。そして大家さんにお会いすると、「使いたいなら自由に使っていいよ」と言ってくださって。おうちもすてきだったんですが、それ以上にその大家さんご夫婦がすてきな方たちでした。このご縁を大事にしたいと思い、ギャラリー兼住宅として家を借りることにしました。それが2007年のことです。  とはいえ長く空き家だったので、中は暗くてホコリだらけ。掃除をしようとすると、コウモリがいたり、ハチがいたり……という状態。そこに少しずつ手を入れて、壁を抜いて窓にするなどして明るくして、半年後の2008年10 月にギャラリーとして正式にオープンできました。

珠洲市若山町の古民家を活用して2008年にオープンした「Gallery 舟あそび」(舟見有加さん提供)

「裸の焼き物」珠洲焼本来の魅力を伝えたい

「舟あそび」という名称は私の名字と響きから名付けました。ゆらゆらと舟あそびをするようなイメージもあり、企画によってギャラリーの空間を変えながら、あそぶように夢中になってやれたらいいな、なんて思いも込めました。  篠原がいう言葉なのですが、珠洲焼は「裸の焼き物」です。焼き締めなので、本当に「素」のまま。もともとは大陸から伝わってきた技法だそうですが、焼き締め独特の美しさというのでしょうか、高台の部分が小さくて一見、不安定なんですが、そこからすり鉢状にすっと立ち上がっていく姿が、すごくすてきだと思います。  それから「黒」ということ。黒はなんでも受け止めてくれます。料理のいろんな色も、お花の瑞々しさや生命力みたいなものも。  そんな魅力のある珠洲焼を珠洲の古民家に並べることで、自然の美しさや人の美しさ、作り手の人柄や実像みたいなものを含めて伝えられたらいいなと思って、ギャラリーを続けてきました。ところが、自然は美しいだけでなく、怖ろしいものだと、思い知らされたのが今回の震災です。

古民家を活用して珠洲焼を展示していた、震災前のギャラリー(撮影:2022年6月 舟見有加さん提供)

これまでにない揺れで工房の新しい窯も崩れる

 2024年元日、私はギャラリー兼住宅の台所にいました。最初の揺れで冷蔵庫などを手で押さえ、これはひどいなと思い、避難する際に持って出たいものを入れておいたリュックを取りに行きました。そこに携帯の充電器だけがない! と気がついて取りに行っていたら、2回目の揺れが来たんです。  それはもう大きなもので、たまらず家を飛び出しました。揺れというより、地面が回るような、映画のCGの世界にいるような感覚でした。  実は、私は1995年の阪神・淡路大震災のときも、震源地に近い兵庫県にいたので、おそらく震度7の揺れは体験しています。しかし、今回はそれよりひどい揺れだと感じました。  もともとギャラリーは毎年10月か11月でクローズして、次の年の春にオープンするサイクル。だから1月は基本的に作品を展示していませんでした。今回の地震で、しつらえとして飾っているものや常設のものなど、いくつか割れたものもありますが、あれだけの揺れがあったことを思えば私自身もけがはせずに済み、本当によかったです。  一方、ギャラリーから車で10分ほどのところにある篠原の工房は、2022年6月と23年5月の地震でも被害を受けていました。特に23年の地震は珠洲で震度6強の揺れで、ストックしていた作品がかなり割れ、窯も崩れてしまいました。篠原は一時、仕事を続けることに不安を感じていましたが、全国の陶芸仲間や、能登と縁の深い俳優の常盤貴子さんも支援に駆け付けてくれ、窯を新設。2024年1月20日に初窯の火入れをしようと準備していたさなかに、今回の大地震が来てしまったのです。  工房を見に行くと、制作中の作品も新しい窯も、ほとんどダメになっていました。

元日の地震で制作途中の作品などが壊れた篠原さんの工房(撮影:2024年1月5日 舟見有加さん提供)

窯の再建と「一人一花」プロジェクトにも参加

 でも、篠原は前回とは違っていました。「またつくればいい」と言って、すぐ再建に向けて動き出しました。  ギャラリーも最終的に公費解体せざるを得ないほどのダメージを受け、私たちは2次避難で野々市市に仮住まいをしながら、私は企画していた展覧会を以前勤めていた金沢のギャラリーでさせていただき、篠原は珠洲に通って壊れた作品や瓦礫の片付けをしました。SNSで状況を発信すると、全国から珠洲焼を思う方たちが来てくれて、窯の再建のために一つずつレンガを整理する作業が始まりました。常盤さんもまた訪ねてきてくれましたし、夏には建築家の坂茂さんが紙管の仮設工房を造ってくださいました。  2024年の暮れに飯田町の仮設住宅への入居が決まり、久しぶりの珠洲での生活が始まったころ、常盤さんを通じて「一人一花 in 能登半島プロジェクト」のことを知りました。福岡市で行われていた「一人一花運動」をモデルに、震災後に解体された跡地へ各地の専門家の皆さんや地域の人たちと一緒に花を植えるという活動です。能登を花でいっぱいにしていこうと、常盤さんもアンバサダーとして呼び掛け役となって各地域で活動を進めており、私に珠洲地域の担当をしてほしいと声をかけてくださいました。  このプロジェクトでお花を植える活動を通して、地域の人たちとの新しいつながりが増えました。篠原の窯の再建でも、いろんな方たちとつながり、新しい出会いがあります。自然を相手にすることの大変さや楽しさ、自然の怖さと強さをともに感じながら、「みんなで珠洲の未来をつくる」活動に自分が関われていると感じています。

工房で崩れた窯のレンガを積み直すボランティアの女性(撮影:2025年4月25日 舟見有加さん提供)

「美しいこと」が人を前向きにさせてくれる

 この震災にあって、私も何のためにギャラリーをしているんだろうとあらためて考えました。  モノがあふれる時代に、こうやってモノが壊れて、捨てなければいけないという現実。建物が解体され、更地になった場所に花を植える。そして、その花をいける。掃除をすることや、花をいけることで美しくなる。それは人の気持ちをすごく前向きにさせてくれる。私はそんな美しいことを集めたい。美しいことを意識すれば見えてくる何かを届けたい。それを心の中や暮らしのなかに、一つでも取り込んでいただけるきっかけとなる場を作りたい。  そんな思いで、ギャラリーを再建する決心をしました。  心配してくださる皆さんからは、まだ危ないんだから、珠洲ではなく金沢でやればいいんじゃないかとも言われました。でも、やっぱり私がやりたいギャラリーは、珠洲の美しい自然と人のなかにあるもの。  そんなとき、古民家と同じ大家さんが、すぐ近くに別の土地を持っていることを知らされました。  もともと古民家は大家さんから借りていたので、県の「なりわい再建支援補助金」を使おうとすると、大家さんが家を再建して申請しなければなりません。 「だったら近くの更地を使って新しく建てたら」  そう大家さんは言ってくださいました。本当にありがたい話でした。

ギャラリーの再建予定地(撮影:2024年8月 舟見有加さん提供)

珠洲焼が実際に「使われる」ギャラリーに

 その予定地に立つ新ギャラリーを今、茨城県で建築家をしている義理の兄が設計してくれています。平屋の木造建築で、珠洲の風景に溶け込む静かな佇まいの建物になる予定です。  震災があったことで、古民家での17年間のスタイルは完結した感じがあります。今度は日本の伝統的な美意識だけではなく、人と人、モノと人、その間にある「間」みたいなものも含めて伝えたいと考えています。  それから、この際やりたいことをやろうと、ギャラリーのほかに和室とオープンキッチンを設けることにしました。そこで「お茶事(ちゃじ)」ができたらと思っています。京都で学んでいるお茶事を自分流に、懐石料理をつくって、お茶を一杯お出しできたらと。もちろん、珠洲焼の器を使って、実際に「使われている」珠洲焼の美しさを見ていただければと思っています。  資金面など心配なことはたくさんありますが、順調にいけば来年、2026年の秋ごろにはオープンできる予定です。新しい「舟あそび」は、皆さんにとって開かれた出会いの場、笑顔の花がいっぱい咲く場となるように準備しています。また、「一人一花」のお花植えも各地で行われていますので、ぜひそちらにも参加していただいて、能登に笑顔の花を増やしましょう。

ギャラリーの再建と「一人一花」プロジェクトに走り回る舟見有加さん(撮影:加藤直人)

事業者プロフィール

Gallery 舟あそび

代表者:舟見有加 所在地:石川県珠洲市若山町(再建中)

取材後記

 取材は珠洲市内ではなく、舟見さんが「一人一花」プロジェクトの関係で立ち寄っていた輪島市で行わせてもらいました。  今の悩みを聞くと「体が一つしかない」こと。ギャラリー再建のための助成金の申請をはじめ、窯の再建や「一人一花」プロジェクトに走り回って確かに忙しそうでした。  一方で「何かしたい」「手伝いたい」という人たちを受け入れ、一つ一つレンガを積んでもらったり、花の苗を植えてもらったりしているそうです。時間はかかるけれど、そうすることで一人ひとりが珠洲や珠洲焼のことを思い、幸せになるのならば、それが「本当の復興」ではないかと舟見さん。 「珠洲は珠洲の時間で、『珠洲時間』で復興していけばいいと私は思っています」という言葉が印象的でした。  今年、2025年4月から始まった窯のレンガ積みは、8月末にようやく終わったそうです。その窯でじっくりと焼いた珠洲焼が飾られる新ギャラリーで、珠洲焼の器にいれたお茶をゆっくりと味わう。そんな贅沢な「珠洲時間」が体験できる日を、楽しみに待ちたいと思います。

関口威人(せきぐち・たけと、ジャーナリスト)、加藤直人(かとう・なおと、カメラマン)

関口威人  1997年、中日新聞社に入社し、初任地は金沢本社(北陸中日新聞)。整理部記者として内勤を終えたあとに片町や香林坊で飲み歩き、休日は能登や加賀をドライブで走り回りました。現在は名古屋を拠点とするフリーランスとして、主にヤフーニュースと東洋経済で防災や地域経済などについて執筆しています。 加藤直人  三重県伊勢市出身、在住。地元の行事やモータースポーツを被写体としながら、地域防災活動にも取り組み、能登では特に技術系ボランティアの活動を追い掛けてきました。現在は伊勢神宮の2033年の式年遷宮に向けた各種行事も記録しています。

注目の記事