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海を通して災害後も「生きる力」を育む学校の手助けをする“能登里海教育研究所”

海を通して災害後も「生きる力」を育む学校の手助けをする“能登里海教育研究所”

能登里海教育研究所

更新日:2026年3月3日

 令和6年能登半島地震は、海岸の隆起や津波の発生によって海の環境にも大きな影響を与えました。地震前から能登の学校での海洋教育を支援してきたのが “能登里海教育研究所”。震災後は復興教育プログラムにも取り組む研究員の能丸恵理子(のうまる・えりこ)さんに、能登の海や川を通した学びの狙いなどについて聞きました。

[取材・構成 関口威人]

能登町を拠点に学校と地域をつなぎ、海洋教育を支援

“能登里海教育研究所”は2014年に一般社団法人として発足しました。ここ能登町にある小木(おぎ)小学校が文科省の特例校に認可されて「里海科」ができたことをきっかけに、学校での海洋教育支援を柱に活動しています。

 能登町や日本財団などの支援を受け、理事には金沢大学の研究者や町の教育長をはじめ地元の漁協や水産・商工関係者などが参画。事務局の職員は私を含めて4人ほどの小さな組織ですが、独立した法人で、同じ能登町にある県立の「のと海洋ふれあいセンター」などと連携・協力しています。

 能登町に限らず、オーダーがあれば町外の学校の授業や校外学習の支援も行います。珠洲市の小中学校の校外学習や授業支援、七尾や金沢の高校の臨海実習の支援のほか、東京・豊島区の中学校とはオンラインでイカの解剖授業をしたり、神戸市の中学校に教材用のイカ140杯を手配したりといったことも。野外での活動は夏と秋に集中しますが、年間にならすと週1、2回のペースで、全国どこかの学校の海洋教育を支えています。

“能登里海教育研究所”がある能登町の小木港。イカ釣り漁船の奥の茶色い建物(石川県漁業協同組合小木支所)の3階の一室に事務局がある(撮影:2026年2月 関口威人)
“能登里海教育研究所”がある能登町の小木港。イカ釣り漁船の奥の茶色い建物(石川県漁業協同組合小木支所)の3階の一室に事務局がある(撮影:2026年2月 関口威人)

海洋教育とは海を題材に「生きる力」を育てること

 海洋教育というと、博士のような海の専門人材を育成するようなイメージを持たれることがあります。でも、私たちがしているのはあくまで公教育の支援。学校には海の好きな子も、嫌いな子も、学力レベルの高い子も、低い子もいます。

「海の博士になりたい」という子が現れてくれるのはもちろん喜ばしいのですが、みんなにそれを求めるのではなく、海を通して知的好奇心が高まったり、「なんでだろう」と深く考えたりする経験を積み重ねてもらいたい。つまり「この世界でどう生きていくか、海を題材に考える力を育てる」こと、そして「地域の自然や暮らしとのつながりを理解する」ことが私たちの目指す海洋教育なのです。

 もう一つ補足すると、子どものころに野山を駆け回っていた世代からすれば、海洋「教育」なんて大げさなという感覚だったり、地方の子どもは毎日、魚釣りや虫取りをしているようなイメージがあったりするかもしれません。しかし、過疎化・少子化が進む能登では、家に帰ったら子どもが歩いて行ける範囲に友達がいないとか、自然のなかで遊ぶのはやはり危険が伴うので親が行かせないなんてことが当たり前になっています。

 だから、自然体験や自然からの学びというのは、放っておいてひとりでに生み出されるものではなく、教育としての設計とサポートが必要な時代。震災後は津波で浜に危険物が流れ着き、護岸が崩落するなど環境が変化し、こと海においては子どもたちだけで遊びに行くのがますます難しくなっています。すると学校での自然体験がますます重要になってきますが、その指導を先生たちだけで担うのは重たい。私たちには学校と連携しながら、その学びの環境を支える役割がより求められていると感じています。

地元の海で磯観察をする小木小学校の生徒たち(撮影:2021年6月 能登里海教育研究所提供)
地元の海で磯観察をする小木小学校の生徒たち(撮影:2021年6月 能登里海教育研究所提供)

 震災前から続いているプログラムとしては、小木小学校の2年生が校区の海で磯観察や生物採集をし、教室で飼育する「小木っ子すいぞくかん」、能都中学校などの生徒がのと海洋ふれあいセンターで行う「スノーケリング体験」、宇出津小学校などの生徒がそれぞれの校区で「海岸清掃」をし、拾ったごみでアート作品を制作する取り組みなどがあります。支援を通じて私が勉強になることも多く、たとえば海岸清掃ではそれぞれの海岸で漂着するごみの特徴がぜんぜん違うんです。こちら側は中国や韓国からのごみが多くて、あちら側は漁具や生活ごみが多いといった具合に。

 学校の外にいる立場として、過去の事例や経験を長期的に蓄積し、次の学びに生かすことも私たちの役割です。ある学校で先生の異動があったときは、新しい先生に去年までの経緯や狙いをお伝えすることができますし、逆に一緒に活動したことのある先生が異動先の学校から声をかけてくれることもあります。こうしたつながりを通して私たちの活動範囲も広がりますし、過去の知見からより効果的な事例を紹介できています。

復興教育プログラムは「時間のグラデーション」を重視

 2024年の震災後は、里海・里川の復興教育プログラムを各校で展開しています。

 小木小学校では、全校遠足の途中に高学年の児童は寄り道をして、地震で隆起した輪島市の黒島海岸を見学しに行きました。子どもたちに地盤がずれる地震のメカニズムを説明したあと、海岸を自由に歩いてもらいました。

 2年生のときに「小木っ子すいぞくかん」で海岸の生き物と触れ合ったことがあったので、海岸に転がっているものを見ると「これはウニの殻だ」とか「空っぽになったサザエの貝殻だ」とわかる子どもたち。「ここって本当に海の底だったんだ」と実感していました。

 この海岸も時が経てば砂がたまったり、陸上植物が侵入したりと環境が変わります。そうした「時間のグラデーション」みたいなものも復興教育では重要になると考えています。これまでは「何年生の何月に何をする」という決まったルーティンがあったのですが、そこに重ねて「地震・災害から何カ月のタイミングで、今しか見られないものがある」という観点でもプログラムを考えています。

地震で隆起した輪島市の黒島海岸を見学する小木小学校の生徒たち(撮影:2024年10月 能登里海教育研究所提供)
地震で隆起した輪島市の黒島海岸を見学する小木小学校の生徒たち(撮影:2024年10月 能登里海教育研究所提供)

 ただ、ちょっと矛盾するかもしれませんが、子どもたちには「被災したこと」を自分たちの一番のアイデンティティーにしてほしくはないんです。

 災害を特別な出来事として背負うのではなく、災害後のこの地域に生きているなら目に入る変化に向き合い、「これは何だろう」「なぜだろう」と考えることから学びが始まる。そんな日常の延長としての学びの形を大切にしたいと思っています。

 昨年度の復興教育プログラムはほかにも、松波中学校で定番だった「海藻ふりかけ開発」を震災後も続け、ふりかけづくりに協力してくれた生産者から復興にかける思いを聞き取った取り組みや、奥能登豪雨で大きな被害の出た町野川の生物を調べた柳田小学校の事例などがあります。

授業で使える災害復興デジタルアーカイブ作りも

 これまでの海洋教育の授業内容は、「海の授業ちえぶくろ」というサイトにまとめています。学年ごとや教室内か校外かなどの条件で検索でき、先生が海をテーマに授業をするときのアイデアとしていただければ。

海の授業ちえぶくろ

 さらに地震後は、災害復興デジタルアーカイブ「のと・きろくとまなびと」を制作しました。これは海に限らず、能登の災害の被害や復興の様子を映した写真を掲載しています。権利面をクリアにしていますので、授業や子どもの調べ学習に安心して使っていただけるサイトになっています。

のと・きろくとまなびと

 また、2019年から私たちの主催で「いしかわ海洋教育フォーラム」を開いており、今年3月7日には珠洲市飯田町で「復興教育に活かす地域の記録」を開きます。東北の復興教育の事例などもお聞きしながら、地域の記録を復興教育に生かすためのツールとしてデジタルアーカイブの可能性について考えます。

2026年3月7日土曜開催「第8回いしかわ海洋教育フォーラム 復興教育に活かす地域の記録」

 飯田の商店街でユニークなアートやデザインの活動をしてきた「中田文化額装店(ガクソー)」が復興拠点「飯田町みんなの家」としてもオープンするのに合わせ、同じ日の午後にシンポジウム「地域の記録を残し・活かし・つなぐ」を開き、3月21日まで「珠洲飯田の古写真・記憶の継承と文化財レスキュー」と題した写真展も開かれるなど盛りだくさんの内容になっていますので、ぜひ現地やオンラインでご参加ください。

関わりシロ・子どもたちの活動を知る、協力者になる

 こうした私たちの活動を通して、能登の子どもたちの現状を知ってもらえることが一番ありがたいです。子どもたちや先生たち自身は、ここでしかできない豊かな体験をしているという自覚があまりないので、率直に「すてきな学校だね」とか「いい活動をしていて、いいね」という声をもらえると、自信を持つことにつながります。

 もちろん、私たちの活動には人手もお金も必要です。活動を継続・発展させていくため、協力者や新たな連携の可能性は常に考え続けなければならないと感じています。

研究員の佐藤崇範さん(右)と小林秀輝さん(中)、能丸さん(撮影:2026年2月 関口威人)
研究員の佐藤崇範さん(右)と小林秀輝さん(中)、能丸さん(撮影:2026年2月 関口威人)

取材後記

 能丸さんは兵庫県出身で、海の生物について学んだ大学時代の縁で8年前にこの研究所の研究員となったそうです。

 能登の魅力について聞くと「歩いて30秒で好きな海に行けて、1年じゅう海の違う表情を見られて。でもネットも通じるしスーパーもあるし、ぜんぜん不便じゃない。私が楽に生きていけるものがぜんぶ能登にはあるんです!」と笑顔。仕事でも「あの磯でひっくり返って長靴が濡れたって泣いてた子が、もう立派な高校生になってる。そんな成長をずっと見られるのがすごく楽しい」と言います。

 能丸さんたちと泣き笑いした子どもたちにとって、能登の海がいつでも帰ってこられる場所であるといいなと思いながら、私も海を眺めました。

事業者プロフィール

能登里海教育研究所

代表理事:早川和一(金沢大学名誉教授) 所在地:石川県鳳珠郡能登町小木34-11(石川県漁業組合小木支所内)

記者プロフィール

関口威人

関口威人(ジャーナリスト)

1997年、中日新聞社に入社し、初任地は金沢本社(北陸中日新聞)。整理部記者として内勤を終えたあとに片町や香林坊で飲み歩き、休日は能登や加賀をドライブで走り回りました。現在は名古屋を拠点とするフリーランスとして、主にヤフーニュース東洋経済で防災や地域経済などについて執筆しています。