今回は、1,000頭もの能登牛を肥育する北陸最大の和牛生産者“能登牧場” の平林将(ひらばやし・まさる)さんにお話しを伺いました。
牛にやさしく、人に美味しく、地域が強くなる牧場
いまや世界的に有名になった「和牛 – WAGYU -」ですが、中でも石川県内で主として飼養された肉質の良い牛のみが「能登牛(のとうし)」と呼ばれます。能登牧場では現在930頭の和牛を肥育しており、能登牛全体の年間出荷頭数のうち4割に達する生産量を占めています。
能登牧場では、独自のアニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理)を採用しており、牛にストレスを与えず健康に育てることを重視しています。世界農業遺産に登録された能登の里山の、澄んだ空気、綺麗な水、静かな飼育環境で、牛たちはすくすくと育っています。
能登牛のおいしさの秘密はオレイン酸です。牛肉の脂肪に含まれるオレイン酸が多いと、肉質がきめ細かく舌の上でとろけるような食感になるといわれています。能登牧場では、肥育月数に合わせて飼料の配合を変え、飲み水の温度、牛舎内の空気循環にまで細かく配慮し、美味しいお肉をお客様にお届けしています。
そして、能登牧場では地域に配慮した循環型の経営を行っています。牧場は、かつて“3K”と言われ敬遠される職場であり、また糞尿等の処理のため近隣に公害を生み出してしまうこともありました。能登牧場ではこうした問題を根本から見直し、従業員の方々が定時に帰れる仕組みを作り、糞尿等を堆肥にして牧草地に有効活用するなどの工夫を通して、能登牧場があることで地域が強くなる経営を実現しています。

<能登牛認定基準>
〇黒毛和種(血統が明確であるもの)
〇石川県内が最終飼養地であり、かつ飼養期間が最長
〇肉質等級がA3以上またはB3以上 など
出展:能登牛オフィシャルサイト “NOTOUSHI.NET“
地震被害を乗り越え、常時1,440頭肥育体制へ
2024年1月の能登半島地震では、能登牧場も大きな被害を受けました。発災直後に最も大きな問題だったのは牛の飲用水で、通常1日に飲む水の量の15%程度しか入手することができませんでした。また4棟ある牛舎のうち1棟が大規模半壊となったり、従業員が牧場に通えなくなってしまったりといったさまざまな問題から、肥育頭数は地震前の1,120頭から930頭まで減少してしまいました。
地震から1年以上が経過した今では、能登牧場の周辺地域の復旧が充分に進んできていることもあり、再び肥育頭数を増やすための活動を始めています。半壊となった牛舎の建て替えをするだけでなく、牛舎をもう1棟新設することで、3年以内に1,440頭の肥育体制を作ることを目指しています。

地域社会における循環を良くする仲間を募集
1,440頭の肥育体制を目指すにあたり、課題は沢山あります。何よりも大きい課題は資金の工面です。牛舎1棟は、100坪の土地に5階建てのマンションを建てるくらいの建設コストが掛かります。マンションであれば、建ったその年から販売利益や家賃収入が入ってきますが、牛舎はそうはいきません。新しい牛舎に仔牛をお迎えし、1年半に亘ってお世話をして立派に育った牛が初めて農場に収入をもたらしてくれます。この期間の資金をどう工面するかが、いつも頭を悩ませる課題です。
また、一緒に働いてくれるスタッフの雇用についても課題があります。牛の頭数を増やせば、当然そのお世話をするスタッフの数も増やす必要があります。現在、能登牧場では6名のスタッフが働いていますが、1,440頭の肥育体制を組むためには、あと2名のスタッフを増員しなければならないのですが、牧場の現場はいわゆる“3K”のイメージが強く、なかなか働き手が見つからないという現実があります。ひと昔前とは違い、非常に働きやすい環境になっているのですが……一度、能登牧場を見に来ていただければ嬉しいです。
そして、これはどの牧場でも頭の痛い問題なのですが、牛からでる糞尿の処理です。肥育頭数が増えれば、もちろん糞尿の量も増えていきます。現在は近隣の牧草地や畑の肥料用の堆肥として引き取ってもらっていますが、地震で営農者が減ったこともあり、今後これらの堆肥の引き取り先を開拓していかなければなりません。
このように、牧場経営は、牧場の中だけで完結するのではなく、地域社会の中での経営資源(人材・資材・資金)の循環を高めることが必要です。能登牧場では、私たちと共に地域社会の循環を良くする仲間を募集しています。

和牛文化を能登から世界に発信するために
平林家は、群馬県で曾祖父の代から続く畜産農家です。父の代から、群馬で買い付けた牛を石川で販売をするなどの関係があり、2013年に誘致を受けて能登牧場が誕生しました。小さい頃から父が牛を育てる姿を見て育ち、「なぜこの育て方をするんだろう」「なぜこの配合の餌を与えるのだろう」など、いま考えれば牛の肥育のコツは父の行動を見て覚えたように思います。現在では牛舎に入るだけで、その日の牛の状況が感じ取れるようになりました。何かトラブルが起きているときは、牛たちの反応が違うのです。
日本には200を超えるブランド牛があり、なかでも日本三大和牛と言われる松阪牛・神戸牛・近江牛は世界的に評価されており、生産頭数も毎年6,000頭を超えています。一方、能登牛の生産頭数は1,000頭で、主として石川県内で消費されてしまいます。まずは、多くの人に美味しい能登牛を食べてもらうために、能登牛の生産頭数を増やしていかなければならないと考えています。

取材後記
若い頃は「焼肉食べ放題」に目を輝かせていた私ですが、40歳を過ぎるころから次第に脂が胃にもたれるようになり、昔ほどの量を食べられなくなりました。44歳で能登に移住して以降、お肉屋さんやスーパーでおそるおそる能登牛を買って食べてみると……あら不思議、すっきり美味しく食べられるのです。脂が舌の上でサッと溶け、口の中に旨味がグッと広がり、それでも油脂感はスッと引いていく。この「サッ・グッ・スッ」が能登牛の特徴だなぁと常々感じておりました。嘘だと思ったら食べてみてください。お肉屋さんの野々市ミートで販売しています。
今回の取材では「目から鱗」の話をたくさんお伺いすることができました。記事の中では詳細まで書ききれていないのですが……。
〇「品種の違い」ではなく「育て方の違い」で肉質が変わる
〇味の好みにもよるが、オスよりもメスの方が美味しい
〇牛の品種によって性格が違う
などなど、生産者さんからしか聞けないような話をお伺いできたことで、能登牛のことが、もっと好きになりました。
あー、おなか減ってきた!

