能登の寒暖差の激しい気候は、しいたけにとっては「好刺激」になる。一方で、その刺激をコントロールする人間にとっては、365日気を抜けない日々でもある。温度、湿度、発生のタイミング。少しの判断の間違いが、収穫量にも、品質にも、そして暮らしにも直結するのだ。
しかし、これまで繊細に組み立ててきたサイクルは、令和6年能登半島地震によって完全に崩された。それでも、能登の地でしいたけを作り続ける理由はなんなのか。
農事組合法人のとっこ代表理事の上野誠治(うえの・せいじ)さん・朋子(ともこ)さんご夫妻の静かな言葉の奥にある覚悟と、能登で生きる選択を聞いた。 前半は、しいたけの発送やら翌日の準備やらで忙しく走り回る誠治さんに確認しながら朋子さんが、後半は誠治さんも参加してのインタビューとなった。
[取材・構成 米谷美恵]
能登の寒暖差は、しいたけには恵み。人には365日の緊張

主に市場に出回っているしいたけは、ほぼ菌床だと思ってもらっていいと思います。
しいたけの栽培には、原木に菌を植える原木しいたけと、固めたチップに菌を植える菌床しいたけがあります。うちの場合は、クヌギやコナラなど紅葉樹のチップを成形したブロックにしいたけ菌を植えて、ハウスで栽培する菌床しいたけ栽培をやっています。
原木しいたけは路地栽培が主流なので、天候に左右されやすく、濡れ気味になることが多いため、乾燥して売られていることが多いですね。
うちの場合は、菌床ブロックの下半分にビニールをかけた状態で、上の部分からしかしいたけを出さないようにしています。これを「上面栽培」って言います。1ブロックあたりでとれる数は少ないんですけど、その分、一つあたりが大きくなる。大きくて肉厚な椎茸が取れやすい栽培方法です。
現在、冷暖房完備のハウス8棟を10区画にわけて管理しています。冬は鍋や煮物で需要が増えるので、需要に合わせて稼働させているハウスを調整しています。年間にすると、6万5,000個の菌床ブロックで70トンくらいの量を収穫している計算になります。
能登の寒暖差の激しい気候、特に温度変化はしいたけに刺激を与えます。自然の力が刺激を与える環境は椎茸の栽培には恵まれていると思います。とはいえ、今は365日ハウスに通って、温度と湿度を管理する大変さもあります。ハウスの冷暖房の温度をちょっと間違えただけで、大量に発生することになってしまいますから、ちょっと出かけるときでも、天候や温度を気にしなくてはならないんです。それを怠ると狭い菌床ブロックのうえで混み合って発生してしまうため変形するしいたけが出ちゃいますし、菌床ブロックもへたってしまうんです。
菌床ブロックは、石川県の組合で一括して製造、クヌギとか米糠などの成分を入れて整形したブロックが届けられます。そこから5カ月間の培養期間があるんですけど、その間も温度や湿度の管理は必要です。5カ月経つと袋を破いて出した上半分からしいたけが出てきます。ハウスに菌床ブロックを搬入、培養を経て、しいたけを発生させて、捨てられるまでがちょうど1年のサイクルです。菌床ブロックの搬入時期をちょっとずつずらして、しいたけを収穫しています。(朋子さん)
「大変なことしとるな」から始まった、父の仕事を継ぐという選択

入院した父に「帰ってきてくれないか?」と言われたこともあり、結婚を契機にしいたけ事業を継ぎました。ずっとしいたけとは関係ない生活をしていたんですけどね。それまでは「大変なことしとるな」くらいに思いながら親父を見ていましたが、一緒に仕事をするようになって、周りの方の親父に対する評価がすごく高いことを知り、父の技術を身につけて、継いでもいいかなと思ったんです。
僕がいちばんきれいだなと感じるしいたけは、大きくて肉厚で見栄えのいいもの。しいたけはストレス・刺激で出てくるものなんですけど、できるだけそれをコントロールすることで芽数をたてず大ぶりで肉厚なしいたけを作るようにしています。
刺激を与えて、芽をいっぱい出して、芽かきをしてしいたけをとるやり方もあるんですけど、うちは芽かきはしません。最初から芽の数を調整して大きくしています。菌床ブロックに芽がいっぱいつくと菌の体力を使ってしまうので、できる限りブロックにストレスをかけずにいることで、6、7カ月と、自ずと大きくしっかりした椎茸が毎日とれるようになります。
だから、365日、毎日ハウスに通わなくちゃならないし、ちょっと出かけるってなっても、温度や天気が気になります。ハウスの温度設定をちょっとでも間違えると、一気に芽が出てしまうことがあるんです。
「いっぱい出たらラッキー」って思うかもしれんけど、そうでもないんです。
一気に芽が出ると、混み合って変形が出たり、ブロック自体がへたってしまったりする。 安定して出させるためには、余計な刺激は与えんほうがいい。だから、うちはできるだけストレスをかけないようにしています。また、一度に複数のハウスにブロックを入れると発生が重なり収穫量が偏ってしまうので、「今月はこのハウス」「来月はこのハウス」とサイクルを考えながら回すようにしています。(誠治さん)
捨てるしかなかったしいたけが、応援に変わった


しかしそのサイクルも、令和7年能登半島地震でめちゃくちゃになりました。ハウスにあった菌床ブロックはほとんど落下、衝撃を与えられたことで使い物にならなくなってしまったし、ハウスは棚ごと倒れてしまって足を踏み入れることもできませんでした。無事だったのは1棟だけです。
発災から2週間、避難所が解散になって本格的にハウス内の修復作業にかかりました。その間ほったらかしだったので、収穫時期を逃してお化けみたいに成長してしまいました。最初は箱にも袋にも入らんし、もうどうにもならないと捨てとったんですよ。
そんななか、なんとか売る方法はないかと考えて、「復興しいたけ」と名づけて箱に入れてネット販売したところ、全国のたくさんの方が応援購入してくださいました。生しいたけとして販売できないB級品も、乾燥しいたけとして販売しました。
三人の娘のうち長女は東京の大学に通っています。震災のときはちょうど帰省していて、避難所生活も経験しました。その娘が大学の文化祭のとき、有志で「能登復興支援ブース」を作って、うちの商品など能登の商品を売ってくれました。大学生なりの関わり方で応援してくれているのはうれしいですね。(朋子さん)

この辺りは、もともと人もお店も少ない場所です。そこに震災が起きてますます人が少なくなりました。このままだと、本当に「まち」として、地域としてだいじょうぶなのかなと心配しています。
それでもありがたいことにこうやって商売をさせてもらって、しいたけを待っていてくれるお客さまもいらっしゃる。続けられる限りはこの場所でしいたけを作り続けていきたいと思います。
震災前にお取引のあったお客さまから「再開できたら教えてください」と言っていただいているんですけど、人手不足に加えて、ハウスが完全に戻っていないこと、半壊だった作業場の改築もまだできておらず、なかなか応えられずにいます。
私は金沢からお嫁に来たんですけれど、地震があったとき、改めて人と人の繋がりを強く感じました。自主避難所には、地域の人が集まってきたんですけど、みんな顔見知り。ご飯の時間になると、「誰々が来てないよ」と周りの人を気にかけるんです。これまでそんなことを感じたことはありませんでしたが、窮地のときには助け合わないと生きていけない状況だったのかもしれません。(朋子さん)
人手が足りない。それでもしいたけを作り続けたい

毎朝、6時過ぎにはハウスに出かけて、換気したり暖房をつけたりコンテナの補充をしたりしています。スタッフが出勤する前もやらなければならないことは山積みです。それから一度家に戻って朝ごはんを済ませます。しいたけは温度管理も難しくて、外の気温が下がったときは、暖房をつけるのか、扉を閉めたままにするのか、いつ換気するのか……。いっときも気が抜けません。
しいたけは収穫も難しいし、そのあと選別もしなくちゃならないんです。収穫量に波がないようにコントロールはしているけれど、生き物ですからね。急な注文だと応えられないこともある。忙しい時期は、たくさん取れても出荷する人手が足りない。
毎日収穫したいのは山々なんだけど、なにしろそのための人手がまったく足りないですから。震災後、日曜日を強制的に休みにしたことがあるんです。そうするとしいたけが開いてしまって、市場に出しても低価格になっちゃうんです。でもそれらをうまいこと加工して市場に出すことができればお金になって、働き方も変えられるんじゃないかと思ってはいるのですが……。日々しいたけを育てていることでいっぱいで自分たちでそれをするのは難しいので、OEMで一緒に企画して作るまでをアドバイスしてくれる人がいたら助かるのかなと思います。(誠治さん)
取材後記
さて、しいたけ栽培のキーワードは「365日」。365日、ハウスに通う。365日、温度と湿度を気にする。上野さんご夫妻は文字通り365日、しいたけと共にあります。一見大変そうに見えるしいたけの栽培を「そうせんと、あかんから」と、ごく当たり前に生活の一部として語られていたのが印象的でした。
しかし、2024年1月1日。その生活はすべて崩れました。収穫時期を逃したしいたけを前に、「もう捨てるしかない」と思ったこと。「復興しいたけ」と名づけてネット販売したしいたけを全国のたくさんの人が応援購入してくれたこと。娘さんが大学で能登の商品を売ってくれたこと。地域の人たちが、避難所で家族のように気にかけ合っていたこと。
そのすべてが、のとっこしいたけが「立ち上がっていく過程」でした。
震災の被害が残る能登でしいたけを作り続ける、という選択は決して簡単なことではないはずです。人手も足りないし、設備も完全には戻っていない。それでも「待ってくれる人がいるから」「できる限りは続けたい」と上野さんご夫妻は言います。
しいたけは、生き物です。同時に、それを育てる上野さんの暮らしもまた日々生きているということでしょうか。
余談ですが、取材時に購入させていただいた乾燥しいたけ。料理に気軽にプラスすることができてとても便利でした。
そして、現在、現在、Makuake(マクアケ)で、昆布削り職人の『大脇昆布』さんとのコラボ商品、しいたけと昆布、おぼろ昆布粉末を使った、天然合わせダシ『のとっこんぶ』を販売中とのこと。「ぜひご賞味ください」と、朋子さんからの伝言を預かりました!詳細はこちらから。
▶シロシル能登
昆布をすべての食卓へ。コロナや震災を乗り越えて進み続ける“大脇昆布”
▶Makuake(マクアケ)
天然素材を取り入れて乱れた食生活を整える“ダシ道”始めませんか?

