前回の記事で、専用の箱に入れて包丁を送ると、スパッと切れる包丁に研ぎ上げて返送してくれる「ポチスパ」を、能登町から全国展開、さらに海外にも広げようとしている“ふくべ鍛冶(かじ)” の干場健太朗(ほしば・けんたろう)さんの活動をご紹介しましたが、その後、ふくべ鍛冶本来の刃物づくりの需要も拡大しているということで、お話を伺ってきました。
[取材・構成 柳澤美樹子]
伝統技術と新技術で、鍛冶の世界を拓く
海外での需要が激増している日本の刃物
2025年9月3~5日に東京ビッグサイトで東京インターナショナルギフトショーが開かれ、ふくべ鍛冶も出展しました。これは3日間で20人余りが来場するイベントなのですが、例年出展していた関や燕三条などの刃物産地が不参加で、結果的に刃物の会社はうちだけになったため、バイヤーの需要が集中しました。私も例年行っていましたが、大きな刃物産地では10社ぐらいがまとまって広いスペースを取っていたのですが、今回は様子が異なっていました。
いま、刃物業界は完全に売り手市場になっていて、作れば作るだけ全部売れていく状況で、供給能力が追いついていません。海外で、日本の包丁はいいものだという認識が高まっていて、訪日外国人がかっぱ橋道具街などでこぞって買っていったり、商社を通じて各国に輸出されたりしています。これ以上注文を受け入れられないということで、ほかの産地は参加しなかったのでしょう。それもあって、訪れたバイヤーが当社に殺到しました。


ふくべ鍛冶には「ダマスカス包丁」という製品があるのですが、高級鋼を16層のミルフィーユ状のステンレス層がはさんでいる構造で、研磨していくと、刀の刃紋のような模様が出てきます。外国人に「なんてきれいなんだ」と好まれているのです。作れば作っただけ売れていく状態です。

ふくべ鍛冶の生産体制
現在ダマスカス包丁を一からすべて社内で作るキャパシティはないので、当社の仕様書に従って提携先で6割程度まで製品化してもらい、社内ではそこから仕上げまでの工程を行っています。
これまでは提携先に注文すれば2か月でその半製品が入ってきていたのですが、今は4か月、半年とかかる場合があるので、見込み仕入れをしていかないと間に合わない状態です。それぐらい、日本の刃物業界は活況なのです。
ふくべ鍛冶は、オーダーの発注があってから2~3カ月で納品していて、業界最短の納期で確かなものを作る会社として認知されています。他社は、半年から1年かかるのが普通になっているのだそうです。これは、明治末期から多種多様な鉄器製品を作って、応用を利かせた仕事をしてきたからできることで、当社の強みになっています。
社員はいま、私を入れて17人いますが、そのうち職人が10人です。設備も人員ももうパンパンになっていますので、2026年8月には余裕をもった工場に移転する予定です。
包丁研ぎの工程に新技術を共同開発
新しいことで言うと、包丁研ぎの技術開発に取り組んでいます。新しい包丁の仕上げだけではなく、ポチスパも需要が広がっていて研ぐものが大量にある状況です。どうしても労働集約型で、職人さんに負担がかかってしまうのを改善しないといけないと考えていました。
研磨の最初の段階は、大きな砥石でガリガリ削るような研ぎ方が必要なのですが、身体への負荷が大きいのです。この工程を、茨城県つくば市にある国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)との共同研究によって、新技術で代替しようとしています。
「電解砥粒(とりゅう)」という聞き慣れない技術ですが、平たく言うと、電気を流しながら粒の入った水流で削る方法です。自動車のバルブの研磨にも使われている技術なのですが、包丁を削ってもらったところ、何度かの改善でザラザラの面をきれいに研磨することができました。そのような技術を業務のなかに実装させるべく、動いている最中です。
私も何年もこの作業をやっていましたが、回転する硬い砥石にガリガリと包丁を押さえつけるようにするので、振動で手が痺れて、1日数十本ぐらいしか削れません。このような作業には文明の利器を使って、人間はもっと工夫が必要な、クリエイティブな仕事をしていけるよう、業務改善を図っているところです。

一生ものの技術を身につけて、日本の刃物を世界へ
技術さえあれば短時間の複業でも
新工場に移転すればスペースも広くなるので、設備だけではなく人員も増やして、生産を増大していきたいと考えています。技術を身につけて、いっしょに日本の優れた刃物を世界に広げていこうという人に来てほしいです。
研ぎの経験がある人はほとんどいないと思いますが、やってみたいという意欲、好奇心があれば大丈夫です。努力すればできるようになります。職人仕事なので、手先の器用な人、粘り強い人なら、より向いていると思います。
職人というと、「弟子入りする」というようなイメージがあるかと思いますが、うちの職人は教えるのが上手で、昔のように「見て覚えろ」というようなことはありません。独自にEラーニーングを開発していて、動画などで何度も確かめながら学べます。
また職人は拘束時間が長いイメージもあるかもしれませんが、現在も兼業で従事している人が少なくありません。大工さん、漁師さん、農家さんといった仕事をしながらの研ぎ職人です。お勤め先さえ副業OKなら、サラリーマンでもいいと思います。
工場の設備は空いていますので、夜間に働くというパターンもあります。1日2~3時間、週に1~2回ということでも、技術さえあればフレキシブルに働いてもらえます。
こちらはとてもありがたいですし、収入も本業に上乗せしながら、一生ものの技術を習得できるという点もいいのではないかと思います。そういう選択肢も含めて、考えていただきたいです。

住宅問題も改善傾向
能登以外の方が移住して仕事をしようというとき、いま最もネックになっているのが、住むところがないという問題です。しかしこれも改善されてきています。
能登町では、徐々に仮設住宅からの退去が進み、空室が出てきています。災害救助目的外の使用も柔軟な運用が可能になりました。ただ、その管理をするリソースが不足しているのがネックになっているのですが、そこさえクリアされれば、まずは仮設住宅に寝食できる場を確保し、仕事と暮らしに慣れながらゆっくり住居を探せます。
また、震災後新たにシェアハウスを始める事業者も出てきていますので、移住して職人の道を目指す方を歓迎します。

自社の不足を補ってくれるコラボレーション
2025年の9月24日から10月7日、東京の有楽町にある阪急メンズ東京で開催された「ジャパンスーベニア」というポップアップインベントに参加しました。これは、日本の伝統的なものづくりを生かしたファッションや道具などを通して、この国の文化を世界に広げるというコンセプトのイベントでした。
阪急メンズ東京といえば、ファッション感度が磨かれた店。まわりを見回すと、プラダに、コムデギャルソンに……という中に60平米ぐらいの広いスペースをもらって、能登の野鍛冶が鍬とか包丁とかナイフとかさまざまな商品を持ち込んで展示したのですが、それが大盛況でした。
このイベントへの出展をいっしょにやってくれたのが、上智大学と東京大学の学生を中心に構成されたグループでした。彼らはディスプレイや販促ツールのデザインや撮影から積極的に関わり、期間中には接客もしてくれたのですが、ふくべ鍛冶の商品をよく理解してうれたうえでお客さんに提案していて、たいへん助かりました。外国からのお客様に対してあたりまえのように英語で応対しているし、ちょうど国慶節の休暇と重なったので中国からの来場者も多かったのですが、中国語を話せる学生もいたし、すごい戦力でした。
彼らとは「SusHi Tech Tokyo」という東京ビッグサイトで開かれる展示会で出会ったのですが、海外で正しく評価されていない日本の伝統工芸品を記事や動画でPRして、いいものを販売していくことを目的にしていました。彼らはまだスタートアップというタイミングだったので、なんでも協力させてくださいというスタンスで関わってくれたのですが、当社内では対応できない部分を充分に補ってくれました。彼らが手伝ってくれていなかったら、この出展は実現できませんでした。
この取り組みがとてもよかったので、今後も能登に関わる学生さんや、スタートアップ企業と、能登の中小企業などともコラボレーションしていければと考えています。SNSでの情報発信だけなど、小さなところから関わってもらうのでもいいと思います。
そういう地域コーディネートのようなことも私自身でやりたい気持ちがありますが、私も会社の中でプレーヤーですからね。あまり抱えすぎてはいけないかもしれませんね(笑)

取材後記
震災後1年余りの時期に、初めてふくべ鍛冶を訪ねました。能登の地から、しかも大地震にみまわれた後なのに、四代続く鍛冶の技術と新しい発想で、国内需要ばかりでなく海外にまで包丁研ぎのシステム「ポチスパ」を広げようとしている干場さんのお話に、大きな刺激を受けました。それからさらに1年後。インバウンドの増加も手伝って、海外でも価値を見いだされている、日本の包丁に対する需要を捉えて、さらに躍進しようとしています。
時流もありますが、お話を聞いていると、干場さんが積極的にいろいろな機会を捉え、情報を得たり、人と出会ったりしていることが言葉の端々に見えてきます。
研ぎの新技術を共同開発している、産総研との出会いもそのひとつです。証券会社から、金沢で地域資源をビジネスにつなげて社会課題の解決を目指す株式会社地域未来創造を紹介されたのがきっかけ。この会社に、世界中の約200社に課題を提示して提案を受ける仕組みがあるのを活用し、反応のあったひとつが産総研だったのです。他にもインドの大学、国内の工業試験場など約10社からの提案を受けていて、時期を見て協働していこうとしています。
ポップアップイベントの運営に携わった学生グループも、その後合同会社心動を立ち上げ、本格的に日本文化の世界発信に関わっているそうです。
元気なところは多くを引き寄せるのだな、などとなんとなく思ってしまっていましたが、求心力は黙っていて生まれるものではないのだと、学ばせていただきました。

