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香ばしい希望を焙じる──お茶屋“田尻虎蔵商店”三代目がつなぐ能登の味

香ばしい希望を焙じる──お茶屋“田尻虎蔵商店”三代目がつなぐ能登の味

田尻虎蔵商店

更新日:2025年10月28日

 今回は、田尻虎蔵商店(たじりとらぞうしょうてん)の田尻洋平(たじり・ようへい)さんにお話を伺いました。

取材・構成 荒田詩乃

奥能登で愛され続けてきた老舗の製茶問屋

 石川県七尾市和倉温泉の近くにある製茶問屋、田尻虎蔵商店の田尻洋平です。こだわりの自家焙煎で丁寧に作ったほうじ茶を中心に、お茶を製造・販売しています。

 創業は1946年、来年2026年には80周年を迎えます。能登は、昔から庭に茶の木を植えている家が多く、蒸して揉んだ茶葉を家庭用の手鍋でいったほうじ茶で客をもてなす文化があります。祖父は、戦争で上海に出征していたときに、「帰ったらお茶を売る商売でもしてみたらどうか」という上官の言葉にピンときて、復員後にお茶屋を始めました。

 最初は京都・宇治まで出向いて茶葉を仕入れて、トラックに乗って奥能登を回り、旅館や民宿、老人ホームやスーパーなどに販売していたそうです。

能登に愛されてきたふるさとの味、田尻虎蔵商店の「能登かおり」
能登に愛されてきたふるさとの味、田尻虎蔵商店の「能登かおり」

 僕が実家を継いだのは、2023年のことです。それまでは、寿司職人をしていたんです。 うちはお茶屋が本業ですが、親父の代で道の駅 能登食祭市場で寿司屋も始めたんです。僕は、その店で板長として17年間職人として勤めました。しかし、コロナ禍で売り上げが落ち寿司屋を撤退したことをきっかけにお茶屋を継ぐことにになったのです。

 新茶からほうじ茶まで、1年のスパンでお茶をつくり販売していきます。1年目はわからないことばかりだったので、より美味しくなる焙煎方法などを詳しく学びながら、お客さんの顔を覚えて、新型コロナウイルスも5類に移行して、来年は一気に忙しくなると思っていたタイミングで、大きな震災が起きました。

取引先の7割が奥能登。地震で注文が途絶えてしまった

自家焙煎している田尻寅蔵商店の工場には、香ばしいお茶の香りが漂っています
自家焙煎している田尻寅蔵商店の工場には、香ばしいお茶の香りが漂っています

 僕の個人的感覚ですが、地震の被災状況を、外科と内科に例えて話すことがあります。うちは、外科、つまり物理的な建造物が崩れるなどの被害はありませんでした。でも、内科、つまり店の売り上げの被害はとても大きく、震災前に比べて9割も減ってしまいました。

 もちろん、建物の被害が何もない状況はありがたい話なんです。でも家が崩れていなくても、経済的被害が大きいと食べていけなくなる。七尾では、建物の被害がないように見えても、経済的に困窮している事業者さんもたくさんいます。地震の補償は、建造物の補償が中心です。なかなか厳しい状況もありました。

 うちは取引先の7割が奥能登のお客様でした。その注文が震災後にすべて止まってしまい、お茶の注文が途絶えてしまったんです。奇跡的に1件だけ注文があったのは、ご高齢の方の避難場所になっていた老人ホーム。お茶屋を継いでから2年目くらいで、まだ仕事がほとんどわかっていない僕でも「これはさすがにまずいな」と思いました。

無我夢中で得た、加賀での新しい販路

「焙煎方法によっても、味が大きく変わるんですよ」と洋平さん
「焙煎方法によっても、味が大きく変わるんですよ」と洋平さん

 年賀状のリストを引っ張り出して、恥を忍んで「助けてください」とこれまでの取引先に連絡をすると、全国から全国から注文が来て、本当にありがたかったです。しかし、ほとんどの注文は単発で終わってしまいます。どう根っこを生やしていくかがポイントになる。そう考えているうちに、4月にはその注文も途絶えてしまいました。

 収入がほとんどないので、預金がみるみるうちに減っていきます。どうしようどうしようと焦ります。「事務所で悩んだって、何も始まらん」と、車にお茶を乗せて回りました。SNSやネットで、お店を調べて回り、その結果新規開拓で4件ほど置いてもらえるお店が見つかったんです。知り合いのツテや、親身に話を聞いてくれて「そういう事情ならうちで買ってあげるよ」と言ってくれたお店に出会いました。

はざ干しなど伝統的な方法で人の手による丁寧な米作りを行っている輪島の千枚田でとれたお米を使った玄米緑茶
はざ干しなど伝統的な方法で人の手による丁寧な米作りを行っている輪島の千枚田でとれたお米を使った玄米緑茶

 もう1軒のお店は、お客様の声から繋がったんです。震災で被災して奥能登から金沢へ二次避難しているかたが「田尻虎蔵商店のお茶を飲みたい」とお店に伝えてくれたんです。うれしかったですね。奥能登から避難した人のニーズに応えたい、その人たちの手が届くお店に置いてもらいたいという思いで、金沢にも置いてもらえるお店を少しずつ広げています。

 さまざまな支援も本当にありがたかったです。抹茶・日本茶を中心に、日本の文化を再解釈して「新しい日本のカタチ」として提供するカフェ「nana’s green tea」が「復興支援でできることはありませんか?」と連絡をくださいまして、クロモジという爽やかな香りの和製ハーブとほうじ茶をブレンドした「クロモジほうじ茶“能登半島復興応援”」を、2024年10月から販売してもらうことになりました。また石川県・能登の特産品お取り寄せネットショップ「能登スタイル」でも、里山の恵みを活用するために協力しています。

ほうじ茶とともに、これからも能登と歩み続ける

ほうじ茶とともに、これからも能登と歩み続ける

 地震の前の状況に戻るまで、あと“五歩”というところですね。あと一歩ではまだまだ足りず、五歩は必要という感じです。 和倉温泉の旅館の多くもまだ再開できていない状態ですし、奥能登の老人ホームも利用者が1/5に減っていて、納品数が減っています。請求書の枚数は戻ってきたのですが、販売数量が伸びない。でも新しいお客さんが増えたことによって、あと五歩頑張れば元に戻せるんじゃないかと希望が見えてきました。

 能登以外の販路が増えましたが、田尻寅蔵商店は、これかも奥能登に関わり続けます。じいちゃんの代からお世話になった能登のお客さんを大切にしたいんです。以前から、能登半島は人口減少・高齢化・過疎などの課題が出てきていました。僕自身もお茶を売って回りながら、「10年後には、ここはどうなるのやろう? 」と思っていました。地震をきっかけに、その課題が一気に目の前に来た感じがしています。地震で建物が壊れてしまって、もともと跡継ぎもいないからと、撤退を決める事業者さんを何軒も見てきました。

 課題はたくさんあります。でも、希望も抱いています。最近珠洲市の大谷地区に新しいお店が生まれました。 もともとあった「スーパー大谷」が震災で無くなってしまい、買い物が不便になってしまったので、地域の人のために災害ボランティアで来た方がお店をオープンしたんです。

 能登は、ある意味閉鎖的な所があり、”えんじょもん(他の地域の人)”を受け入れるのがもともと得意ではない部分もあると思います。でも地震を機に「これをやってみたい」とさまざまな能力を持った若い人たちが、少しずつ入り込んできている。僕は昔ながらの能登人ですが、能登に新しく来てくれる人と、お茶の仕事を通して関わらせていただいて、一緒に新しい能登を作っていきたい。勝手な妄想ですが、そんなことを考えています。

助けてくれた事業者さんたちに、恩返しがしたい

 僕はちょっと変わった性格で「助けて」と言うのが苦手なんですよ。本当に困るまで「助けて」って言わんとこうみたいな。でも、読んでいただいた方にお願いさせてもらえるとしたら、うちのお茶を扱ってくださっている事業者さんからお茶を買ってもらえるとうれしいです。

 うちの店で直接買ってもらえるのもうれしいですが、事業所さんを通すことで、苦しかったときに手を差し伸べてくれた事業所さんに恩返しができる。ぜひ、よろしくお願いいたします。

【田尻寅蔵商店のお茶が購入できるショップ】

nana’s green tea ナナズグリーンティー | 抹茶&日本茶カフェ(オンライン&全国の実店舗)

 nana’s green tea様は能登で伐採されたクロモジと当店のほうじ茶をブレンドしたものを能登半島復興応援として取り扱いいただいております。

クロモジほうじ茶”能登半島復興応援” – nana’s green tea
https://www.nanasgreentea.com/products/kuromoji-from-noto

穴水町物産館 四季彩々(実店舗:石川県穴水町)

 四季彩々様ではクロモジ茶ティーバッグ・クロモジほうじ茶ティーバッグ・復興茶を取り扱いいただいております。奥能登の中心ということで、交通面では重要な位置にあることから、発災当初よりたくさんのボランティアの方々が訪れやすく販売にご協力いただいております。

穴水町物産館 四季彩々|穴水町(観光交流課)https://www.town.anamizu.lg.jp/page/100332.html

チーム食いしん坊様 有限会社クリエイト様運営オンラインストア create(オンライン)

全国各地に能登のうまいもん(美味しい物)を持って復興支援イベントに向かい販売してくださっている森本氏が運営するNPO&オンラインストアです。

create
https://create.shop-pro.jp/

チーム食いしん坊、有限会社クリエイト、create関連記事

ガソリンスタンド居酒屋? 震災からの、復興で考えた“森本石油”らしい新たな挑戦!
https://www.sirosiru.jp/articles/1496

取材後記

 能登を巡る取材の最後に伺ったのが、七尾の和倉温泉のそばにある製茶問屋田尻寅蔵商店さん。工場に入ると、香ばしいお茶の香りが漂っていました。取材をさせてもらった日はまだ暑く、熱気のなかで額にキラキラと汗を流しながらお話されている田尻さんの姿が印象的でした。

「焙煎によっては、ほうじ茶は水出しでも香ばしいお茶になるんですよ」とおしえてくれた田尻さん。家に帰って田尻寅蔵商店のほうじ茶をいただくと、まさにほっとする味わいで、二次避難をされていた方が飲みたいと連絡をするのもわかるなあと思いました。

事業者プロフィール

田尻虎蔵商店

代表:田尻正志 所在地:石川県七尾市和倉町ひばり3-57 創業七十余年当初より自社工場で焙煎している“棒ほうじ茶”を販売しております。

記者プロフィール

荒田詩乃

荒田詩乃

埼玉県在住。自治体職員、NPO法人スタッフ、公共ホール職員を経て、アート・工芸などの分野を中心にフリーランスの編集・ライターとして活動。畑を耕しており、農業・民俗学にも関心を持っています。今回能登半島に初めて伺い、豊かな文化が根付いている場所なのだと強く感じました。近いうちに、また能登に伺いたいと思っています。