今回は、石川県能登町で地域に根差した牧場運営を挑戦されている“西出牧場”の西出 穣(にしで・みのる)さんをご紹介します。
能登の広大な大地で育む循環型酪農
石川県能登町で西出牧場を営む西出 穣(にしで・みのる)です。能登半島地震後1年半が経過しようとしているなかで、私たちがどのような想いで活動しているのかをお話させていただきます。
能登半島は港町のイメージが強いものの、実は畜産業が盛んな地域です。県のブランド和牛「能登牛(のとうし)」の産地として知られ、酪農家は、珠洲市、能登町、穴水町に9戸。30代と40代が中心で、平均年齢が低く元気な農家が多いのが特徴です。
50頭あまりの乳牛を飼育し、うち搾乳牛は30頭。最大の特徴は、能登の豊かな自然環境を活かした循環型の酪農です。牛舎の目の前にある14〜16ヘクタールの牧草地で育った牧草で牛を飼育し、牛の排泄物は堆肥となって再び牧草地に還ります。
能登は牧場の周りに広い土地があるため酪農家自身が牧草を生産でき、能登の牧草で能登の牛を育てられます。このような環境は北海道以外ではそれほど多くなく、能登は酪農経営において理想的な環境と言えるでしょう。また地域の方々も時々堆肥の臭いがすることを理解してくださり、逆に我々酪農家たちもお祭りで牛乳を持参するなどして、良好な関係を築けていると思います。
2024年1月1日の能登半島地震では、育成牛舎が全壊し、牛たちは仮設牛舎での飼育を余儀なくされました。搾乳牛舎は準半壊の被害で建て替えも検討しましたが、1億円以上の費用がかかる見込みであったことから断念し、応急修理をしつつ生乳生産を継続しています。牛を飼育している以上、長期休業など仕事をストップすることはできないので、日々の飼養管理をしながら本格的な修復工事を行う方法を模索し、現在の牛舎を修理して使う方向で検討しています。
また、震災前からウクライナ情勢による飼料価格や燃料価格の高騰で全国的に酪農家の経営は厳しく、実際に全国の酪農家数もここ数年で減少しています。能登地域の酪農家は、自給飼料があるからこそなんとか乗り切れていると言えます。
能登の牛乳は「のとそだち」として商品化されており、世界で活躍するジェラート職人やパティシエも愛用するほど品質も評価されています。他県の酪農家のなかには、自分たちが生産した生乳がどこでどのように消費されているか知ることができない人もいます。消費者の方からすると、生産者の顔が見えると安心などといいますが、酪農家からすると、スーパーで私達の牛乳を手に取ってくれる人や、ショーケースに並ぶ美しいスイーツやジェラート、そしてそれらをおいしそうに食べる消費者の方々の顔が見えることがやりがいに直結しています。能登で酪農を営む魅力のひとつです。

求む、酪農にチャレンジしたい人! 新規参入者を大歓迎
能登の酪農家の大きな特徴として、結束の強さが挙げられます。
一元集荷多元販売という方式で、指定団体が責任を持って牛乳を一滴残らず買い取り、乳業メーカーに売ってくれます。北陸四県どこでも同じ買い取り価格であるため、酪農家はいつでも安心して牛乳を搾ることができます。よい意味ではライバルでも、みんな同じ条件のなかで生産している仲間であり、決して競合にはなりません。
能登で酪農を始めたい方のサポートを行いたいと考えている酪農家も複数存在しており、地元の酪農家から仲間として歓迎される環境です。
復興が進んで観光需要や地元消費が戻ってくると、現在の酪農家だけでは供給が追いつかない可能性もあります。酪農に興味がある人は、ぜひ能登でその夢を叶えてほしい、仲間になってほしいと考えています。
「使ってくれる、食べてくれる人あっての酪農」──酪農教育ファームと情報発信
西出牧場は酪農教育ファームの認証を受け、学校の遠足や総合的学習の時間を通じて、子どもたちに命や食の大切さ、酪農という仕事を伝える活動を行っています。このような教育活動を酪農そのものと同様に大切にしており、年間約700人もの見学者を受け入れています。
春には近所の老人ホームの方々がお花見に訪れ、冬には雪が牛舎の屋根と地面でつながるほど積もると、地元の子どもたちがそりを持って遊びに来ることも。地域の人たちが来られる牧場、子どもたちが学びに来られる牧場を目指しているところです。
定期的なメディア出演や新聞への寄稿を通じて、震災から1年が経っても続く能登の酪農の現状を発信し続けており、「使ってくれる、食べてくれる人あっての酪農」という信念のもと、消費者に向けた情報発信にも積極的に取り組んでいます。

西出牧場について
西出牧場は、祖父の代に石川県松任市(現白山市)で始まり、父の代で能登に移転して来年で70周年を迎える歴史ある牧場です。現在は石川県能登町で、50頭余りの牛を飼育し、うち搾乳牛30頭から良質な牛乳を生産しています。14〜16ヘクタールの広大な牧草地を有し、輸入飼料に頼りきらずに自給率の高い循環型酪農を実践、持続可能な農業のモデルケースとなっています。海外産のトウモロコシなども配合飼料として輸入していますが、最近では町内の造り酒屋で出た酒粕を牛に与える取り組みなどもしています。
また、酪農教育ファームとしても認証を受け、年間約700人の見学者を受け入れながら、次世代への食育活動にも力を注いでいます。

取材後記
西出さんにお話を伺って最も印象的だったのは、「競合ではなく仲間」という能登の酪農家たちの結束の強さでした。震災という困難な状況のなかでも、隣の牧場の方と協力し、断水した牧場に水を運ぶなど、お互いを支え合い、新規就農者を心から歓迎する温かさに、能登の人々のお人柄を深く感じました。
実際に酪農家志望の方が能登の牧場を見学にいらした際には、七尾より北の酪農家で歓迎会を開かれたと聞きました。これほどの結束があれば、安心して酪農を始められるのではないでしょうか。
同様に印象的だったのが、西出さんの発信活動への情熱です。取材時間の3割ほどは発信活動について熱心に説明していただき、その思いの深さが伝わってきました。「生産者」という立場を超えて、未来を担う世代に農・食への関心を持ってもらうことや、能登の酪農の未来について考えることなどに注力されていることを知り、その視野の広さに感銘を受けました。
ラジオなどのメディア出演もされており、ニッポン放送の代表のお名前から名づけられた「チェリープレジデント・ヒワラ」という牛もいるそうです。西出さんの取り組みは、酪農経営という枠組みを超えた、地域と未来への深い愛情に満ちたものでした。

