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輪島朝市の味と文化を守りたい! “南谷良枝商店”が金沢で再起の一歩

南谷良枝商店(有限会社鶴竹)

更新日:2025年8月22日

17歳のときから朝市に出店、全国に商品発送も

 私、南谷良枝(みなみだに・よしえ)は、高校生だった17歳のときから輪島の朝市に出ていました。  ばあちゃん(祖母)が漁師町の納屋で加工した魚を1軒1軒回って売る仕事をしていましたが、私はそれとは別に朝市で自分の店を構えました。それが「南谷良枝商店」(有限会社鶴竹)です。震災前は輪島市内にある加工場で海産物をさばき、干物や塩辛にして朝市で販売したり、オンラインショップから全国に発送したりしていました。

震災前の輪島朝市の様子。左が南谷良枝さん、中央が娘の美有さん、右が良枝さんの母の鶴竹友子さん(南谷良枝さん提供)

自宅や加工場は激しく被災、伝統のいしるも流出

 2024年の元日は家族4人で津幡町の倶利伽羅不動寺へ初詣に行き、その帰り道で地震にあいました。  最初に車の中で揺れを感じたときは「また珠洲の地震かな?」と思ったぐらいで、念のため輪島に残っていた母に電話をして無事を確認しました。しかしその直後、2回目の地震でさらに激しく揺れ、道路沿いの家の壁や瓦がバラバラと落ちてきました。空気自体がぶよんぶよんと揺れている感覚で、これはただごとでないと思いました。  大津波警報が出るなか、よく知らない土地で高台に避難し、道の駅で車中泊をしました。テレビやラジオを通じて輪島朝市の火事を知り、携帯の通じない母や、家に残した犬のことを思うと震えるぐらい怖くて眠れませんでした。  朝になって輪島に向かいましたが、通行止めでいったん引き返したり、いつ崩れてくるかわからないような道を通ったりして、家に戻れたのは1月2日の夕方。幸い、母は集会所に避難していて、犬も見つかりました。実家は高台にあって倒壊はしていなかったのですが、家の中はごみ箱のようにグチャグチャ。加工場の土地には大きな地割れが走り、代々受け継いでいた「いしる(魚醤)」の樽がひっくり返って、中身が流れ出てしまっていました。

加工場の裏庭に現れた地割れ(撮影:2024年2月頃 南谷さん提供)

 ただ、食品を扱う商売ですから食材はもともといっぱいあり、飲み水もたまたま多めに買ってあったので、それを身内に渡したり、炊き出しや避難所に提供しに行ったりしました。当時は「私が輪島を守らないと!」ぐらいの思いで動き回っていました。でも、娘や息子を含めた家族の生活を考えると、この状態のままではいられないと、12日ほど経ったあと、埼玉県に避難することに。仕方がないのですが、自分が「輪島を捨てていく」ような気持ちになり、ただただ苦しかったです。

全国からの応援メッセージで「もう1回」と奮起

 父が7年前に亡くなり、しばらくするとコロナ禍になって過酷な経営が続きました。それでもオンラインショップは順調に売上が伸び、加工場をリフォームした借金もようやく返し終えるというタイミングだったんです。焼け野原のようになった輪島市河井町の朝市通りを前に、「終わった」という思いが頭をよぎりました。  でも、そんなときに全国のお得意さまからたくさんのメールやメッセージをいただきました。1,000件ぐらいはあったので、ほとんど返事はできなかったのですが、「良枝さんが作ったものをまた食べたい」とか「いつまでも待ってるから」といったメッセージを読んだときに、「とりあえずもう1回、生きて頑張ろう!」と思い、「商売の脳」に切り替わりました。

全国から届いた応援メッセージで再起を決意した南谷良枝さん(撮影:加藤直人)

 埼玉から石川へ戻り、金沢や加賀で2次避難をしながら、車を2台売って従業員に給料を払いました。2024年3月まで水が出なかったので輪島で仕事はできませんでしたが、富山県の友達の工場を借りて商品を加工・発送したり、被災した農家のシイタケを売ったりし始めました。  朝市のおばあちゃんたちも「子どもの家やアパートにずっといたらボケる」「何かやりたい」と言い始めて、「じゃあ金沢で出張朝市をやろう!」という話になりました。そこで最初に朝市をさせてもらえたのが金沢の漁師町である金石(かないわ)地区です。漁師町というのは普通、他の漁師町の人を受け入れてくれないものですが、この地区は議員や経営者、商工会や婦人会などを含めて、みんなで私たちを受け入れてくれました。  さらに金石には、2次避難先で住まいの相談をしていた不動産会社の社長さんがいくつか物件を持っていました。家探しが落ち着いたあとに仕事場の相談をしたところ、「いいところがあるよ」と、金石の金物店だった空き店舗を貸してくれることに。しかもリフォームまでして、1階は木があふれる素朴な雰囲気の店舗に、2階は「いつか住めるように」と3つの部屋とお風呂まで付けてくれたんです。

金沢市金石地区にオープンした「南谷良枝商店金沢支店」(撮影:加藤直人)

 はじめは店舗というより発送拠点を作りたかっただけなのですが、地区の人たちに販売もできるお店にしたらと言われてカウンターを設置。オープンの前日に商品棚も付けて、2025年6月20日に「南谷良枝商店金沢支店」をオープンできました。自社の商品25品に加えて、せっかくなら能登のアンテナショップのようにしたいと思い、珠洲市や能登町の商品も扱い始めました。おかげさまでオープン以来、とても好評で忙しくしています。

娘たち世代の感性を生かして、輪島朝市の復活を

 自分で何もかもやれと言われたら、とてもこんなお店はスタートできなかったでしょう。生前の父からは「人を大切にしろ」と言い聞かされてきたのですが、震災後は本当に人のありがたみを身にしみて感じています。人に生かされているなあって、つくづく思います。  輪島で魚を仕入れていた業者も、震災直後は能登町や七尾市まで買い付けに行って、私に魚をわけてくれました。その恩返しのためにも、魚の加工は今も輪島で、主に夫と娘が金沢から行ったり来たりしながらしてくれています。  加工場も本当は公費解体の予定でしたが、建て直しのための見積もりを取ったら金額が大きくてびっくり。解体せずに修理しようとも考えていますが、地割れはまだ怖いし、県の「なりわい再建支援補助金」などがどこまで使えるか、先が見えない状況です。でも、いしるを作るための樽の発注は既にしています。いしるの製造が再開できたら、輪島で「南谷良枝商店本店」を本格的に再オープンするのが次の目標。輪島で育って、輪島で生かされてきたので、やっぱり輪島に戻って、恩返しをしたいです。  また、私は出張輪島朝市の発起人として、朝市のおばあちゃんたちを全国に連れていかないといけません。みんなずっと輪島で頑張ってきたので、石川県から出たことがないとか、新幹線に乗ったことがないっていう人も。でも、そうやっておばあちゃんたちと他の地域の朝市も見て、いいところはマネをしながら、やっぱり輪島でしかできない朝市をもう一度復活させたいです。それは5年後ぐらいになるかもしれないので、そのときの主役は私の娘たちの世代。若い感性が生かされるように、私は娘たちとおばあちゃんたちの橋渡しをする立場かなって思っています。

輪島の海の味を凝縮させた南谷良枝商店の商品(撮影:関口威人)

 出張朝市の情報は、南谷良枝商店のInstagramでお知らせしていますので、お近くで開催される場合は足を運んでいただいたり、情報をシェアしたりしていただけるとうれしいです。

事業者プロフィール

南谷良枝商店(有限会社鶴竹)

代表者:南谷良枝 所在地:本店 石川県輪島市気勝平町52-85/金沢支店 石川県金沢市金石西2-10-29

取材後記

 トレードマークのピンク色のポロシャツに身を包み、南谷さんは終始、華やかな雰囲気で話をしてくれました。ただ、震災直後から常に前向きで来たかというと「前には進んではいないのかも」という言葉も。 「前に進んではいないけど、止まってはいなかった。被災者やし、いろんなものを失ったけど、とにかく毎日忙しくしてました」  そんな南谷さんの姿を、そばでずっと見ていたのが娘の美有さん。この日は輪島の加工場に行っていて会えませんでしたが、美有さんが立ち上げたクラウドファンディングのサイト(2025年8月現在、募集終了)などを見ると、お母さんにひけを取らずに頼もしそうです。 「私は落ち込んではいなかったんですけど、娘は多分、私のことをかわいそうだと思ったんでしょう。こんな母ちゃんを守らないといけないって思い込んで、クラウドファンディングを始めたようです。私はクラファンに抵抗感があってダメやって言ったんですけど、『母ちゃん、そんなこと言ってたらつぶれるよ』って。震災後に頼もしくなったのかもしれません」と微笑んだ南谷さん。  今は家族それぞれに忙しくてバラバラな日が多いそうですが、あの元日前の一家団らんを一日でも早く取り戻してほしい。そう願いながら店に並ぶ商品を買わせていただきました。

関口威人(せきぐち・たけと、ジャーナリスト)、加藤直人(かとう・なおと、カメラマン)

関口威人  1997年、中日新聞社に入社し、初任地は金沢本社(北陸中日新聞)。整理部記者として内勤を終えたあとに片町や香林坊で飲み歩き、休日は能登や加賀をドライブで走り回りました。現在は名古屋を拠点とするフリーランスとして、主にヤフーニュースと東洋経済で防災や地域経済などについて執筆しています。 加藤直人  三重県伊勢市出身、在住。地元の行事やモータースポーツを被写体としながら、地域防災活動にも取り組み、能登では特に技術系ボランティアの活動を追い掛けてきました。現在は伊勢神宮の2033年の式年遷宮に向けた各種行事も記録しています。

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