石川県七尾市古府町(ななおしふるこまち)、能登国総社(のとこくそうじゃ)の鎮守の森の一角に1958年創業の“七尾自動車学校”があります。
「ゴールは免許じゃない。あなたの安全な未来です。」と掲げる七尾自動車学校では、教習生を「生徒」ではなく「ゲスト」と呼んで迎えています。この学校が目指しているのは、単に運転技術を教えることではありません。ここで過ごす時間が、人生の次の一歩につながる学びの時間になるように──そんな想いで教習や合宿の場がつくられています。
2024年の能登半島地震では、合宿免許の宿泊施設「TADAIMA(タダイマ)」が地域住民を受け入れた自主避難所となりました。そこには、この学校が地域の中で果たしてきた役割が、静かに表れていました。免許を取る場所を超えて、人と地域の未来を支える場へ。七尾自動車学校の歩みと、その思いを、3代目社長の森山明能(もりやま・あきよし)さんにうかがいました。
[取材・構成 坂下有紀]
鎮守の森にある自動車学校
七尾自動車学校は、1958年に開校しました。もともとは地域の有志が出資し合い、「七尾にも自動車学校が必要だ」という思いで設立された学校です。その際、社長に就任したのが左官業を営んでいた僕の祖父・森山定治(もりやま・さだじ)でした。

それ以来、この学校は地域の交通教育を担う場所として続き、まもなく創業70年を迎えます。敷地は能登国総社の土地の一部をお借りして学校を運営しています。古府町(ふるこまち)の地名は、古代に能登国の中心「能登国府(こくふ)」が置かれていたことに由来し、古い府(国府)がある町という意味です。古代の行政・政治の中心地の国府に隣接する形で、国分寺と総社も設置されました。近くには七尾城もあり、地域の人にとっても、昔からなじみのある場所です。

自動車学校というと、免許を取る場所というイメージが強いと思います。でも僕たちが考えているのは、その先の人生です。免許はあくまでスタートラインです。その先の人生のなかで安全に運転していくこと、その人の暮らしや人生を支えていくことまで含めて、学ぶ場だと思っています。だから七尾自動車学校では、教習生を「生徒」ではなく「ゲスト」と呼んでいます。そして、指導員を「教える人」ではなく、ゲストの人生の節目に寄り添う「コーチ・伴走者」として定義しています。

地元・七尾への想い
七尾自動車学校は、地域の有志が出資して設立された自動車学校で、森山家が3代にわたり運営を担ってきました。父の森山外志夫(もりやま・としお)は、自動車学校の経営だけではなく、複数の事業を通じて七尾のまちづくりにも関わってきました。僕が物心ついたころ、父は5つくらいの会社の経営に関わり、七尾青年会議所の活動にも参加し、いつも忙しくしている姿を見てきました。

そんな七尾に対する想いが熱い家庭で育った僕は、東京の大学に進学し、卒業後は石川県に本社を置く企業に就職して国内・海外の営業を担当しました。大学進学と共に県外へ出て就職する人も多いのですが、僕自身は七尾に戻りたいと思っていました。とにかく祭りが大好きで、地元の祭りに誇りを持っているので、大学時代も帰省して参加していました。とにかく七尾で生きたいという想いが強かった。


自分が何をやるのか、何をやるべきかを考えるとき、自身の名前「明能」に込められた「能登を明るくする」ということが、自分の中でぶれない軸になっています。小学校6年生のときに書いた作文に、将来の夢として「七尾をいい町にする」と書いていたそうなんです。当時の先生が残していたメモを見て、子どものころからブレていない自分に驚きました。

「ただいま」と言える場所
七尾自動車学校では、短期集中で合宿しながら運転免許を取得する合宿免許に力を入れています。合宿免許を取得するため訪れたゲストは、2週間ほど七尾で滞在することになります。その時間がただの教習期間ではなく、人としての経験や出会いの時間になればいいと思っています。
2023年11月、七尾自動車学校に新しい合宿免許の宿泊・交流施設「TADAIMA(ただいま)」が完成しました。これまでも直営寮として「ブッブーイン」1番館(現ツイン館)、2番館(震災で自主解体)、3番館(現ドミトリー館)があり、市内のホテル・ゲストハウスなどとも提携して宿泊環境を整えていましたが、ただ寝泊まりするための場所ではなく、学びに集中しながら、心と体を整えられる滞在施設としてTADAIMAをつくりました。

TADAIMAは1階に食事や談笑、読書、ちょっとした作業など、思い思いに過ごせる交流スペースを設け、シャワーやランドリーも完備。2階にはシンプルなシングルルームと共用スペースを設け、落ち着いた空間に仕上げています。開設当初は男女共用にしていましたが、現在はTADAIMAの2階は女性専用にして、「ブッブーイン」ツイン館とドミトリー館を男性用の宿泊に使っています。
1階の食堂では合宿生の朝昼晩3食と自動車学校スタッフの昼食を提供。地元のお米や味噌、醤油を使った家庭的な食事を囲みながら、スタッフとの会話や合宿生同士の交流が自然に生まれるような空間にしました。名前をTADAIMAにしたのは、ここで過ごした人が、また帰ってきたくなる場所にしたいと思ったからです。


合宿での免許取得は、およそ2週間の滞在が必要になります。その時間がただ免許を取るための通過点ではなく、「ただいま」と言って、免許を取得したあとも訪ねたくなる、人生のなかでも特別な時間と場所になってほしい。ただ泊まる場所ではなく、人が安心して過ごせる場所をつくりたいと思いました。
自動車学校の宿泊施設を、地域外から免許取得に来る若者と地域の人をつなぐ交流拠点として再定義し、関係人口創出と地域課題解決につながる創発を生むコミュニティデザインプロジェクトの一環としたことが評価され、2024年度には「地域の取り組み・活動」ユニットでグッドデザイン賞を受賞しています。
能登半島地震で見えた役割
2024年1月1日、能登半島地震が発生し、高台にある七尾自動車学校には地域の人たちが集まってきました。11月に完成したばかりだったTADAIMAは、すぐに地域の人を受け入れる自主避難所のような場所になり、ピーク時には100人を収容しました。
東日本大震災で被災した自動車学校の話を教訓に、TADAIMAには10トンの貯水タンクを備えていました。食堂には米や調味料、冷凍食品などの備蓄もあり、結果的に避難所としてはとても良い環境だったと思います。発災から一週間ほどは地域の方々が避難して生活されましたが、自宅や避難所に移られたあとは、自宅に住めなくなった社員とその家族の仮住まい、災害支援団体の活動拠点として提供しました。
自動車学校の校舎や教習コースにも亀裂や陥没などの被害がありました。真っ先にしたことは、社員に再建を目指すことを伝えること。そして、続けられる限り給与を保障することも伝えました。そのうえで、合宿を予約されていたお客様へのお詫びを進めていきました。
1月から3月は新生活に向けて免許の取得を目指す人が多く、予約はびっしりと埋まっていました。合宿予約の専門エージェントへは、災害により予約をキャンセルせざるを得ないことをお詫びし、遠方から予約されていた方への対応を依頼。直接ご予約を受けていた方には、1人ずつお詫びの電話をしました。

コースの応急処置を行い、何とか1月中に教習を再開できるようになると、2月から3月にかけて七尾近郊から通える高校生と、奥能登の高校生35人の合宿の受け入れを行いました。みんな就職が決まり、春から通勤や仕事で車の運転免許を必要としていたのです。なかには自宅が全壊した子もいて、避難所で暮らす家族と離れて合宿で免許を取りにきていました。県外の方よりも、まず運転免許を必要としている地元の高校生を優先的に受け入れようと考えました。
崩れた崖と100年の視点
地震の影響で、崖の上に建つブッブーイン2番館の裏が崩れました。建物まで崩れ落ちることはありませんでしたが、液状化で傾き、このまま使い続けられる状態ではなかったので、自費解体を選択し、再建計画を進めることにしました。

復旧の方法を考えるなかで、有機土木という考え方を取り入れることにしました。姉の奈美が有機土木の専門家・高田宏臣さんと講演会の登壇者としてご一緒したことがあり、父・母が高田さんの活動に深く関心を持っていたことから、2024年4月に七尾自動車学校へお招きし、現地調査と講演をお願いしました。


高田さんの調査から、敷地内の崖の崩落は地震による液状化・陥没によるものですが、そもそも土中環境の悪化が起因しているとわかり、再発を防止しながら復旧するために有機土木の視点から基礎の施工をすることにしました。
工事には地震被害で解体されたコンクリートガラも利用し、表面を焼いて炭化させた杭を打ち、藁や炭を混ぜ込んで土壌を整備。土中で微生物が生息できる水と空気が通る環境をつくることが有機土木の考え方です。2025年12月に工事が完了しましたが、今後は樹木も定植し、土中に根を張らせる計画です。

工事はほとんどが人の手による施工で、費用もかかることから、社内で「ここまでする必要があるのか?」という意見も出ました。それでも、この工事を実行したのは「子や孫の代、100年先まで残したい」そして「自分たちは、今の時代を預かっているだけなんだ」という想いからです。
七尾市の一本杉通りで、文化財になっている店舗の復旧をしている「高澤ろうそく」の当主・高澤 久(たかざわ・ひさし)さんも「巨大地震はいつか起きただろうし、それがたまたま自分の代で起きただけ。今やっていることは、いつか誰かがやらなければいけないこと」と話していました。だから、表面的な修復ではなく、今の時代を預かる自分たちが、未来のために今できることを全力でやるべきだと思いました。
▶︎シロシル能登
一本杉通り商店街にともる希望の和蝋燭(和ろうそく)──“高澤ろうそく店”の挑戦
七尾自動車学校のこれから
いま、七尾自動車学校が存在している意味は何なのかと僕はよく考えます。七尾自動車学校が100年先まで続くのか。100年後にも運転免許を取るための自動車学校という業態があるかはわかりませんが、交通安全、学び、人とのつながりを生む領域は100年後も必ずあると考えています。もしかしたら、七尾自動車学校は現在とは違うサービスを提供する何かになっているかもしれません。
自動運転の技術の発達で運転という作業はなくなる可能性はありますが、交通そのものはなくならないし、そこに安全が求められます。最近は自動車学校を「安全を学ぶ学校」と捉えています。もちろん交通の安全がメインですが、自然災害も多いので、自分の身を守れるような、安全に対しての考え方を学べる場所になっていけばいいのではないかと思っています。
人口減少という社会課題や自動運転などの自動車の機能もどんどん変化していくなかで、地方都市の自動車学校は率先して変化しなければならない時代です。ほとんどの人にとって自動車学校は、人生で一度しか通わない場所です。特殊な免許をとる場合を除き、だいたい18歳〜20代前半くらいで教習に通い、その後は高齢者講習の時まで再び訪れることはないものです。

業界では自動車学校にリピーターは「ない」と言われますが、七尾自動車学校ではリピーターは「存在している」と捉えています。例えば本人のリピートではなくても、大学のサークルの先輩に「ここよかったよ」と紹介されて入校するゲストさんが多く、特に合宿を希望される一番の理由になっています。それはある意味リピーターだと思っています。そういった人の繋がりで来てくださるゲストがたくさんいらっしゃるんです。
石川県内でも早めに合宿免許を始めた自動車学校ということで、かれこれ35年以上、合宿での免許取得サポートに取り組んでいます。七尾自動車学校は間もなく70周年を迎えますが、その歴史の半分以上は合宿と共にあります。今日の七尾自動車学校があるのは合宿あってこそで、合宿を始めた父に先見の明があったんだと感謝しています。
減り続ける18歳人口のなかで合宿免許に注力して自動車学校を存続させることは、実は高齢者のためにもなっています。もしこの地域に自動車学校がなくなれば、お年寄りは何時間もかけて別の市町まで行って高齢者講習を受けなければなりません。地域のインフラとして、自動車学校を存続させていくための努力や変化も大切だと思っています。
また、七尾自動車学校は教師や事務職員など正社員が36人、TADAIMAに関わるパートさんやシルバーさん、送迎バスの運転手さんなどを含めると、70人以上が関わっています。この地域に七尾自動車学校が存在することで、それだけの雇用を生み出していることになります。

新たな取り組みとして、ドローン事業にも参入しました。ドローンもいわゆる「資格もの」で、自動車学校と親和性が高いため業界で流行っています。自動車学校には広いコースと教室があり、技術を教える指導員がいます。これだけのものが揃った場所は意外と世の中には少ないため、全国の自動車学校でドローン教習やドローンスクールが運営されています。我々も「能登七尾ドローンスクール」という名で、ドローン教習をスタートさせました。守り続けるために、変わり続けることも必要だと思っています。
七尾自動車学校の関わりシロ
1)七尾自動車学校で働くスタッフ──新卒・中途採用
七尾自動車学校では、新卒・中途の求人を随時受け付けています。理念に共感し、人の成長を応援できる人、ワクワクしながら新しいことに挑戦できる人を歓迎します。現在は教習指導員を中心に募集していますが、事務、営業などさまざまな働き方があります。

教習指導員は、自動車の運転技術や交通ルールを教える専門職です。学科と実技の両面で指導し、安全運転の意識を育てながら、自信を持って運転できるようサポートします。免許取得という人生の節目に立ち会い、その人の新しい一歩を支える仕事でもあります。出会いや人生の転換点に関わることを面白がれる人に向いている仕事です。
福利厚生としては、合宿寮「TADAIMA」のランチ社員割引、リフレッシュ休暇、社宅制度、研修制度などがあります。
▶ 採用情報
2)七尾自動車学校で免許取得を目指すゲスト──通学・合宿コース
七尾自動車学校では、普通自動車・中型・大型・自動二輪車などの運転免許の教習を扱い、地域の方が通う通学コースと、全国から参加できる合宿コースの両方を行っています。
▶︎ 通学コース
▶︎ 合宿コース

七尾自動車学校は「ただいまと言える学校」を目指しています。この場所でたくさんの「ただいま」と「おかえり」が生まれることが能登の復興においても、七尾の未来にとっても大切であると信じています。そんな場所で人と地域の未来を一緒に創る仲間と出会えることが我々の喜びであり、支えです。スタッフとして、ゲストとして、お会いできるのを楽しみにしてます!
取材後記
七尾自動車学校を取材する前から、森山家の皆さんとはご縁がありました。私と明能さん、そして姉の奈美さんは、地域プロデューサーの出島二郎さんのもとで学んだ仲間でもあります。そのご縁もあり、2025年に出版した書籍『私の御祓川物語』では、七尾市中心部を流れる御祓川の浄化活動やまちづくりの取り組みをまとめる編集・記事執筆にも関わらせていただきました。
実は、明能さんは七尾自動車学校の社長だけではなく、姉の森山奈美さんが2代目社長を務める七尾市の民間まちづくり会社「株式会社御祓川」のシニアコーディネーターとしての顔も持ち合わせています。そういう意味では、家族全体が地域のことに関わる仕事をしてきたと言えるかもしれません。姉の奈美さんは能登半島地震の発生以降、「一般社団法人能登復興ネットワーク」を立ち上げて能登の復興支援に奔走されています。
▶︎シロシル能登
能登が能登らしく復興するために、まずは友達になってほしい。“一般社団法人能登復興ネットワーク”
森山家の皆さんは、それぞれに強い想いと行動力を持つ方たちです。話をしていると、その圧倒的なエネルギーと、人を惹きつける力にいつも驚かされます。なぜ多くの人がその周りに集まるのか。それは、その根底にある価値観や姿勢に共感する人が多いからなのだろうと思います。
小学校6年生の明能少年が作文に「七尾をいい町にする」と書いていたという話を聞いたとき、それは森山家に流れるDNAなのかもしれないと感じました。あるいは、幼いころから地域と共に生きる父の背中を見て育った、いわば英才教育だったのかもしれません。
鎮守の森の中にある七尾自動車学校は、免許を取る場所であると同時に、人と地域をつなぐ場所でもあります。これからもこの場所から、七尾の未来につながる多くの出会いが生まれていくのだと思います。

