2026年1月から、石川県の地域おこし協力隊(起業伴走支援)の活動が始まりました。この協力隊では、能登地域における新たなビジネスの立ち上げを支援すべく3名の隊員が活動。『能登を、能登らしい能登にするために──』 100のビジネスを創るための伴走支援に挑みます。
なぜいま能登で起業なのか。協力隊は今後どのような活動に取り組むのか。石川県からこの地域おこし協力隊事業の運営業務全般を受託している一般社団法人能登乃國百年之計(のとのくにひゃくねんのけい)で理事を務める岩城慶太郎(いわき・けいたろう)さんに話を聞きました。
[取材・構成 水口幹之]
なぜいま能登で起業なのか
一般社団法人能登乃國百年之計の岩城慶太郎です。
私は、2021年に当時社長を務めていたアステナホールディングス株式会社(東証プライム上場)の本社機能の一部を石川県珠洲市に移しました。 以来アステナは、社会課題をビジネスで解決していく「ソーシャルインパクト」を基本戦略のひとつに掲げ、これまで能登の抱える課題に寄り添いながら、さまざまな取り組みを重ねてきました。 同時に私自身も珠洲市に移住し、地域に根ざした日々を過ごしています。
能登という場所
能登は、日本の原風景を思わせる豊かな自然と文化を有する地域で、自然と人の営みの調和が評価され、2011年に「世界農業遺産」にも登録されています。
暖流と寒流がぶつかる潮目は四季折々の海産物を育み、山から海に急峻に駆け降りる地形は、さまざまな農産物をもたらします。 良質な木材や漆、陶土と、北前船が運んだ文化や高度な技術が合わさることで、輪島塗、合鹿椀、珠洲焼など、厳しい自然環境にも耐え得る工芸品が生まれました。
そして能登といえば祭り。 海と山の恵みに感謝する信仰の場であり、集落ごとの地域コミュニティの結束を強める大切な場として、能登の人々は自らの集落の祭りをとても大切にしてきました。 4月から10月までは毎週、能登のどこかの集落で祭りが行われており、学業や仕事で能登を離れている人々も必ず帰って来ます。
私は能登が大好きです。 理由を挙げればキリがありません。 二十四節気七十二候の季節の移り変わりを自分の五感で味わえること、人生の楽しみ方を知り尽くした優しくかっこいい人たちが住んでいること、私のような風の者を受け入れてくれること、集落を出るたびに「いってらっしゃい、いつ帰ってくるがか?」と声をかけてもらえること、頼んでもいないのに旬の野菜や魚が届くこと。 こうした豊かな暮らしが、能登にはあるのです。
そんな魅力あふれる能登ではありますが、これまで大規模なビジネスの拠点として発展してきたわけではありません。 その背景には、地理・市場・インフラ・産業構造などいくつもの制約があります。 山が多く平地が少ない能登半島は、大規模工場や物流拠点の立地には不向きです。 半島という独特な地形ゆえ、消費地である都市圏とのアクセスが課題になります。 さらに人口が少なく市場規模が小さいため、製造業の大量生産モデルは採算が取れにくいこと。 また外部市場への輸送コスト負担も大きな障壁になってきました。
その結果、能登では農業・漁業・伝統工芸など地域資源と職人文化を活かした小規模で高付加価値型の産業が育まれ、地域共同体に根ざした市場環境とうまくバランスを取りながら、豊かな暮らしが営まれてきたのです。
2024年1月1日、そのバランスが崩れた
そして2024年1月1日。 あの忌まわしい能登半島地震が発生しました。 本社機能一部移転からおよそ2年半、能登における多種多様な事業活動実施に向けた準備が終わったところでした。 さらに、地震の復旧がようやく進み始めた同年9月には奥能登豪雨が発生。 せっかく動き出していた、地震からの復旧作業も振り出しに戻ってしまいました。
先人たちが築き上げ、現代にまで引き継いだものの多くが失われたのです。 伝統的な日本家屋の多くは倒壊し、棚田の畦は崩れ、漁港は地殻隆起によって海底が陸地となりました。 分業で成り立っていた職人のサプライチェーンは分断され、できあがった工芸品を売る店も焼失。 観光資源だった景色は姿を変えました。 宿泊施設も使えませんから、観光客を迎えようもありません。
被災地となってしまった能登では、住宅や家屋の被害に加え、道路や電気・水道・ガスといった生活基盤、さらには医療や教育などの公共インフラにも大きな影響が出ました。 また、農業・漁業・林業などの一次産業から、伝統工芸や加工品製造といった二次産業、飲食・観光などの三次産業まで、地域の産業全体が深刻な打撃を受けることになります。
こうした状況を受け、能登地域の人口減少はさらに進み、珠洲市は災害前の7割ほどの規模になりました。 同時に高齢化率も上昇し、珠洲市全体では54%、私の住む折戸町では75%を超える深刻な状態となってしまいました。
能登は、滅びようとしている
私が大好きな能登は、滅びようとしています。
私の住む珠洲市折戸町木ノ浦の集落の住民は現在13名。 48歳の私が最年少。 このままいけば、あと30年で、住民は私ひとりになります。 こうした集落が能登には沢山あります。 これから先、能登は至るところで、少しずつ滅んでいくのです。
なぜ能登が滅びなければいけないのでしょうか? 地震と豪雨のせい、少子高齢化のせい、復旧・復興を進められない役所のせい、能登を報じなくなってきたメディアのせい、自分たちで立ち上がろうとしない能登の人たちのせい、能登に興味がない都会の人たちのせい……。 さまざまな意見があります。
ですが、私は誰のせいでもなく「自然と社会の摂理」だと考えています。 我が国において地震や豪雨などの自然災害は周期的に起こります。 大きな災害が起きれば多くの人工物が破壊されます。 インフラが破壊されれば住民はその場所を離れ、より安全で住みやすい場所に移り住みます。 人口が減れば地域経済の規模は小さくなるため雇用が減少し、人口減少のスパイラルは止まらなくなります。
能登は、このまま「消滅可能性都市」として人が住めない場所になるのでしょうか。 それとも復興を果たして「日本の過疎地の希望」となるのでしょうか。 復興がようやく始まったいま、能登はまさに分水嶺にさしかかっています。
自然と社会の摂理に抗う
でも私は、私が大好きな能登らしい能登が、この世の中から消滅してしまうことが嫌なのです。
だから私は、それがどれだけ無駄な行動だったとしても「自然と社会の摂理に抗う」と決めました。 能登が能登らしくある時間を1分1秒でも長くするために、多くの人に能登を知ってもらい、来てもらい、好きになってもらい、住んでもらう。 そして、能登の人々が100年後も豊かに暮らせる未来、すなわち能登乃國百年之計を描き、ひとつずつ実行する。
しかし一方で、大きな変化は大きな機会を産むチャンスでもあります。
能登にいま、最も必要なもの
それでも能登の人々は、失われたものを取り戻し、かつての能登の姿を取り戻そうと懸命な努力をしています。 けれど、どうしても足りないものがあるのです。
能登にいま、最も必要なのは、地域コミュニティの中で共に事業をつくっていく「人」です。
たとえば、地物食材を売りにした飲食店には食材を届ける「人」が、森林資源から加工品を生み出すためには森を管理し木を伐りだす「人」が、弁当店には、包装資材や箸などの副資材を提供する「人」が必要です。
しかし、自然災害によって能登の市場バランスは一気に崩れ、事業を継続するための「必要なピース」が常に足りない状態が続いています。
能登に生まれた「余白」という可能性
裏を返せば、能登には大きな「余白」が生まれているともいえます。 都市部でも、過疎地でも、多くの市場は既存のプレイヤーによって充足されており、新規参入するには高いハードルが存在します。 ところが能登の市場では、災害の影響で競合が存在しない、つまり大量な「余白」が生じている状態にあるのです。 現在の能登はほかのどんな地域よりも競合が少なく、未充足のニーズが数多く残っている状態なのです。
この「余白」こそ、競合がいないからこそ、地域の人々と共にゼロからアイデア、そして価値を創り出すことができるのです。 だからこそ、いま能登で生まれるビジネスは、間違いなく社会的意義のある事業となり、地域の未来を支える力になっていきます。
「能登らしい能登」のガーディアンになってください
いま、能登で起業すること。 それは、ビジネスである以前に、大切な場所を守り抜くための闘いなのです。 私たちと共に「自然と社会の摂理」に抗うレジスタンスとなり、「能登らしい能登」のガーディアンになっていただきたいと思います。
この活動をサポートするのが今回着任した地域おこし協力隊の3名です。 起業家や能登の既存事業者に寄り添いながら、新しいビジネスを創るために伴走します。 ぜひこの事業をきっかけに、能登を能登らしく持続させていく仲間になってください。
地域おこし協力隊メンバープロフィール

岡本岳人(おかもと・たけと)
愛知県出身。金沢大学融合学域先導学類4年生。2026年3月卒業見込み。合同会社SandBoxConnections代表社員。学生時代から能登半島の景観や食、祭りの熱気に心動かされてきました。これからは自分自身の起業や海外留学の経験を活かして、これから能登半島で起業、新規事業に挑戦する方の力になりたいと思っております。

光田 葵(みつだ・あおい)
岡山県出身。立命館大学映像学部在学中から京都の老舗企業や行政と連携しアニメカフェやeスポーツなどの企画をプロデュース。卒業後は映像プロデューサーとして活動し、現在は能登半島で震災復興と地域再生に取り組んでいます。震災はどこでも起こり得てしまいます。だからこそ新たな事業が生まれる仕組みを築き、起業ブームをバチバチにつくることで、能登モデルとして全国へ広げていきたいと思います。

水口幹之(みずぐち・もとゆき)
東京都出身。大学在学中からライターとして活動。地方創生やDX、AI活用などの記事執筆、企業サイトのテキストコンテンツの制作に取り組んでいます。2024年の能登半島地震以降は、複数の企業組織を通じて復興支援の活動に従事してきました。能登はすでに私にとっての第二のふるさとになりつつあります。復興の起爆剤として、さまざまな起業の支援に取り組みたいと思います。
協力隊支援アドバイザー

数馬嘉一郎(かずま・かいちろう)
能登町で、日本酒「竹葉(ちくは)」を製造する数馬酒造株式会社、五代目蔵元の数馬嘉一郎です。 能登の復興において、地域内に事業を増やすことが重要と考えています。 これまでの15年の経営経験と繋がりを活かして新たな事業の創出に貢献したいと思います。
代表理事のコメント

林 俊伍(はやし・しゅんご)
これからの能登の復興には、人が住む&地域でキャリアを描いていくために、小さな産業を沢山つくることが大切になってきます。 この地域おこし協力隊の事業は、その大きなきっかけになると考えています。 能登乃國百年之計として、一つでも多くの事業が地域に産まれるよう、石川県と一緒に取り組んでいきます。

