横井商店の歴史は、1924年(大正13年)、石川県能登町松波(のとちょう・まつなみ)の地に「よろず屋」として始まり、およそ一世紀ものあいだ、地域の暮らしに寄り添いながら、受け継がれてきました。
そして、この店が約100年の時を超えて守り続けてきた宝が、「松波米飴」(まつなみ・こめあめ)です。家族だけで、一切の妥協なく昔ながらの製法を守り抜き、地元産の米と大麦だけを使い、とろりとした優しい甘さの米飴を作り続けています。
松波の地で米飴づくりが根付いたのは、はるか500年も前のこと。この伝統の味と技を今に伝える五代目として、販売・企画を担う横井裕貴(よこい・ひろき)さんは、家業と、そしてふるさと能登への熱い思いを抱いています。
横井裕貴さんに、伝統を守りながら新たな挑戦を続ける思いを伺いました。
[取材・写真・構成 伊藤璃帆子]
世界農業遺産の地で、500年の歴史を誇る伝統食品

“横井商店”五代目の横井裕貴です。
私たちの店がある石川県鳳珠郡能登町(ほうすぐん・のとちょう)は、内浦とも呼ばれる能登半島の東側、富山湾沿いに位置する港町です。戦国時代、この地に城が築かれた際に飴の職人がやってきたとされていて、500年前から変わらない製法がいまも残っています。松波では当時、複数の飴屋が軒を連ねていたそうですが、時代とともに作り手は減り続け、今はうちだけになりました。

私たちが製造している「じろ飴」(当店では『米飴』と言っています)は、この地に古くから伝わる水飴です。その名は、金沢の方言で「やわらかい」を意味する「じるい」が転じたものとも言われています。原料は奥能登産のお米と、石川県産の大麦から作られた麦芽のみ。合成保存料や人工甘味料は一切使用していません。

作り方は、米を蒸して、釜にお湯と麦芽を入れて一晩寝かせます。翌朝、甘くなった汁をじっくり絞って、その液体をまた何時間もかけて炊き詰めていく。糖化によって甘さを引き出していくんです。やわらかく仕上げたものが米飴で、かた飴はじろ飴をさらに煮詰めて固形にしたもので、手軽にそのまま食べられるほか、料理の隠し味として使うこともできます。

飴作りの道具は、100年以上使い続けている鉄の大釜です。バーナーなど消耗するものは替えますが、釜そのものはそのままで。機械化することも考えましたが、減価償却を考えると10〜15年ごとに設備を入れ替えないといけない。今の設備で注文をこなせているなら、わざわざ変える必要もないかなと思っています。

製造はすべて父がやっています。工場はもともと一人作業を前提に作られていて、気候や水温、その年のお米のできによって仕上がりが微妙に変わります。レシピはなくて、釜の状態を見ながら体で判断する仕事です。横井家では代々、家族だけで製法を伝承してきました。
砂糖では出せない甘さと、地元から生まれる新しい味

横井商店の米飴は、奥能登産のお米と、石川県産の大麦から作られた麦芽を厳選し、伝統製法でじっくり煮詰めた、砂糖や添加物不使用の自然食品です。お米本来のまろやかで上品な甘さが特徴で、深いコクがあり、美しい琥珀色で、とろりとした滑らかな口当たりです。
この米飴は、さまざまな用途にお使いいただけます。お料理では、煮物や和え物、炒め物などの隠し味や照り出しに使うと、深いコクと自然な「てり」が出ます。また、お菓子やパン作りで砂糖の代わりに使うと、しっとりとした食感と優しい甘さに仕上がります。
ほかにも、ヨーグルトやアイスクリーム、トースト、コーヒー、紅茶などのドリンクやトッピングとしても使えます。

かた飴は、昔ながらのラインナップと、地元素材を活かしたフレーバーを展開しています。石川県産のぶどう「ルビーロマン」を使ったものや、梨の「加賀しずく」を使ったものなど、お土産としても人気です。米飴という土台があるからこそ、素材の風味をまっすぐ出すことができます。
商品は約20種類。能登の主要な道の駅、金沢の百貨店、地元のスーパーなどで販売しています。

横井商店は、地域とのつながりを大切にし、地元のメーカーとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。その代表的な例の一つが、穴水町の老舗ワイナリーである能登ワインと共同開発した「能登ワイン米飴」です。
この商品は、能登ワインの赤ワインと白ワイン、それぞれの風味と特長を活かし、横井商店伝統の米飴と丁寧に合わせた逸品です。赤ワイン米飴は芳醇な香りと深みのある味わい、白ワイン米飴はフルーティーな酸味とすっきりとした甘さが特徴で、従来の米飴にはない大人の風味として、手土産や贈答品としても大変好評をいただいております。

私たちの挑戦は、地元のコラボレーションに留まりません。能登の素材を起点に、海を越えたユニークな取り組みも始めています。
それが、能登半島の最北端に位置する珠洲(すず)で採れた貴重な塩を、遠くカンボジアの胡椒農園へ送り、その塩を使って採れたての胡椒を塩漬け(塩蔵)にするという逆輸入プロジェクトです。
この「能登塩を使った塩蔵胡椒」は、現地で丁寧に加工されたあと、再び日本へと届けられます。能登のミネラル豊富な塩が胡椒の旨味を引き出し、生胡椒のようなプチッとした食感と爽やかな香りを長期間保つことができます。その質の高さから、パスタやステーキ、チーズなど、さまざまな料理の名脇役として大人気の商品となっています。
横井商店は、このように能登の素材が持つポテンシャルを信じ、それが海を渡り、異国の地で新しい価値をまとい、また私たちの元へ戻ってくるという、持続可能でわくわくするような方法を常に模索し続けています。地元能登の「良いもの」を起点にして、国内外のさまざまな要素とつながり、新しい食の形を提案し続けているのです。
震災をのり越えて、いま必要としているもの

2024年1月1日の地震により、自宅兼工場は半壊し、120年以上使用してきた鉄釜の石製の土台が割れ、床も傾くなどの被害を受けました。土台に亀裂が入ったことで火の回りが変わり、ただでさえ繊細な火加減が求められる作業に、さらに緻密な調整が必要となりました。当時は「もうダメかもしれない」と、大きな不安を感じました。
しかし、父による応急処置のおかげで、震災からわずか2か月後の2024年2月には製造を再開することができました。再開直後から、能登復興支援を目的とした各地の小売店からの問い合わせや注文が殺到し、1年目は非常に多忙な日々を送りました。被災企業として関東で開催された全国規模の商談会にも出展し、小売店との新たな取引や大手企業との協業といった、新しい繋がりも生まれています。
現在、売上は平常時に戻りつつありますが、自宅兼工場の本格的な修繕工事は、まだ着工の順番を待っている状態です。復興への道のりはまだ遠いですが、私たちはできることを粛々と続けていく決意です。
皆さんにお願いしたいこと──それは今の能登を見に来てほしいということです。震災から2年が経過し、能登を訪れても大丈夫なのかという不安があるかもしれません。まだ、宿や飲食店が復活に至っておらず、観光で県内を回るのは難しい部分もあるかと思います。それでも、やっぱり来てほしい。
能登には、いいところがたくさんあります。海の幸に恵まれ、新鮮な魚で寿司を提供する店や、海を望む宿など、魅力的な景色やおいしいものがたくさんあります。地域特有の味覚に加えて私たちの米飴や、かた飴もその一つだと考えています。
能登を訪れてくださった方々に、この土地のおいしいものや美しい景色をしっかりと知っていただき、「来てみてよかった」と感じていただけることが、私たちにとって何よりの喜びです。
取材後記

横井商店がある松波という地域は、能登半島地震の津波により松波漁港が甚大な被害を受けました。かつて地元の漁業者が通年で利用し、賑わいを見せていた競り場も、2024年3月末をもって廃止され、景色は一変しました。
漁を再開した漁師さんたちは、水揚げした魚を遠方の競りに出したり、トラックで金沢市などへ運んだりする必要が生じ、輸送コストの増加や手間が増えるという新たな課題に直面しています。
この地で一世紀ものあいだ、変わらぬ製法で人々に愛される味を守り続けている横井商店。店の外の景色は変わっても、変わらぬ味と、復興への願いとともに、この場所をたしかに支え続けています。

