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奥能登の田んぼとおいしい米を次世代に──“農事組合法人きずな”の挑戦

奥能登の田んぼとおいしい米を次世代に──“農事組合法人きずな”の挑戦

農事組合法人きずな

更新日:2026年2月6日

 米どころでもある奥能登で、昔ながらの田んぼを守りつつ、新たな技術を取り入れた米づくりに挑戦しているのが“農事組合法人きずな”です。令和6年能登半島地震と奥能登豪雨で打撃を受けた地域の農業をどう再生していくのか、代表理事の桶田哲三(おけだ・てつぞう)さんに聞きました。

[取材・構成 関口威人]

耕作放棄地の再生から大規模農業の担い手へ

 私、桶田哲三は、珠洲市の野々江(ののえ)地区で代々農業を営む家に生まれました。かつては地区全体で稲作が盛んでしたが、過疎化や少子高齢化が進み、耕作放棄地も多くなってきました。そこで2000年ごろ、私を含めた5、6人の農家で「俺らだけでも協力して、田んぼを守ろうか」という話になり、「稲作研究会」と名付けて耕作放棄地を耕す活動を始めました。最初は小規模でしたが、やっているうちに「私らのとこもやってもらえんかな」という話が来て、耕す田んぼがだんだん増えていきました。

 やがて農業の大規模化の流れとなり、2005年には国の圃場(ほじょう)整備事業として田んぼをまとめて整備できることに。地区のみんなを集めて賛否を問うと、いろいろ意見はあったけれど「ほんならやろう」となりました。ただ、「じゃあ誰がやるんや」というときに、ちょうど私ら稲作研究会があったので、「あの連中にやってもらえ」と白羽の矢が立ちました。それで2007年2月に設立されたのが“農事組合法人きずな”だというわけです。

“農事組合法人きずな”が耕作を手掛ける珠洲市野々江町の水田。ハクチョウの群れが現れていた(撮影:2025年12月 関口威人)
“農事組合法人きずな”が耕作を手掛ける珠洲市野々江町の水田。ハクチョウの群れが現れていた(撮影:2025年12月 関口威人)

省力・省略になる「直播き」を県内でいち早く導入

 始まってみると野々江だけではなく隣町の若山町などからも依頼があり、当初20ヘクタールほどだった田んぼが74ヘクタールほどにまで広がりました。それを限られた人数で耕すため、昔ながらに苗を植える方法のほか、種もみを直に田んぼに落とす「直播(じかま)き」という栽培法を取り入れています。

 直播きは苗を育てる手間や場所がいらず、非常に労力が省かれます。特に「乾田直播(かんでんちょくはん)」は、乾いた田んぼに機械で「V」字の溝を作り、そこに種もみと肥料を落として土をかぶせていく方法です。これは愛知県の豊田市が先進地として知られていて、私らは石川県の支援で現地視察に行き、県内で一番先に取り入れました。

乾いた田に種もみを直接まく直播きの作業(農事組合法人きずな提供)
乾いた田に種もみを直接まく直播きの作業(農事組合法人きずな提供)

 農家がみんな年を取って力仕事ができなくなることを考えると、直播きは省力・省略で楽なんです。また、通常の田植えだと稲刈りのときにいっぺんに刈れず、「刈り遅れ」によって品質が低下する問題が出ます。しかし、直播きで時期をずらす「作期分散」をすれば、品質が安定させられます。

 さらに、直播きなら今まで苗ごとに施していた農薬が減り、水は芽が出てから張って収穫の直前までためておくので、田んぼの生き物がすみやすくなる。収穫後はハザがけで天日干しにして、おひさまの恵みをたっぷりと取り入れる。つまり、すごくエコなんです。こうして作った私らのお米を「きずな米」というブランドで売り出すことにしました。

 直播きは今では県も推奨して、県内の多くの地域で増えています。私らの田んぼでも3分の1強が直播きになり、これからさらに増やしていく予定です。

収穫後の稲わらを天日干しにする、「ハザがけ」の作業(農事組合法人きずな提供)
収穫後の稲わらを天日干しにする、「ハザがけ」の作業(農事組合法人きずな提供)

地震と豪雨の「二重被災」受けながらも作付け進める

 2024年元日の地震では、中山間地でがけ崩れや土砂崩れによって田んぼが埋まってしまったところがありました。私らの田んぼにも流木が土砂と一緒に流れ込んだようなところが。ただ、平地の田んぼが多かったので、それほど大きな被害はありませんでした。

「水道方式」といって田んぼ1枚1枚に水道の蛇口が付いているのですが、そこまでのパイプラインが途中で折れたり、抜けたりして通水ができなかった被害は、その箇所を探し当てて修理するのにかなり時間がかかりました。しかし、行政や業者の応援は早くて、道路の陥没も思ったより早く直してくれて作付けまでにはなんとか間に合い、2024年は前年の8割ぐらいまでは作付けができました。

 そうしている間に、次は9月の豪雨です。今度は流木とか泥とかゴミとかが上流から一気に来て、田んぼの稲をなぎ倒して一面、泥だらけ。川の横にある田んぼなんかは、みんなえぐられて、形がなくなったようなところもありました。ため池も壊れて、地震よりも豪雨の方が被害は大きかった気がします。

 それも行政が一生懸命になって直してくれ、水路はガタガタでもなんとか水の確保はでき、2025年も9割方は作付けができました。でも100%ではありません。まだ水の来ないところ、放置されているところも若干あります。

地震で2メートル近くの段差が発生した珠洲市若山町の水田(撮影:2024年2月 関口威人)
地震で2メートル近くの段差が発生した珠洲市若山町の水田(撮影:2024年2月 関口威人)

人手不足や温暖化の時代に「おいしい能登のお米」を

 人手は、地震後に組合から2人が抜けてしまいました。なんで抜けたかというと、住むところがなくなったから。地震で家が倒壊したり、津波で家が流されたりして、仮設ができる前に金沢や小松の方に移住してしまいました。かわりに他業種から再就職という形で2人が来てくれ、差し引きでは増減なしです。だが、人手不足はこれからもずっと続きます。どの業種も一緒でしょうけれど、農業もどれだけ大型化した立派な機械が入ってきてもやっぱり人手がいる、人の手でなければできん部分があるんです。

 地震後、「うちは離農します。どうか頼む。うちの田んぼを作ってもらえんか、守ってもらえんか」という依頼が毎日のように来ています。人情的には引き受けてあげたいけれど、私らも今の人数ではできる範囲や能力が限られるので、お断りするしかありません。

 農業はずっと3K(きつい、汚い、危険)と言われてきました。しかし、実際はもう違います。ややオーバーに言うと、スーツにネクタイ姿でも作業ができるくらい、環境はよくなっています。ただ、夏の熱いときだけは、どうしても外仕事なのできついことは確かです。

 地球温暖化に対しては「高温耐性」の品種が開発されてきているので、2品種ぐらい試しているところです。お米も人も、暑さに負けない対策をする。それが今の私らの使命。そうしないと経営が成り立たないものだと思って取り組んでいます。

 お米の味も、勘や経験に頼るのではなく、科学的に管理する時代。おいしさはタンパク質やアミロース、水分、脂肪酸度の4つの成分を数値化した「食味値」で判断します。特にうちのお米は「低タンパク質」でおいしいのが特徴だとわかり、自分たちでも測定をして大きなレストランやホテルのシェフなどに数値を見せて採用してもらっています。

 今まで日本で一番おいしいと言われてきたのが、新潟県魚沼産のコシヒカリですよね。魚沼と能登は、緯度がほとんど一緒なんです。だから気候的に近く、地質的にも似ていると言われます。粘土質で、ミネラルがたっぷり。これがおいしいお米のできる要因なんです。それをぜひ皆さんにわかっていただいて、おいしい能登のお米を食べていただきたいなと思っています。

 2025年度の「きずな米 能登ひかり」は珠洲市のふるさと納税の返礼品にも採用され、好評で売り切れてしまいました。天候次第なので予測はできませんが、今年も昨年同様の収穫量を目指していますので、次の新米をお待ちいただければ。コシヒカリなどの注文は電話やFAXでもお受けできますので、気軽にご連絡ください。

珠洲市のふるさと納税返礼品にも採用された「きずな米 能登ひかり」(農事組合法人きずな提供)
珠洲市のふるさと納税返礼品にも採用された「きずな米 能登ひかり」(農事組合法人きずな提供)

取材後記

 インタビューをさせてもらったのは野々江町の海沿いに立つ事務所の一角。ソファーに座りながら震災当時のお話を聞いていたところ、「ここもまだひび割れがありますから」と桶田さんがソファーの足元を指差しました。コンクリートの床には割れ目が走り、数センチの段差ができていました。

 事務所や田んぼ、農機具なども被害を受けるなかで、桶田さんたちは倉庫に残っていたお米を市内の避難所や炊き出しのキッチンカーに提供して回ったそうです。その名前が「きずな米」だったのは、偶然ではなかったと思えました。

事業者プロフィール

農事組合法人きずな

代表者:桶田哲三 所在地:石川県珠洲市野々江町ナの部146-4 電話:0768-82-5566 FAX:0768-82-5567

記者プロフィール

関口威人

関口威人(ジャーナリスト)

1997年、中日新聞社に入社し、初任地は金沢本社(北陸中日新聞)。整理部記者として内勤を終えたあとに片町や香林坊で飲み歩き、休日は能登や加賀をドライブで走り回りました。現在は名古屋を拠点とするフリーランスとして、主にヤフーニュース東洋経済で防災や地域経済などについて執筆しています。