今回は、珠洲市飯田町で居酒屋「ろばた焼 あさ井」を営む、浅井 誠(あさい・まこと)さんにお話を伺いました。
能登の食材と飲食業の今後のために、後継者が“継ぎたくなる店”をつくる
私、浅井 誠(あさい・まこと)の今の目標は、能登の食材をお客さんに伝え、飲食の楽しさを再認識してもらうために、「ろばた焼 あさ井」を維持・継続し、10年後、この店を『継ぎたい』と思ってくれる人が出てくるような土台となる仕組みを作ることです。これから10年間かけて、この土台をしっかり作っていきたいと考えています。
令和6年能登半島地震で、珠洲は大きな被害を受けましたが、今後、復旧工事関係者などの食のニーズが間違いなく出てくること、食は何よりも大切であり、地域の方々を元気付けるためにも、とにかく早く営業を再開させたいと思っていました。お店を開けていること自体が、私達にできる復興だという思いで必死でした。店舗の建物は奇跡的に倒壊を免れたものの、食器も冷蔵庫も損壊し、断水で水も出ず、サバイバル状態でしたが、唯一残ってくれたスタッフの千夏と妻と私の3人で営業再開の準備を進め、珠洲の飲食店では最も早く、震災後約1カ月、1月27日に営業再開へとこぎつけることが出来ました。
震災後にスタッフは一時バラバラになりましたが、私が家族を連れて金沢に避難しているあいだ、スタッフと移住者7~8名が“見張り役”として店に寝泊まりして守ってくれました。こんなにも早く営業を再開できたのは、このようなスタッフの献身的なサポートのおかげです。昔、大きなお店の料理長をやっていたときの経験から、スタッフの気持ちや心に触れてあげることの大切さを学びました。お店の土台はこの大切なスタッフたちが作り上げていくものです。良いスタッフに囲まれて働くというのが私の原動力の一つでもあります。


楽しく働ける飲食店であることが、お客様のためになる
私は、飲食の楽しさをお客さんに伝えるためには、働いている店員が楽しいと感じる店であることがお店の土台として重要だと考えています。そのためには、店員が楽しく働ける環境づくりをしなければならないので、なにごともスタッフ第一に考えます。お陰様で最近はずっと忙しい日が続いているのですが、限られた人数のスタッフの負担を少しでも減らすために、お客さんには閉店時間での退出や、ピーク時間帯は当日予約以外の問い合わせ電話はご遠慮くださいとか、予約時間通りのスタートをお願いしたりしています。本当の意味で、従業員が楽しくないと、お客さんも楽しめないと思うからです。

震災前から、移住者や短期滞在者をスタッフとして積極的に受け入れ、働きやすい仕組みを整えてきました。その一つがQRコードをお客さんのスマホで読み込んで注文する「スマートオーダーシステム」です。移住者と地元の人の言葉の壁をなくし、スタッフが忙しいときでも、お客さんが好きなタイミングで注文できて、スタッフはタブレットだけを見て調理と配膳に集中できるので、効率的に働くことができます。また、珠洲市の「マルチワーカー制度」を活用し、週5日勤務を複数の事業所で分け合う働き方も可能にしています。
スタッフの人材育成については、私が一人で仕込みをするときは、当然一流の料理人としてやりますが、若いスタッフと接するときにはその視点はあえて忘れるようにしています。できる職人は一人いればよくて、私がいる限り、スタッフ全員が一流店と同じ基準でなくてもよいと思っています。言われたことをちゃんとできさえすればいい。まずは、目線を合わせて、一緒に楽しくわいわいがやがやしながら働いて、その中で一流の真似をしつつ一緒にゆっくり育っていけばいいという感じでやっています。
厨房ではスタッフにもどんどん食材をつまめと言っています。食材や料理を味わい、その美味しい、楽しいという反応がお客さんにも伝わり、お店を温かくする。「楽しく働く空気」が店の雰囲気を形作っていると思います。
能登の漁業・農業── 一次産業の担い手に来てほしい
「あさ井」は、信頼しているスタッフが中心となって、震災前から奥能登国際芸術祭関連の芸大生や移住者、短期滞在者のネットワークから「あさ井」で働きたいという人がスタッフとして来てくれる仕組みがある程度できており、「マルチワーカー制度」も活用しているので、とりあえず、人手不足でそこまで困っているということはありません。お店の営業も、まだまだ地元の方のご来店は少ないのですが、工事関係者、支援者等多くのお客さんにご来店いただいており、忙しくさせていただいています。
困っていることをあげるとすれば、能登には本当にすごいポテンシャルを持った食材が沢山あるのですが、肝心な魚や野菜が安定して手に入らないことです。
震災で港は壊れ、多くの方々が避難されたので、廃業を余儀なくされた漁師や農家が少なくありません。農業団体も解散し、地元の食材が流通しなくなりましたので、「あさ井」では、金沢の市場で仕入れた食材を毎日持ってきてくださる業者さんを2名確保して、営業を続けている状況です。
私達は食材を生産することはできません。でも、食の魅力を伝えることはできる。それを見た誰かが“能登で漁業・農業をやってみたい”と思ってくれるかもしれません。「あさ井」が営業することで、これからの能登の漁業・農業を担う人材が一人でも増えるよう、お手伝いできると考えています。「あさ井」は、能登で漁業、農業をやってみたいという方を応援します。
能登、珠洲で飲食業にチャレンジしたい方求む!
能登、珠洲で飲食店を新たに始めたいという方がいれば、どんどん来ていただきたいと思っています。人口が減っていくなかで競合が増えるのを嫌がる事業者さんもいらっしゃるかもしれませんが、人口が1万人でも5千人でも、私たちの店に来てくれるお客さんが50人いればいい。分母が減っても、分子の50を維持できればお店は続けられると思っています。今は、競合が増えるのはむしろ歓迎。私も地元で飲みに行ける店が増えてほしいですし、飲食店が増えることで街も活性化します。
私は、珠洲に新しく来られる事業者の方をどんどん支援したいと思っています。自分が教えられることは全部教えたいです。私としては、珠洲の飲食を活性化させるために、特に若い人が気軽に飲食業にチャレンジできる環境を作っていけば面白いのではないかと思っています。
例えば、新たな担い手を呼び込むための複数の小規模飲食ブースが集まる「ちょい呑み横丁」(金沢のやきとり横丁のようなイメージ)。資金が十分になくても気軽に挑戦できる仕組みです。また、古き良きスナック文化復活のため、金沢の片町にある屋台村のような店舗で、セルフ課金式の「スマートスナック」をやってみるとか面白いかもしれません。リーズナブルな金額で、飲んで歌って話ができる場です。そのような環境づくりをやってみたいという方がいれば、また行政の支援も得られれば、是非協力して一緒にやってみたいと思います。
「ろばた焼 あさ井」について
1976(昭和51)年創業。珠洲の地物食材を中心に、シンプルな調理で素材をダイレクトにお楽しみいただく居酒屋です。店主の浅井さんは、金沢の老舗料亭「浅田屋」や海外でも一流料理人としての修行を積んだのちに地元珠洲へ戻り、家族とともに地域の味を守り続けています。カウンター席からは、浅井さんと若いスタッフの方々が活き活きと働いている姿が見え、ガラス張りの焼き場は臨場感たっぷり。食材が焼きあがるのを眺めながら、能登の食材を使った数々の料理をゆったりと楽しく堪能するひと時を過ごせるお店です。




取材後記
お店の定休日である月曜日の午前中に、お店へインタビューにお伺いしました。仕込みのかたわら、浅井さんがお話をしてくださる言葉の端々に、スタッフを大切にしている温かさや愛情が感じられました。これだけ大切にされているスタッフの方々もすごいなーとしみじみ。それもすべて、飲食を通じて地域の活力を取り戻そうという浅井さんの覚悟の表れだと感じました。まだまだ地元の方々は、震災で気落ちされていて飲みに行く気になれない方がすごく多いともお聞きしました。復興にはまだまだ時間が必要なんだと思うと同時に、笑顔のスタッフ、美味しい食事、楽しい会話──その一つひとつが、能登、珠洲の復興の確かな支えになっていくことを実感しました。
「まず自分たちが楽しんで、その楽しさを伝えていく。それが、復興だと思っています。地元の人たちが飲みに来られるようになるまで、今は本当に耐える時期だと思っています。」
浅井さんのような情熱を持たれている方がいる限り、珠洲の食の灯は消えることはないと思いました。

