石川県輪島市、景勝地として知られる「白米千枚田(しろよねせんまいだ)」のほど近くに、この地で水産加工業を営む“輪島舳倉屋(わじまへぐらや)”の売店があります。コンテナハウスの窓から見えるのは、一面の能登ブルー。物販のほかカフェスペースが併設されており、カフェのメニューは、ガパオライス、バインミー、焼きおにぎり、そして能登ミルクとコラボしたジェラートなど。一見、水産加工業とは縁遠そうなラインナップですが、メニューの一部には古くから能登に伝わる魚醤「いしる」を使っているのだそう。
1989年創業の“輪島舳倉屋”の看板商品である「いしる」を製造・販売する、女将・岩崎律子(いわさき・りつこ)さんは、山口県下関市の出身。外から来たからこそ見えた「いしる」の価値と、その文化を次世代につなぐための活動をお聞きしました。
[取材・写真・構成 伊藤璃帆子]
嫁ぎ先に伝わる発酵調味料「いしる」に魅了されて

“輪島舳倉屋”の岩崎律子です。
出身は山口県の下関です。水産加工業を営む夫が原料の買い付けで下関に来ていたことがあり、飲食店でたまたま出会って、私が36歳のときに結婚して、夫の実家で水産加工業を営む”舳倉屋”に入りました。
嫁ぐまで「いしる」という調味料のことは、まったく知りませんでした。お醤油みたいなものかなと想像していたら……香りと塩辛さに衝撃を受けました。でも、その衝撃は決して悪い意味じゃなくて、とても豊かな文化だなと感じたのを今も思い出します。
1955年ごろまでは、奥能登で漁業を営む家庭では自家消費用に自宅の納屋で「いしる」を製造することが一般的だったそうで、冬になると、樽から取り出して、料理や漬物に使う、ごく日常的な存在。この地で生まれ育った方にとっては当たり前の調味料です。

「いしる」の作り方に関わるようになってから、シンプルながらも奥深い世界にどんどん引き込まれていきました。加工場から出るイカの内臓に塩だけをして、タンクに詰めて、あとは1年半から2年ほうっておく。途中で混ぜることすらしないんです。一般的に、調味料を作るときには、いろいろなものを調合したり、温度を管理したり、人の手を加えると思うんですが、「いしる」の場合は塩だけで、しかも野晒しで、自分たちの力でおいしいエキスになっていく。その過程を見ているうちに、すっかり虜になっていました。
野晒し32台のタンク──塩と時間が生み出す味

“輪島舳倉屋”のいしるは、海を見下ろす敷地に並ぶ32台の屋外タンクで作られます。
元々、義父の代で工場を新設を計画したときは室内にタンクを置く予定だったと聞いていますが、義父がベトナムへ視察に行った際に、屋外で魚醤を作っているのを見て、真似したら一段とおいしくなったのだそうです。
能登は、夏には猛暑になり、冬は厳しい寒さがやって来ます。その激しい寒暖差が発酵をよく促してくれます。ここは海のすぐそばなので、波の音がずっと聞こえていて、その影響もあるかな、なんて思っています。最近のワイナリーだと、ワインの樽に音楽を聞かせたりするところもありますし、それと同じで、波音が「いしる」の味を良くしているんじゃないかしら。

原料は主にイカの内臓と塩。イカの仕入れ先は能登半島の先端近く、能登町小木(おぎ)という港町のイカを積極的に使っています。小木は震災の影響がとくに大きかったので、応援したいと思っているんです。
仕込みで一番大事なのは、最初の塩加減。タンクに詰めたら途中で手を加えられないので、仕込む前の見極めがすべてを左右します。イカの産地や獲れる時期によって内臓の状態が違うので、長年の経験が必要な判断です。
完成した「いしる」は、濾過だけして、そのまま瓶詰めします。ほかの生産者さんのものは火入れしているのがほとんどですが、うちのは生。透明感のある琥珀色と、まろやかさがうちの「いしる」の特徴です。
「醤油のようには使わないで」──いしるの、正しい始め方

「いしる」を初めて買っていただく方には、必ずお伝えすることがあります。「醤油と同じ量で使わないで」ということです。「いしる」は醤油よりも味わいが強いので、たくさん入れてしまうと苦手意識が芽生えてしまうかも。まずは隠し味として、少しずつ慣れていってほしいなと。

慣れたら、本当にいろんな料理に使ってみて。チャーハンなら醤油の代わりにいしるをひと回し。ニンニクやオリーブオイルと相性が良いので、ペペロンチーノを作るときなどにさっと入れると、いつもと違った味わいになります。そこに海の具材を入れたら、さらに美味しい! イカやタラの白子なんかを入れたペペロンチーノなども最高です。
たくさんの人に「いしる」の魅力を知ってほしくて、体験ワークショップも開催しています。大人はもちろん、お子さんも体験できるようなもので、イカをキッチンバサミでさばいて、いしるを揉み込んで「自分のいしる漬け」を持って帰ってもらう。製造者のところに自分の名前を書いてもらうので、愛着も湧くみたい。「いしる」を知ってもらうために、これからも続けていきたいと思っています。
震災で建物を失い、コンテナハウスで再出発

2024年1月1日の地震では、スタッフも家族も全員無事でした。でも商品の多くが被災して、一時は廃業も頭をよぎりました。そんなときに、ずっと買い続けてくれているお客様から「輪島舳倉屋のいしるがなくなってしまったら困る」と言ってくださって。味噌や醤油ならわかりますが、「いしる」がそのような存在であると言ってくださったことが、本当に大きな励みになりました。

震災後は、想像だにしないいくつもの苦難がありましたが「いしる」の製造は止めませんでした。ほかの生産者さんの多くが甚大な被害を受けるなかで、うちのいしるが残っていたことが、加工品の製造を続けられた理由でもあります。「うちのいしるは強いね」って、夫とよく話しているんです。
クラウドファンディングにも挑戦し、多くの方にご支援をいただいたおかげで、このコンテナハウスで“輪島舳倉屋”として再出発することができました。

売店には、”輪島舳倉屋”の商品だけではなく、震災の被害を受けた能登各地の生産者さんたちの商品も並べています。私が皆さんに「置かせてください」とお願いして集めたものです。来てくださったお客様に、能登のいろんなものを手に取ってもらいたくて。


“輪島舳倉屋”がある稲舟地区は、震災で立ち寄れる場所がほとんどなくなってしまったのですが、この売店を立ち上げてからというもの、工事関係者の方が平日の現場から週末も帰らずに立ち寄ってくださいます。輪島の中心部から白米千枚田に向かう道沿いにはスーパーもコンビニもないので、“輪島舳倉屋”で買い物して、能登のものを食べてもらえるだけで嬉しい気持ちでいっぱいになります。
能登の味を絶やさないために、私にできること

「いしる」は江戸時代から能登で作られてきた調味料ですが、今は生産者の高齢化が進んでいて、このままでは担い手がいなくなってしまいそうなんです。私が「いしる」を広める活動に力を入れているのは、そういう危機感があるから。

“輪島舳倉屋”にカフェスペースを併設し、「いしる」を使ったメニューを出しているのは「いしる」を多くの人に知ってほしいから。いしるを使ったガパオライス、いしる風味のバインミー、いしるの焼きおにぎり、能登ミルクとコラボした、いしるジェラート。「これにいしるが入っているの?」と驚かれることが多くて、それがまた話のきっかけになるんです。テイクアウトして、日本海を眺めながら食べてもらえるのも嬉しくて。

タンクが置かれている場所は、いしるにとっては最高の環境ですが、人が働くには過酷な場所でもある。だから今は、発酵に興味のある方を体験として受け入れ、タンクの掃除や仕込みを1〜2日だけ手伝ってもらう取り組みも始めたいと思っています。
能登へ来てくださった方には「いしる」を使った料理を食べていってほしい。ここに来て「いしる」を好きになってくれる人が一人でも増えてくれたら。それが、この文化を絶やさないための、私にできることだと思っています。
「いしる」という能登の食文化に興味を持ち、関わってくださる方は、ぜひご連絡いただきたいと思います。
取材後記

屋号の「舳倉屋」とは、輪島市の沖合約50kmに位置する舳倉島から。創業から海と関わってきたルーツにちなんで名付けられているそう。
売店に所狭しと並ぶ商品は、どれもユニークで興味深いものばかりで、当初いしるを買うつもりだったのですが、いろいろと欲しいものが増えてしまいました(笑)
帰り際には、ご主人の直(なお)さんが駆けつけてくださり、いしるを使った商品をたくさん持たせてくれました。特に、いかをいしるで漬けたものが感動的なおいしさで! 焼きはじめたとたんに立ち上る香りだけでお酒が何杯か飲めそうな! まるで能登の海が自分の台所に来たように感じました。

