今回は、被災地で処分されてしまう輪島塗を救う“つなぐおわんプロジェクト”の発起人、須藤雅彦(すどう・まさひこ)さんと影山朋子(かげやま・ともこ)さんにお話を伺いました。活動の背景や輪島塗の魅力、私たちにできる支援についてご紹介いただきます。
「もったいない」から始まった
須藤:つなぐおわんプロジェクトは、私、須藤雅彦(すどう・まさひこ)と山梨県在住のミュージシャン仲間、影山朋子(かげやま・ともこ)さんとではじめました。
能登半島地震のあと、家や蔵が倒壊するなどして、先祖代々引き継がれていた輪島塗の漆器が、置き場を失って処分されてしまう現実を目にしました。
持ち主の方々も、「本当は捨てたくないけれど……」と仕方なくゴミとして出してしまう。私はそのようすを見て、「もったいない」と居ても立ってもいられなくなりました。
そこで、「よかったら、その輪島塗を譲っていただけませんか。きれいにして 販売して、売上は支援金として能登を応援する活動をしたいんです」とお願いしてみました。
すると皆さん、「そういう活動をしてくれるなら、ぜひ使ってほしい」と快く託してくれたんです。それがつなぐおわんの活動の始まりです。
知り合いの大工さんや、近所の地主さんなど関わりのある人から「ここの蔵におわんがある」「取り壊すから取りに来ていいよ」と情報が集まってきます。
こうして輪島塗の救出活動が始まりました。

泥やホコリをかぶった輪島塗
須藤:譲り受けた輪島塗は、震災によって泥やホコリで汚れていて、本来の輝きを失っていました。それを一つひとつ丁寧に洗い上げると、輪島塗は美しい艶を取り戻します。
洗剤を使うと塗りに使われている漆(うるし)を傷めてしまうので、手間はかかりますが優しく手洗いします。洗うのはボランティアの方が手伝ってくれています。洗ったあとはすぐに拭かないと水垢がついてしまうので、そこも気を使うところです。
輪島塗のお椀は、人の手の脂や食べ物の油によってコーティングされるので、使えば使うほどより一層輝きが増します。
古いものだと、200年以上も前の江戸時代後期のものまであるから驚きです。

「緑色」の輪島塗の知られざる歴史
須藤:この活動を通して、輪島塗の知られざる魅力や歴史が明らかになってきました。
ある時、緑色の珍しいお椀が出てきたんです。地元の年配の方に聞いても「そんな色は見たことがない」と言っていました。
知り合いの古道具屋さんにたずねると、戦前の小作人制度があった時代、田植えが終わった後、地主が小作人たちを労う宴会で使われていた特別な器だということがわかりました。
稲の「緑」をあらわしたお椀に感謝を込めた、年に一度のおもてなしの席に使われたお椀です。この話を知ると、皆さんすぐに買っていかれるんです。なので今はほとんど残っていません。
さらに、稲刈りのあとには「黄色」の器で宴が開かれたとの話を聞きましたが、私は実物を見たことがないので、幻の逸品ですね。



須藤:また、お椀の裏に刻まれた印は、お祝い事の際に自分の家のお椀だけでは足りないので、近所で貸し借りしたときに、どこの家のものかわかるように付けられた印です。一つひとつの器に、人々の暮らしが刻まれていると感じます。

活動の広がりと、出てきた課題
須藤:救出された輪島塗は関西圏や山梨、東京、熊本など10ヶ所以上の地域のイベントで販売され、大きな反響を呼びました。活動の幅はさらに広がっています。
アメリカ・アトランタで毎年開催されるジャパンフェスへの出店や、狂言師であり俳優の和泉元彌さんが出演する舞台「武士の献立」の小道具として輪島塗が使われ、公演会場での販売の機会もいただきました。
また、被災して再建途中のカフェを応援する企画として、彼女たちが作る焼き菓子などと一緒に輪島塗を販売し、その売上を再建資金に充ててもらう取り組みを始めました。発起人の私も影山さんもミュージシャンなのでライブとともに、輪島塗のおわんを販売するイベントも続けていきたいです。
しかし、活動が広がるにつれて、新たな課題も見えてきました。
「うちの輪島塗も引き取ってほしい」との依頼が予想以上に殺到して、売れるよりも集まるスピードが圧倒的に上回ってしまいました。
まだ汚れたままのお椀の在庫が、ここのギャラリーの30倍以上集まっていて、地域の方の協力で4ヶ所の保管場所に分けて保存しています。保存や管理も大変です。

須藤:また、現在はおわんを販売した売上は、運送するためのガソリン代等の経費を引いて、あとは全額支援金として寄付しています。100%ボランティアで活動を続けてきましたが、活動開始から1年以上が経ち、このままの状態での継続に限界を感じ始めています。
去年は僕自身の本業、お醤油屋さんの仕事の現場が被災して休業状態だったので、活動に時間を費やすことができました。しかし、本業が始まり、同時にこの活動を続けるのは、なかなか大変です。この活動を持続的に行い、地域に貢献できる方法を今、模索しているところです。
影山:つなぐおわんプロジェクトで須藤さんと共に活動している、音楽家の影山朋子(かげやま・ともこ)です。この活動は、能登の復興のために何かしたい気持ちから始まりました。 皆さんのご家庭にあった輪島塗のお椀を譲り受け、販売して、その収益を能登の支援団体へ届ける活動です。
ありがたいことに、私たちの思いはたくさんの方に届き、テレビなどでも紹介していただいた結果、想像をはるかに超えるお椀が集まりました。今までに販売した数が約1,500個で、さらにそれを上回る約7,000個ものおわんが集まりました。皆さんの温かいお気持ちに、本当に感謝しかありません。
この活動を始めて一年以上が経過し、ありがたいことにおわんなど漆器のご提供や販売会の開催は、共に需要が増しています。各地で沢山の方々にご協力をいただいておりますが、規模が大きくなるに伴い、事務作業やおわんの管理、発送作業など個人のボランティア活動で運営していくには大変になってきました。
今後も集まった約7000点以上のおわんを、数年間かけて次の持ち主に繋いでいこうと思っています。そのためには、能登と山梨の2拠点というプロジェクトの利点を活かして、山梨や東京をはじめとするお客さんを通じて能登の魅力を発信し、能登ファンを増やしていけるような事業性のある活動にしていく必要性を感じています。
その為に、在庫管理や発送作業などチームで運営するための仕組みづくりも勉強し、運営体制を整えているところです。

輪島塗を手にとって使ってみてください
須藤:救出された輪島塗を手にとって、購入していただくことが、直接的な支援に繋がります。売上は、僕らが顔の見える関係で信頼している現地の支援団体に直接手渡しているので、被災された方々のために確実に使われています。
そして、能登の現状に少しでも関心を持ち続けていただけることが、何よりの力になります。被災地では、まだまだ多くの人が困難な状況にあります。
この活動を通して、捨てられるはずだった美しい輪島塗が、もう一度誰かの生活を彩り、能登の復興にも繋がっていく。そんな循環を生み出していきたいと思っています。
影山:これまで各地での販売会を通して、能登を支援したいけれど現地にいくことができない方々にも喜んでいただくことができました。これからは、おわんを販売して支援金を渡す活動も続けつつ、輪島塗の素晴らしさを伝えたり、子どもたちが漆(うるし)に触れる機会を作ったりして、能登の文化の魅力を伝えていく活動にしていきたいと考えています。
私は音楽家なので、音楽を組み合わせたイベントを全国各地で開き、壊れてしまったお椀をアクセサリーとして生まれ変わらせるなど、取り組みを始めました。能登を支援したい作家やアーティストの友人にも能登復興に関わってもらい進めています。
お椀をきっかけに、もっと多くの人が能登に関心を持ってくれるような、温かい循環を生み出していきたいので、みなさんに私たちの活動を見守って応援してくださると嬉しいです
取材後記
須藤さんのご自宅を兼ねたおわんギャラリーでお話を聞きました。
輪島塗は数多くの工程を経て作り上げられます。そのため長持ちして丈夫でかつ美しいのです。輪島塗のおわんは口あたりがよく、食材の美味しさをより感じられるとのこと。国の重要無形文化財にも指定されている輪島塗、ぜひ多くの人に手にとってみてほしいなと思いました。つなぐおわんプロジェクトでは輪島塗の漆器を手頃なお値段で購入できます。
須藤さんからたくさんのおわんの「物語」を熱心に教えていただき、知らない世界だったのでとても興味深く楽しかったです。なにより、須藤さんがこのプロジェクトをコツコツ進めてきた力強さと優しさを感じました。
また、影山さんにはつなぐおわんプロジェクトのこれまでの活動と、見えてきた課題、今後についてお話しをお伺いすることができました。影山さんの想いと活動に尽力されている様子が伝わってきました。
能登は人が優しくて、あったかくて、そして底力があって、素敵でした。つなぐおわんプロジェクトの活動が、より良い体制で続いていくことを願っています。

