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能登最北端で“いかなてて”と笑い合える日を。レコードとカレーの店が、音楽で描く復興のその先

能登最北端で“いかなてて”と笑い合える日を。レコードとカレーの店が、音楽で描く復興のその先

いかなてて

更新日:2026年2月10日

 能登半島の最北端、狼煙(のろし)。道の駅狼煙のすぐそばに、スパイシーな香りを漂わせるお店があります。名前は“いかなてて”。店主の糸矢章人(いとや・あきひと)さんが、祖母の営んでいた「レストラン禄剛崎(ろっこうざき)」の建物を受け継ぎ、レコードとカレーの店として新たな息吹を吹き込んだ場所です。震災を経て、いま再びこの地でカレーを振る舞う糸矢さんの想いをうかがいました。

[取材・構成 伊藤璃帆子]

15年の東京生活を経て、能登最北端の地「狼煙」へ

“いかなてて”店主の糸矢章人(いとや・あきひと)です

“いかなてて”店主の糸矢章人(いとや・あきひと)です。珠洲市の狼煙で育ち、高校卒業後は関東の大学へ進みました。それから約15年間は東京で暮らし、高円寺で弟とレコード屋を経営していたのですが、2016年にUターンを決めました。きっかけは、結婚した弟が「子育てのことを考えて、田舎に戻りたい」と言い出したこと。ちょうどそのころ、金沢には北陸新幹線が開通し、奥能登国際芸術祭の開催も控えていて、「戻るなら今!」というタイミング。そんな流れで、僕も狼煙に戻ることにしました。

 祖母が狼煙で長く店をやっていたのですが、僕が大学生のころにはもう物置のようになっていて。そこを直して「レコード屋兼カフェをやれば、なんとか食べていけるんじゃないか」と考えたのです。
 店名の「いかなてて」は、能登の方言で「どういたしまして」という意味です。祖母のころの店名である「禄剛崎」のままでも良かったんですが、父がこちらの方がいいと。10年近くたった今では、地域の方にも観光客の方にも覚えてもらえて、この名前にして良かったなと思っています。

妄想から生まれた、珠洲の塩で仕上げるスパイスカレー

一番人気のチキンカレー
一番人気のチキンカレー

 僕が作るカレー、実はすべて独学です。鶏もも肉を水ではなくオリーブオイルで10時間以上煮込んで仕上げる無水チキンカレーが人気で、札幌にあるパキスタンカレーの名店のレシピをベースに、自分なりにアレンジを加えました。ほかにも、インドのゴア地方発祥のポークヴィンダルー、インド風のバターチキン、タイ風のグリーンカレー、能登牛のハヤシライスがあります。飲食店での経験はなかったけれど、「こんな味かな?」なんて妄想しながら自分が納得できる味を追求してきました。

 お米は石川県オリジナル品種「ひゃくまん穀」、味付けは能登の揚げ浜式製塩である中前製塩さんの大谷塩を使用し、地元産にこだわっています。

定番は多国籍な5種類のカレー
定番は多国籍な5種類のカレー
チキンカレーは、長時間じっくり煮込んだホロホロのお肉が絶品
チキンカレーは、長時間じっくり煮込んだホロホロのお肉が絶品

 狼煙に戻ってきて改めて気づいたのは、能登の圧倒的な魅力です。高校生のころは「何もない田舎」だと思っていましたが、今は、ここにある「自給自足」の生活がいかに豊かであるかがわかります。

 狼煙の女性たちは、今でも畑を耕し、冬の海へ海苔を採りに行きます。現在は仮設住宅に住んでいる方が多いですが、そうした生活に根ざした「手仕事」があるからこそ、みんな元気に過ごせている。醤油や味噌、梅干しを自分たちで仕込む。何もないからこそ工夫して楽しむ。そんな能登の楽しみ方は、外の人にとっても大きな魅力になるはずです。

震災直後のパニック。消防士の義父と共に物資を積み込んで

リフォーム後の地震だったため、震災の被害は小さく済んだ
リフォーム後の地震だったため、震災の被害は小さく済んだ

 2024年1月1日、僕は妻の実家がある東京都町田市にいました。テレビに映し出される珠洲の惨状に血の気が引きましたが、元東京消防庁の消防士だった義父が「僕もついていく」と言ってくれて、みんなで車に物資を詰め込み、狼煙に向かう準備を始めました。

 2日の朝に東京を出ましたが、道が寸断され、狼煙にたどり着いたのは4日のことでした。

店内の様子
店内の様子

 到着した狼煙は、まさに「サバイバル」そのもの。集会所には100人近くが身を寄せていましたが、全員は入りきらず、旅館や自宅にとどまる人もいて混沌としていました。 

 そんななか、消防のプロである義父の存在は心強かった。彼はすぐに各家庭を回り、通電火災を防ぐためにブレーカーを落として歩くなど、二次災害の対策に奔走してくれました。

 水も止まっていましたが、幸い店の裏に山水が出ていたんです。その水をうまく活用して、自分たちで「お風呂を沸かすシステム」を組み上げました。自衛隊の支援が本格化するまでの約2週間、そうやって自分たちで生活を組み立てるしかない日々が続きました。

 僕たち家族は2024年11月に完成した仮設住宅に入り、この地に腰を据えて営業を続けています。

店の奥には高円寺時代からのコレクションをはじめ、販売用のレコードが並ぶ
店の奥には高円寺時代からのコレクションをはじめ、販売用のレコードが並ぶ
お店で音楽イベントも行われる
お店で音楽イベントも行われる

 店の一部では、今も変わらずレコードを販売しています。カレーを待つ間、棚に並ぶジャケットを眺めたり、音楽の話をしたり。そんな時間が、少しずつ日常を取り戻す助けになっているのかもしれません。

消えゆく活気への危機感と、新しい「祭り」の胎動

「だらぼち音楽祭」を主催する3人
「だらぼち音楽祭」を主催する3人

 かつての狼煙は、能登のランドマークである「禄剛崎灯台」を目指して多くの観光客が訪れる場所でした。僕が子どものころ、店の目の前にある道の駅の大きな駐車場はいつも車で満杯で、有料だったにもかかわらず入りきれないほどの賑わいを見せていたんです。

禄剛崎灯台
禄剛崎灯台

 しかし、震災を経て景色は一変しました。隣にあった3軒の飲食店も、2023年5月の地震で一度は立て直したものの、うちの店の向かって左手の「ドライブイン狼煙」さん以外は、今回の震災でついに店を畳み、建物を解体してしまいました。道の駅も平日は閉まったまま。かつての賑わいを知る者として、このままでは本当に人がいなくなってしまう、働き手もいなくなり悪循環が止まらなくなるという強い危機感があります。

 だからこそ、いま僕たちが動かなければならない。そう考えて2026年5月16日に能登町での開催を決めたのが、音楽祭「だらぼち」です。

だらぼち音楽祭 2026年5月16日(土)開催 会場:能登町 Heart&Beer日本海倶楽部 
だらぼち音楽祭 2026年5月16日(土)開催 会場:能登町 Heart&Beer日本海倶楽部 

だらぼち音楽祭

 震災後、多くのアーティストが能登のためにと寄付やライブをしてくれました。その温かい繋がりを、単なる「支援」という一過性の形で終わらせたくない。外の人に「支援としてやってもらう」のではなく、この地に住む自分たちが主体となって立ち上がり、自分たちが心から楽しいと思える場所を作ること。それが、本当の意味での自立に繋がると信じています。

 僕はアーティストのブッキングを担当し、震災以降に能登へ来て歌ってくれた人や、この風土に合う音楽を届けてくれる方々に声をかけています。能登の伝統である御陣乗太鼓(ごじんじょうだいこ)や民謡、そして食の発酵文化も混ざり合う、新しい「祭り」です。

 能登の外の人たちにも、ぜひこの音楽祭に来てほしいと心から願っています。こういった活動を通して、能登を好きになってくれる人を増やしていく。それが、僕たちにできる復興の形だと思っています。

取材後記

いただいたカレーは、一言で表すなら「丁寧な味」

 糸矢さんのお店に向かう途中、能登町で自然体験村「ケロンの小さな村」を運営する古矢さんと立ち話をしました。次の予定を伝えると「いかなててさんのカレー、能登で一番好きなんです。いいなぁ、時間があれば僕も行きたかった!」と、顔をほころばせて教えてくれました。その笑顔こそが、何よりもこの店の価値を物語っているように感じました。

▶シロシル能登
「森が喜ぶ森づくり」に支援の力を!自然体験施設“ケロンの小さな村”

 いただいたカレーは、一言で表すなら「丁寧な味」。地元の素材を使い、時間をかけて煮込んできたことが、優しいテクスチャーから静かに伝わってきます。それが何より贅沢で、心に沁みる美味しさでした。

「外の人に支援としてやってもらうんじゃなく、自分たちで立ち上げて、自分たちが楽しいと思う祭りをやりたい」

 糸矢さんのその言葉には、誰かに寄りかかるのではない、凛とした故郷へのプライドが滲んでいました。能登最北端、狼煙。そこには、心地よい空間と、丁寧に作られたカレー、そして何より、自分たちの足で静かに前を向いて歩む人たちの確かな熱気がありました。

事業者プロフィール

いかなてて

能登半島さいはて珠洲市狼煙町のスパイスカレー&カフェ お米は地元狼煙産の石川県ブランド米「ひゃくまん穀」、味付けは珠洲揚げ浜塩を使用。

記者プロフィール

伊藤璃帆子

伊藤璃帆子

コラムニスト&フォトグラファー、たまに料理人。デジタルマーケティング会社勤務を経て、コンテンツプランナーとして独立。企画から制作までワンストップで手がけるマルチクリエイター。また、料理家としても活動中。ケータリングユニットを主宰し、アートな食空間を提供している。 Instragram @catering_unit_sessio Facebook 伊藤 璃帆子