能登・穴水で、ガソリンスタンドを経営する森本石油の森本敬一(もりもと・けいいち)さんは、地域課題解決に取り組むNPO法人チーム能登喰いしん坊の代表を務める、地域活動のキーパーソンだ。
能登半島地震発生後、森本さんのもとには全国から多くのボランティアが集結。当初は家屋の片付けや泥かきといった緊急・具体的な支援が中心だったが、震災から2年の月日が流れた今、「活動のフェーズは転換期を迎えている」と森本さんは話す。
森本さんがめざすのは、能登の復興そのものをコンテンツ化する「復興ツーリズムの拠点づくり」だ。長らく誰も住んでいなかった荒廃したお寺、穴水町の海臨山千手院(かいりんざんせんじゅいん、以下千手院)修繕活動を進めるとともに、能登半島地震を舞台にした宝生流の新作能を作ることに奔走。文化や交流を通じて能登に新たな活力を生み出そうとしている。
この壮大な目標を推進するため、外部のプロフェッショナルな知識と力が必要と考える森本さんは、能登復興×複業プロジェクトを通じてプロボノを募集。
森本さんは、プロジェクト実現のためにプロボノに何を求めているのだろうか。プロジェクトの概要とともにプロボノに対する考えを聞いた。
[取材・構成 米谷美恵]
穴水の寺院を核に能登の復興ツーリズムの拠点作り
珠洲の見附島(みつけじま、別名軍艦島とも)は、弘法大師が布教のために佐渡から能登へと渡る際に発見したといわれています。もともと弘法大師にちょっと興味があったので、調べてみたところ、能登に77の真言宗のお寺があることがわかったんです。
四国八十八カ所巡りがあるなら、能登でも七十七カ所巡りができないかなと企画して、県の観光連盟の補助金に手を挙げたら通ったんです。でも能登半島地震が起きて……。あきらめました。
いったんはあきらめたんですけど、でもこれからもっと能登を盛り上げていきたいと思ったタイミングで、僕の同級生で女性僧侶の北原密蓮(きたはら・みつれん)さんから「千手院の住職にと声をかけられているんだけど」と相談がありました。
10年間も誰も住んでいなかったお寺ですから、当然ながら荒廃していましたし、震災で雨漏りや水道管の破損などの被害も受けていました。でも千手院は目の前に海が広がるすごくいいロケーションにあるんですよ。これは「やらなくちゃ」と、住職には北原密蓮さん、建物の維持管理は僕が運営しているNPO法人チーム能登喰いしん坊が担うかたちで、タッグを組みました。


僕が目指すのは千手院を復興ツーリズムの拠点にすることです。単に建物を修繕するだけではなく、復興していく様子そのものをコンテンツ化して、たくさんの人に能登に来てもらうことを目的としています。
実際、今年(2025年)8月14日には、プロジェクションマッピングの世界的な第一人者である長谷川 章(はせがわ・あきら)先生をお招きして、お寺全景と本堂内部を舞台にキャンドルナイトとスカイランタンのイベントを開催しました。


これからは、千手院を舞台にした映画祭を企画したり、僕が制作に関わった映画『凪が灯るころ』をフリースクールや、養護施設の子どもたちに見てもらったりなどの交流も構想しています。能登の子どもたちやさまざまな事情を抱える子どもたち、外部から来る人たちが交流する場として機能していくと信じています。

能登半島地震が風化する今だから挑戦する
僕は今、能登を舞台にした「新作能」を作っています。能は古来から「鎮魂と祈り」が重要なテーマとされており、復興途中の能登にぴったりなテーマなんです。能登半島地震を起こした黒龍を退治することで地震が収まって能登に平穏と安寧がもたらされるという壮大なストーリーです。
また、穴水の前波(まえなみ)には能楽の流派のひとつ「宝生流」の祖である諸橋権之進(もろはし・ごんのしん)の屋敷跡といわれる太夫の森という場所があったり、能面が数多く残っていたりします。でもそういうことはあまり知られていない。だから、能をきっかけにみなさんにぜひ穴水のことを知っていただければと思っています。
そしてこの壮大な挑戦には能楽界のトップランナーの皆さんが関わっていただけるというお話をいただいています。
狂言師で人間国宝の野村万作さん、萬斎さん親子も石川県と所縁が深いので、相談に乗っていただこうと状況を探っているところです。震災から3年目の復興に向かうタイミングなので、何とか実現したいと思っています。
新作能の実現に足りないものといえば、あとはお金です。約1時間の演目の予定ですが、新作能に合わせ新しい装束や役者の出演料、能楽堂などの使用料として最低でも1,000万円が必要になる。今年の石川県の補助金申請に落ちてしまったので、ヤキモキしています。
能登半島地震が風化していくなか、これだけの役者がそろっているのですから、「今やらなくてどうするんだ」と強く感じています。今は県の観光連盟と相談しながら、来年の補助金申請やクラウドファンディングに挑戦してみようかなと思っています。
僕を支えるプロボノたち
じつはこの宝生流や能楽とのご縁をつないでくれたのも、プロボノとして来てくださった方のなかのひとりでした。
彼は、行廣映二(ゆきひろ・えいじ)くん。「能楽師を探しているけど東京に知り合いにいないよね?」と聞いたみたら、大河ドラマ『べらぼう』に出演している辰巳大次郎(たつみ・だいじろう)先生と同じシェアハウスに住んでいるよ」と言うのです。しかも、数ある流派のなかから、偶然にも宝生流の能楽師!! 思わず飛び上がってしまいました。輪島出身の能楽師・木谷哲也先生も東京で頑張っているということでしたので、つないでいただきました。輪島出身の宝生流能楽師がいたなんて!!! もう3度ビックリでした。
これがご縁となって、辰巳、木谷両先生を能登に招いて、7カ所で能学のワークショップを企画・開催しました。金銭には変えられない、運命的なつながりだったと思っています。

そもそも行廣くんは、補助金申請や資料を作ってくれたり、東京での震災復興のプレゼンに同行してくれたりして僕をサポートしてくれるプロボノでした。今も交流は続いていて、首都圏で開催される能登半島物産展のお手伝いにボランティアで参加してくれるなどしています。いい出会いになったと思います。彼も今回のプロボノ経験をきっかけにして起業を目指しているそうで、現在は複業にトライしています。
もう一人は、日本大学教授の五味悠一郎(ごみ・ゆういちろう)さんです。
2023年5月5日の珠洲での大震災から撮り始めたドキュメンタリー映画『凪が灯るころ』の完成披露試写会のクラウドファンディングや、進行中の他のクラファンの戦略をアドバイスしてくださっています。今も千手院のイベントに参加してくれたり、学生を能登に連れてきてくれたり、交流が続いています。
もう一人はうまくいかなかった例です。「とにかくやりたいことリストを殴り書きでいいから出して」と言われていたのに、僕が忙しくてその宿題をやれないまま立ち消えになっちゃったんです。申し訳ない思いでいっぱいです。
また、優秀な人材とのご縁を活かしきれていない現状があります。株式会社おてつ旅の永岡里菜(ながおか・りな)代表取締役をご紹介いただき企画を進めていましたが、私の対応が悪くて頓挫してしまいました。
プロボノを受け入れるためには、現場スタッフとの調整などの受け入れ体制が必要なのですが、今は人手がなくて進められていないんです。怒られそうですが、僕の場合は隣にいてケツをたたいてくれる現地秘書も必要かもしれないことに気がつきました。
プラスしかない。プロボノとの連携で創る能登の未来
僕たちはプロボノのように意識の高い方々との交流を深め、その刺激を能登に活かし、事業発展につなげなければいけない。
そして、この復興していく姿こそ、今、能登が一番見せるべきコンテンツです。観光をあきらめるのではなく、逆に「復興ツーリズム」として、能の制作や、千寺院でのイベントを通じ、その過程を世界に発信していく。
千手院を拠点としたアートギャラリーを開設したり、能登○○大学(のとまるまるだいがく)というアカデミックな任意団体を立ち上げたり、来年も予定は満載です。
能の制作にはまだ資金的な課題がありますが、「能登半島地震から復興するぞ」という今の機運と、宝生流宗家とのご縁を活かしてあとは僕らが前に進むだけです。来年、2026年に実現できなかったらきっとお蔵入りしてしまうでしょう。
それでいいのか石川県! 今こそ「加賀宝生」ここにありだと思うのです。
もしこの記事を読んで、僕たちの活動に興味をもったり、何か手助けできることがあるかもしれないと思ってくださったりする方がいれば、ぜひつながってください。
私が知るプロボノは本当に意識が高くて、自分の人脈やキャリアを「おすそわけします、どんどん使ってよ」という方ばかりで、その器の大きさやホスピタリティには感服しました。能登の内側にいると、どうしても視野が狭くなりがちですが、外部から刺激をもらって交流することでしか学べないことは多い。だからこそ、プロボノとの連携は能登にとって「プラスしかない」と思っています。
取材後記
森本さんの挑戦を記事にしながら、能登の未来のためにスケールの大きな活動を展開しようとするそのエネルギーに圧倒されています。10年間放置された千手院を復興ツーリズムの拠点へと変貌させ、ついには宝生流家元らを巻き込んだ新作能の制作にまで乗り出す。この大きな挑戦に現実味を与えているのが、プロボノです。
外部からの刺激と交流が復興に「プラスしかない」という森本さんの確信は、能登の未来を力強く照らしています。とはいえ、一方で、能制作を阻む1,000万円という資金的な壁。そして本業にNPOに新作能にと忙しい森本さんのおしりを叩いて動かす役割もプロボノに求められています(笑)
森本さんの挑戦は、プロボノの力を借りることによってこれからどうカタチになっていくのでしょうか。能登の「復興していく姿」がどうコンテンツ化されていくのか、楽しみしかありません。

