2018年、21歳の誕生日に引き寄せられるように能登へとやってきた日野貴明(ひの・たかあき)さん。東京での葛藤から逃れてたどり着いたその場所で、人々の温かさに救われ、今に続くフレンチの道を歩み出す。
一度は能登を離れたものの、いつも頭の片隅にあったのは、「また能登へ戻りたい」という願い。再び引き寄せられるように七尾へ移住。そして「ひのともり」を開業。地元の人々に愛される店に成長させるが、28歳になった彼にまた大きな転機が訪れる。
2025年12月には、七尾の一本杉商店街の入り口近くに「うみまち商店」をオープン。商店街の入り口から賑わいを作り、地域の活性化のために奮闘する日々だ。その先には、日野さん自身の原体験を活かした福祉と連携したアパレルブランドの立ち上げという新しい構想も抱いているようだ。
[取材・構成 米谷美恵]
能登の温かさに触れ、引き寄せられるように始まった移住生活

2018年9月11日、ちょうど僕の誕生日に、総務省が主催する「ふるさとワーキングホリデー」という制度を利用して珠州市の大谷に行きました。今28歳だからもう7年も経つんですね。それまで東京で仕事をしていたんですけど、ちょっと地方へ行こうかなと思ったのがきっかけです。岡山や山口など、ほかにも候補はあったのですが、能登がおもしろそうだとビビッときたんです。
最初に行ったのは、珠洲市の大谷です。地震の被害が大きかった地域ですね。
そんななか訪れた珠洲は海も近いし人も優しかったです。移住して2日目に地元のスーパーで買い物をしていたら、知らないおじちゃんに「君が東京から移住してきた赤髪の男か」と突然声をかけらました。ネガティブな感じではなく、「楽しんでってね」と温かく受け入れてくれているように感じました。それまでもほかの地域、田舎に住んだこともありましたが、すれ違い様にと舌打ちされるような経験もあったので、なおのこと、人を受け入れてくれる珠洲に居心地の良さを感じました。
大谷で半年アルバイトをしたあと、空いていたオーナーのご実家のレストランのスペースを1年間、間借りしてフレンチをやらせてもらいました。「個人のお客さんだけでは難しいので、観光バスツアーの昼食会場としてフレンチを提供したらある程度安定するんじゃない?」とアドバイスしてくれて。
団体のバスツアーの食事会場として大人数の安定したお客さん(収益)を迎え入れる一方で、ツアーがない日には個人のお客さんを迎えて、作りたい料理を作る。
やるべきこと、やりたいこと、やれること。
いろいろなお客様を対応することで、とても良い経験ができました。
その店を1年ほど続けたあと、2020年3月ごろ、それまでずっと誰かにおんぶに抱っこだったので、1からやり直そうかと能登を離れ、半年ほど福岡で暮らしました。でも、頭の片隅にいつも「能登に戻りたい」という気持ちがあったんです。
地元の人も、移住者も、ホッとできる場所をつくる

Facebookのストーリーに「独立して飲食店をやりたいからどこかに空き物件はありませんか?」と投稿したら、珠洲・大谷のときにお世話になった店のオーナーが、16年続いていた場所が空くと連絡をくれました。それが今の店(七尾・ひのともり)です。なんだか自分の思いが届いたように感じ、2021年1月には七尾に移住、5月1日に「ひのともり」を開業しました。コロナの緊急事態宣言が出されたタイミングです。
そのため当初は、お弁当販売や1日1組の予約制で営業をしていましたが、「どうせコロナの緊急制限もいつかは終わるだろう」と、長いスパンで生業を続ける方法を考えていました。
「ひのともり」のコンセプトは、派手じゃなくて、温かみのある、戻ってきたらホッとできるような場所。僕のような移住者も能登っていいなって好きになってくれるきっかけになればと思っています。お米は珠洲の農家さん、味噌や醤油も地元のものを使っています。
「なんでフレンチ?」かといえば、和食なら里芋の煮物と聞けば想像できるけど、フレンチで「里芋のピューレ」と言われても、どういうプロセスでそうなるのか想像ができない。そんな未知の世界に魅力を感じたからです。
「ひのともり」のお客さんには地元の主婦層の方が多いですね。人口の割にはお店の数は決して少なくありませんが、健康に気をつかったり、ゆっくりできたりできる場所って、意外に少ない気がしています。Instagramを見た観光客の方がGoogleMapsで調べていらっしゃることもありますね。
震災をきっかけに広がった、地元の人たちや志を同じくする仲間とのつながり

震災時、建物はほぼ大丈夫だったのですが、地元の作家さんにオーダーしたこだわりの器が何十枚も割れてしまって一瞬すごく落ち込みました。二度と手に入らないものだと思っていましたから。
これまでは僕がただただ能登が好きでお店をやってきたんですけど、被災して苦しかったり大変だったり、つらい思いをしていたりする人たちの心にちょっと火が灯るような場所を、ここで続けていかなくてはだめだなって改めて思いました。そういう人たちが、うちの店で食事することで何かを取り戻すきっかけになってほしいと改めて思っています。
移住して約7年経ちますが、今はもう能登が「地元」という気持ちです。震災を経て、今まで出会わなかった地元の人たちとの繋がりも増え、志を同じくする仲間もできました。
自分も楽しみながら、周りの人が幸せになる瞬間に立ち会いたい

今回、「うみまち商店」へ移ることにしたのは、僕自身能登がすごく好きで、能登を好きな人をひとりでも増やしたいっていう思いがずっとあったからです。「ひのともり」では席数が限られてしまいますが、新しい場所は50席ほど作れるんです。
そして、楽しい雰囲気は今の店のままに、何より一本杉通りの入り口をにぎやかにすることをめざします。店を大きくすることで負担も増えるかもしれないですが、それ以上に得られるものも多いでしょうし、これまでぼくを支えてきてくれたスタッフをはじめとするチームへも還元できるはずですから。

「うみまち商店」のオープンは2025年12月10日の予定。基本的にはお昼は定食、夜はフレンチやイタリアンスタイルのバル、コース料理を提供していく予定です。もちろん「ひのともり」の名物能登伝統魚醤「いしる」に漬けた鶏の唐揚げも提供していきますよ。
入口がすてきな家に入りたくなるのと同じで、入り口がにぎやかになれば、周りにもそれが普及していくと思うんです。これから復興していく一本杉通り商店街の入り口が更地では、ものすごく寂しいでですからね。だから、「うみまち商店」では、外観にも雰囲気にもこだわっていきたいと思っています。そして能登や金沢に来た人が「七尾にも行かないともったいない」というくらいの場所にしていきたい。
伝統がありながら若い人とも交流してくれる、懐の深い七尾で次に挑戦したいことは?

主軸はもちろん飲食店ですが、福祉施設と提携してアパレルブランドを作ろうという構想ももっています。実際のデザインを子どもたちに描いてもらいたいんです。
実現すれば、飲食のような労働集約型以外の、能登をPRできる「腐らないもの」を全国へ売ることで、働く人たちにも還元できるサステナブルな仕組みを作るのが目標です。とはいえ、今は「うみまち商店」だけでいっぱいですが。
僕の母校は、障害をもつ子と一緒に学ぶ特殊な学校だったんです。いわゆる健常児と障がいのある子がバディとなって3年間過ごすんです。おもしろい個性だったり特技があったり、僕には到底生み出せないようなエネルギーをいつも感じていたので、近くにそういう施設がないか探し始めたのが3年前です。
障がいのある子どもたちの魅力は僕なりに理解していたので、それを発信していきたいなとナチュラルに思って行き着いたのがアパレル事業です。
七尾には伝統がありながら若い人と交流してくれる懐の深さがあります。自分自身も楽しみながら、周りの人を幸せにしていきたい。その瞬間に立ち会いたいと思っています。
取材後記
取材中、日野さんの口から何度も出てきたのは、それまで応援してくれた能登の人たちへの感謝の言葉です。
東京から逃れるようにやってきた21歳の彼を、そのまんま受け入れてくれた能登の人々。そして、震災を経て、彼は「誰かの心に火を灯す場所を続けなければならない」と、今度は能登の人たちのために自ら動き出しました。
「七尾には伝統がありながら若い人と交流してくれる懐の深さがある。自分自身も楽しみながら、周りの人も幸せにしていきたい。その瞬間に立ち会いたい」
この言葉が、今の彼の想いそのものなのではないでしょうか。
「うみまち商店」という新しい挑戦も、その先にある福祉と連携したアパレル構想も、すべては彼を救ってくれたこの場所への感謝の気持ちから始まっているように感じます。
この記事を書いている今、取材からちょうど2カ月近くが経ち、すでに「うみまち商店」はオープン。地元の人たちが押し寄せる人気店です。
一歩ずつ、でも着実に能登に根を張り、能登、七尾、そして一本杉通りの賑わいを作ろうとする彼は、私の推しですw
これからもがんばってくださいね。

